【+ 】ゞ゚)君の持つ冷たいようですみれ色の箱
-
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:26:38.17 ID:xWurTNwl0
- 私は、君の事を書き残そうと思う。
君、などと文書で呼びかけるのは、気恥ずかしくて些かのの抵抗があるのだが、
考えてみれば私は、ずっと君の事を君としか呼んでいなかったのだ。
そして残念な事に、君はもう、いない。
ふるい機に残った小麦粉の欠片みたいに、砕けて消えてしまった。
-
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:27:29.40 ID:xWurTNwl0
あるいは、私はもっと若い頃、作家になりたかった。
作家というものは生業としては豊かで美しく、朝露に濡れる蜘蛛の巣のようだと君は言った。
普段見えない、あるいは鬱陶しくさえ思えるモノを色鮮やかに浮き彫りにし、あまつさえ魅了させてしまう。
まるで唄うような節回しでそんな事を語る君の方が、私などより遥かに作家に向いていると思ったが、
私はそんな無粋な事を口に出さずに、ただ頷いて聞いていた。
君の事を書き残す理由を挙げるとしたら、以上のようになる。
【+ 】ゞ゚)君の持つ冷たいようですみれ色の箱
-
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:30:03.29 ID:xWurTNwl0
君と過ごした4ヶ月弱の時間は、酷く波乱に満ちていた。
それを考えると、君と私の出会いは何と平凡だった事か。
それは、仕事帰りに寄ったアンティークドールショップだった。
黒ずんだ木で出来た重厚な扉を潜ると、店としてはけして広くないスペースに所狭しと古いドールたちが並んでいる。
私は他の客がいないのを確かめると、その一つ一つをゆっくりと眺め、彼女たちの持つ歴史に思いを馳せる。
その薔薇色の頬の愛らしさを噛み締めながら、変色したドレスの裾にどうしようもない郷愁を感じるのだ。
レジに座る還暦をとうに過ぎた店主は、私が冷やかし目的でたびたび入店している事をよく知っているにも関わらず、
私が入店した時には、老眼鏡をかけた顔をわずかに動かし一瞥をくれるだけで、
あとは手に持った本に視線を戻し、まるで私がいないかのように振舞う。
私は彼のそのような態度に敬意と感謝を感じつつ、たくさんの人形たちとの逢瀬の時間を楽しむのだ。
その中に、君はいた。
-
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:34:01.58 ID:xWurTNwl0
本当に店の隅、小さい唇で控え目に笑うフレンチドールの横に隠れるように立っていた。
他の人形とは違い陶器で出来た君は、人形と言うよりは置物のように見えた。
更に、やわらかなオレンジの照明に照らされて光沢を放っている君の横には、
すみれ色の、君と同じ程度の大きさの箱のようなものが飾られていた。
その箱もやはり君と同じ陶器で出来ており、気高い輝きを放っていた。
そんな君を始めて目にした時、私が連想したのはかの有名な吸血鬼だった。
黒い燕尾服に身を包み、真紅の瞳に青白い肌、濡れ羽色の長い髪はリボンで括られており、どこか切なげな表情で、虚空を見つめている。
すみれ色の箱には十字の紋章が刻まれており、まさしく吸血鬼の臥所たる棺桶を模しているかと思われた。
マントこそ羽織っては居なかったが、その閉じられた口の中では鋭い犬歯がいつでも美女の喉元を狙っているのではないかと。
从 ゚∀从「ほぉ……」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
-
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:36:15.77 ID:xWurTNwl0
( ^ω^)「気に入られましたかお」
普段はむっつりと本を読み進めるだけの店主が、レジから珍しく声をかけてきた。
買わないと分かっている私に声をかけると言う事は、この人形に関して何か人に語りたい話でもあるのかもしれない。
从 ゚∀从「これは?」
( ^ω^)「今からおよそ70年程前。イギリスでさる貴族のために作られた人形だと聞いておりますお」
从 ゚∀从「この箱も?」
( ^ω^)「ええ。それはセットで買い付けましたお」
从 ゚∀从「ふぅむ。手にとっても?」
( ^ω^)「気をつけてくださいお」
私は店主の言葉に従い、おそるおそる君を手にとった。
まず確かめたのは君の足の裏だ。
それは銘を見るためだった。
しかし私の予想に反して、君の足の裏は艶めくばかりで、そこに君を証明する凹凸は存在しなかった。
-
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:38:14.85 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「銘がないな……。こちらか?」
次いで私は箱を手に取る。
隅々まで検分したが、それらしき銘も、ナンバリングも見つからなかった。
( ^ω^)「名も無き職人に作らせた、一点ものだと聞いておりますお」
从 ゚∀从「この箱は何だ?この中に人形を仕舞うのか?」
人形がすっぽりと入るであろう大きさの箱を指差して、私は言った。
( ^ω^)「いえ。そちらは小物入れかと。人形は入りませんお」
从 ゚∀从「入らない?」
( ^ω^)「ええ」
私は人形を手に取り、蓋を外した箱に慎重に沈めようとした。
しかしなるほど。人形の方がほんのわずかだが丈が長く確かに収納する事は出来ない。
頭か足、どちらかが箱の外にはみ出してしまう。
从 ゚∀从「妙だなぁ」
( ^ω^)「ええ。それで、こちらの人形には不名誉な愛称がついていますお」
从 ゚∀从「ああ、呪いの人形とか、持ち主に不幸を呼ぶ人形とか、そんなんだろう?」
-
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:40:33.46 ID:xWurTNwl0
( ^ω^)「流石ハインさんは鋭い。正確には『女の生き血を啜り成長する人形』ですお。
元はすっぽりとその棺桶に収まっていたが、美女の生き血を啜り成長したがために箱に収まらなくなったと」
从 ゚∀从「生き血?そりゃぁ物騒だなぁ」
( ^ω^)「この人形を作らせた貴族は、街の人から吸血鬼であると噂されて居たのですお。
証拠にその死骸は太陽に照らされ灰になったとか」
やはり吸血鬼が出てきたか。
都市伝説染みたその話を、店主は自然な口調で話すものだから、
君の容貌と合間って、恥ずかしながら私は、そこにわずかな真実味を感じてしまった。
从 ゚∀从「ははぁ。そりゃぁ、ドール愛好家よりオカルトマニアに売った方がいいんじゃあないか店主」
( ^ω^)「この店にオカルトマニアは滅多に訪れませんお」
从 ゚∀从「違いない」
私は軽く声をあげて笑った。
店主はその反応に満足そうに目を細める。
-
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:43:07.47 ID:xWurTNwl0
( ^ω^)「ハインさん。買っていかれますかお」
从 ゚∀从「確かに私なら生き血を啜られる心配はないな」
店主の言葉を冗談として受け止めた私に、彼は真面目な顔で続けた。
( ^ω^)「ええ。うちのお客様はどうしても女性が多くなりますからね。私としても進め辛くて」
从 ゚∀从「おいおい。本気にしないでくれよ店主。
私は70年物のドールを買う金など持ち合わせていないよ」
( ^ω^)「お安くしますお。
元々陶器人形をうちに置くつもりはなかったんですが、
これを売った業者が特別験を担ぐ人で二束三文で押し付けられたんですお」
从 ゚∀从「ふぅむ」
私は思案する振りをしながら、その実、この商談にとてつもない魅力を感じていた。
買う金もないのに未練がましく店に通いつめるくらいだから、人形に入れあげているのは自明の理であるし、
何より、君を手元に置いておきたい欲求が私の中で大きくなり始めていた。
本当に、私が美女でなくて良かったと思うよ。
そう言うと、君は笑ったのだが。
-
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:45:06.87 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「いくらになる?店主」
( ^ω^)「これほどで」
店主は片手を広げ私に掲げる。
それは、けして安くは無い値段だったが、ここに並べられている他のドールたちとの差を考えると、破格と言ってもいい値段でもあった。
从 ゚∀从「高いな。これでどうだ」
私は指を三本立てて店主に示した。
それは、ぎりぎり私の財布の中に現金として収まっている金額でもある。
( ^ω^)「仕方ありませんお。それだと仕入れ値を割ってしまうんですがね」
店主は元から値引きするつもりだったのか、あっさりと折れた。
こうして、君は私の元へとやって来た。
-
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:47:31.96 ID:xWurTNwl0
君はパソコンデスクの横、今まで本棚代わりにされていた黒い飾り棚に置かれる事となった。
この飾り棚は、私が一人暮らしを始める際に購入したもので、いつか人形を買ったら飾ろうと思っていたものだ。
それがいつしか、本棚から溢れ出した本の仮の置き場となり、そのまま行き場のない本たちの定住場所となってしまったのだ。
私はそれらの本を意気揚々と飾り棚から追い出して、君をそこに安置した。
もちろん箱も一緒にだ。
君を照らすための照明も用意して、
君の埃を払うための柔らかな布も買ってこなくてはと、
楽しい妄想を膨らませながらその日は眠りについた。
どんな夢を見たかは、よく覚えていない。
ただ、起きた時にいやに気分が良かったのを覚えている。
考えてみると、あれも君のおかげだったのだろう。
その時の私は単純に、手に入れたい物を手に入れた次の朝は、
こんなにも清々しいものかと感心するばかりだったが。
そう。あの朝から私の人生は、
川が海へと流れ込むように、
風が草原へと滑り込むように、
自然で、なだらかで、正しい方向へと、
他でもない君に、導かれていたのだ。
-
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:51:18.70 ID:xWurTNwl0
君が我が家にやって来てから、私には一つの習慣がついた。
私は戸棚の奥から発掘した一度も使ってないクリスタルのコップを君のものだと定め、
毎朝、汲みたての水を一杯、君の前に置いた。
それは昔、母が仏壇と神棚に水と米を供えていたのを思い出しての事だった。
君を連れ帰った翌朝、初めて日の光の下で見た君は、あまりに神々しく思えたから。
从 ゚∀从「じゃあ、いってきます」
君に声をかけてから家を出る癖もついた。
仕事に向かう私の足は朗らかであった。
それから、君のために専用のライトを購入し、磨き布を揃えた。
そうして私の部屋にすっかり馴染んだ君は、パソコンで作業する私の隣で静かに佇んでいた。
それと、君にはいくつかの不思議が付きまとっていた。
代表的なもので言えば、君の前に置く、コップ一杯の水。
その水が、私が仕事から帰る頃にはすっかりと無くなっているのだ。
蒸発と一言で片付ける事も出来る事柄に違いはないが、
私には、君が水を飲み干しているように思えてならなかった。
この年になって、夢見がちなのである。
-
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:52:44.81 ID:xWurTNwl0
他にも、私の慢性頭痛がぴたりと治まったり、
私の部屋に招かれざる客が訪れなくなったりと、
いくつかの些細な奇跡が私の元へと訪ていれた。
しかし、その不思議に気が付くのは、
君がいなくなってからの方がずっと多い。
私は愚か者だから、君がいなくなってから、
そんな風に、君の残り香を嗅ぐのだ。
とても、切ない。
-
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:55:28.26 ID:xWurTNwl0
君の事を語る上で、一、二を争う大切な日がある。
忘れもしない。君と過ごす三度目の満月の夜。
君を失うまで、残り一ヶ月を切っていた、その日。
私は、仕事でちょっとした成果を挙げた事に上機嫌になっており、
普段は一人で飲まない日本酒などを傾けて、月を肴に呑んでいた。
从*゚∀从「〜♪」
紅藤色の妖しい月だった。
もし君が、あの月を背に立ったのなら、
青白い肌とその真紅の瞳によく映えるだろうと思った。
そう考えると、何やら陽気な気分になった。
从*゚∀从「君も杯を受けてくれ。友よ」
私はわざと芝居かかった風にそんな事を言うと、
君のためのコップを出して日本酒を注いだ。
从*゚∀从「今宵は月も赤い。宴だ」
この根暗な遊びが気に入った私は、適当な台詞を吐きながら更に日本酒を煽る。
アルコールが喉に絡みつき、胃の中へと落ちて行く。
後には鼻から抜ける甘い香りだけが残った。
-
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 19:59:06.80 ID:xWurTNwl0
その時だった。
私は久々の頭痛に見舞われた。
しかしそれは、いつも悩まされていた、頭のどこか一部がじくじくと病む頭痛ではなく、
頭の中を、熱を持った何か堅いものが貫くような、鋭く激しい痛みだった。
从;゚∀从「…っが!」
咄嗟に、頭を庇うように片手を当てたが、
幸いな事に傷みは一瞬で引いた。
从;゚∀从「いたた…。ちょいと飲み過ぎたかね」
私は首を振り振り、痛みが引いたのを確かめると、
一升瓶の口を閉める。
今夜はこれくらいにしておこう。
从 ゚∀从「………?」
刹那。
私は、部屋の空気にどうしようもない違和感を感じた。
何かが、おかしい。
-
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:00:54.00 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「風……?」
そうだ風だ。私は合点する。
空調もつけず、窓も開けていない筈の私の部屋に、
そよそよと、どこか頼りない風が吹いていた。
そして、その中心は君だった。
【+ 】ゞ゚) 「お前は、業の深い生を送っておるな」
その声は、真っ直ぐに私の頭の中に響いてきた。
从 ゚∀从「もしかして……お前?」
初めて言葉を交わした私たちは、
無礼な事に、お互いを「お前」と呼び合った。
-
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:04:09.29 ID:xWurTNwl0
私は、酒で熱を帯びた指を君に近づける。
その指先に微かな空気の流れが感じられた。
【+ 】ゞ゚) 「触れるでない」
从 ゚∀从「お?」
君はピシャリと言った。
【+ 】ゞ゚) 「触れるでない。穢れがうつる」
从#゚∀从「汚れ?僕が汚いと?」
尚も頭に響く言葉に、私は腹を立てた。
【+ 】ゞ゚) 「違う。お前が穢れではない。
私の穢れが、お前に移ってしまう」
从 ゚∀从「……え?」
【+ 】ゞ゚) 「その手を引け。若いの。
言葉通じた今だからこそ、むやみやたらに触るでない」
从 ゚∀从「どういう事か、説明すべきだ」
私は、自分でも驚くほどあっさりと、この不思議を受け入れた。
平素ならまず自分の正気を疑うのだろうが、この時はしこたま酒を飲んでいた。
幸運な事だと思う。
-
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:07:53.31 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「ふぅむ。それも確かに。
だが、物事には順序と言うものがある。
それを間違えてはいけない」
从 ゚∀从「順序?」
【+ 】ゞ゚) 「そうだ順序だ。まず私はお前の名も知らぬ。
水と酒をくれた人」
从 ゚∀从「血が通わない割には礼儀正しいな。
私の名前はハインだ。姓は高岡」
【+ 】ゞ゚) 「なるほどハイン。まずは水と酒の礼を。
面倒をかけた。感謝する」
その高飛車な言い草に私は思わず笑ってしまった。
この美しき人形は随分とプライドが高いらしい。
从 ゚∀从「そりゃどうも。たいしたことはしていないがね」
【+ 】ゞ゚) 「いや、おかげでこうして言葉交わす事が出来た。
満月の夜に交わす酒は契約になろう」
从 ゚∀从「契約?契約ねぇ。
人形とお約束を交わすほど、私は目出度い頭を持ち合わせているつもりはないが」
-
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:10:40.27 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「私をただの人形と一緒にすると後悔をする。
ハイン。
私は、お前の業を吸うてやる」
風が、止んだ。
从 ゚∀从「業業と、煩い奴だなお前は。
大体、私はそんな欲深な人生は送っていないよ」
【+ 】ゞ゚) 「いいや。お前の人生は倫理に悖る。
それはその生業(なりわい)だ。わかるだろう?
生きる業。生業とは、そういうものだ」
从 ゚∀从「私は、人様に……顔向け出来ないような仕事はしていない」
【+ 】ゞ゚) 「当たり前だ。人々は皆、お前に業を押し付けているのだから。
いつの世もそうだ。変わらぬ。それが人だ」
-
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:11:49.14 ID:xWurTNwl0
私は自分の仕事を貶されたようで、頭に血が上った。
思わず声を荒げる。
从#゚∀从「私の仕事を馬鹿にするな人形」
【+ 】ゞ゚) 「違うハイン。聞け」
君は、穏やかな思慮深い声で、私を諭した。
【+ 】ゞ゚) 「業は悪ではない。
人は生きる以上、業を背負わねば、前に進めぬ。
畜生とは違うのだ、本能で生きながらえ、理性で前へと進む。
そうして前へ進むために手に入れたものと同じだけ、捨てねばならぬ。
歴史を鑑みるが良い。
かつて影の無い科学の発展があったか?
どこにも犠牲の無い勝利があったか?」
从 ゚∀从「哲学など私の趣味ではないよ。
もっと分かりやすく言ったらどうだ」
【+ 】ゞ゚) 「………いいだろう。ハイン。
神の域へ踏み込もうとする君の罪は、私が引き受けた」
从 ゚∀从「神などと!」
私はせせら笑った。
随分とご大層な事を仰る人形だ。
-
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:12:37.59 ID:xWurTNwl0
だけど、今なら分かる。
あれは、君の精一杯の虚栄だった。
君は、誰よりも神を恐れていた。
そして、それ以上の気持ちで、私を想ってくれた。
私は、デオキシリボ核酸、通称DNAの研究を仕事にしていた。
-
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:14:21.86 ID:xWurTNwl0
- 君は、時折思い出したように君自身の素性を語った。
私は大抵、パソコンモニタに向かいながらそれを聞いた。
君の生みの親の事を話してくれたのは、君を失う3週間前の事だ。
【+ 】ゞ゚) 「私は、とある小さな工房の皿職人に作られた。
若いが腕のいい職人で、おかげで私は随分と器量良しだ」
从 ゚∀从「へぇ。なんだってまた皿職人が」
【+ 】ゞ゚) 「……私の元の主人の、馴染みの工房だったのだ」
从 ゚∀从「ふぅん。……あ、さっきのはもしかしてジョークだったのかい?」
【+ 】ゞ゚) 「もう良い…」
从;゚∀从「すまなかった」
-
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:15:15.67 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「ところで、それは、仕事か?」
从 ゚∀从「んー…」
私はキーボードを打ち込みながら、どう答えようか思案する。
从 ゚∀从「仕事、ではない、と言う事にしといて欲しい」
【+ 】ゞ゚) 「嘘だな。その機械から業の匂いがする」
从 ゚∀从「半分は本当だ。金を貰ってやっているわけではない」
嘘をつけない事を悟ると、私は投げやりにそう言った。
【+ 】ゞ゚) 「そういうものか」
从 ゚∀从「ああ」
-
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:16:29.93 ID:xWurTNwl0
- また君に、僕の昔の夢を語ったのは、君を失う2週間前の事。
从 ゚∀从「僕はね。昔芸術家になりたかったんだ」
【+ 】ゞ゚) 「ほぉ」
从 ゚∀从「最初は絵描きになろうと思った。
中学の頃は美術部だったんだよ。
風景画をたくさん描いた。
だけど僕が住んでいたのは、生憎と東京でね。
無機質なビルばかり描くうちに、なんだか嫌になってしまって。
僕がもし、田舎に生まれたらきっと今頃僕は高名な画家だったろうさ」
【+ 】ゞ゚) 「田舎の風景が描きたいのなら、田舎に行けば良かったのだ」
从 ゚∀从「そう言うがね。考えてもみたまえ。
その頃の私は因数分解も出来なかったのだ。
因数分解も出来ない子どもが、電車をそう何度も乗り継げる訳ないだろう?
それが、ものの道理と言うものだよ。君」
【+ 】ゞ゚) 「では歩いて行けばいい」
从 ゚∀从「正しさは時に残酷だね。
君は、思春期のデリケイトな心の齟齬を何一つ理解しようとしない」
【+ 】ゞ゚) 「思春期のデリケイトな心の齟齬、とは夢を諦めさせるに足るものなのか」
从 ゚∀从「もういい。もういいよ。私の中学の頃の話は止めにしよう」
【+ 】ゞ゚) 「ふむ」
-
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:18:07.18 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「うん。となると次は高校時代の話だな。
高校では吹奏楽部に入ってね。
初めて楽器というものに触れた。
やはり、大層のめり込んでね。
将来は楽器で食っていこうと思った。決意した」
【+ 】ゞ゚) 「それも、思春期のデリケイトな心の齟齬が諦めさせたのか?」
从 ゚∀从「さぁ、どうだろう。
私はたくさん、練習をしたくてね。
楽器を家に持ち帰ったんだが、
如何せん、音が大きいんだよ。
近所迷惑この上なくてね。
それで、諦めた」
【+ 】ゞ゚) 「音楽は豊かなものだ。
漏れ出て迷惑なものがあるか」
从 ゚∀从「完成された音楽で、しかも趣味と合致したのなら、
迷惑にはならぬかもしれないな。
しかしね。素人の下手糞な笛など、誰が聞きたいと思うか」
【+ 】ゞ゚) 「ふむ。上手く行かないものだな」
从 ゚∀从「全くだ。
大学時代は、文芸部だったのだよ。
同人誌なども作ったよ。作家気取りだ。笑うだろう?
ああ、懐かしいなぁ。書くもの書くもの悉く不評でね。
文芸部員にお前がいなかったら、部数はあと倍は伸びたとよく言われたものだよ」
-
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:18:50.35 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「作家と言うものは、生業としては豊かで美しく、朝露に濡れる蜘蛛の巣のようだ。
普段見えない、あるいは鬱陶しくさえ思えるものを色鮮やかに浮き彫りにし、あまつさえ魅了させてしまう。
お前はきっと、蜘蛛の巣に手を加えたのだろう。それもこの上なく無粋に」
从 ゚∀从「ああ、そうかもしれないなぁ」
【+ 】ゞ゚) 「何故、今の仕事を?」
从 ゚∀从「さぁ。自分のしたい事ではなく、自分に出来る事をしていたらこうなっただけさ。
別に、今の仕事を選んだ事に後悔は感じちゃいないがね」
【+ 】ゞ゚) 「成る程な……」
-
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:22:30.13 ID:xWurTNwl0
そんな風に、君のいる部屋で私は、相変わらず穏やかな生活を送っていたが、
実を言うと仕事場では、酷く混乱した状況が続いていた。
あの、君と言葉を交わすこととなった次の日に、
研究員が二年以上かけて積み上げた研究データが、
バックアップも含めて、全て綺麗に消え去ったのだ。
(;´ー`)「やはり、データ復帰は無理そうだーね。
もうこれで駄目なら俺知らねーよ」
从 ゚∀从「うーん。やれる事はやり尽くしたって感じではあるね」
川 ゚ -゚)「専門家に入って貰ってデータ復帰を頼もう。
もう、企業秘密だと言っている場合じゃないだろう」
从 ゚∀从「それは私たちで判断できる問題じゃないだろう。
しかし、「もう無理です」と報告書を上に回せば、おっつけそうなるだろうなぁ」
川 ゚ -゚)「よし。その報告書は私が作ろう」
( ´ー`)「助かるよー」
从 ゚∀从「………」
研究施設で、諦観のムードを漂わせながら私たちは言葉を交わす。
最初は青い顔になって、ひたすらデータ復帰に取り組んだが、
おおよそ一週間の格闘の末、どうにもならない事を悟った研究員達の顔には今や笑顔すら浮かんでいた。
-
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:25:12.05 ID:xWurTNwl0
ミ,,゚Д゚彡「おーい。今日はもう早上がりして飲みいこーぜー。
どーせやる事ねーしよ」
( ´ー`)「行くんだーよ。
飲まないとやってられないってもんだーよ」
川 ゚ -゚)「報告書が上がり次第、私も合流しよう。
所長も誘いたいのだが、どうだろう」
( ´ー`)「所長は本社から帰って来れないんだーよ。
残念だけど、仕方ないんだーよ」
川 ゚ -゚)「そうか……」
ミ,,゚Д゚彡「高岡はどうする?」
从 ゚∀从「私も行くよ。飲み会など新年会以来じゃないかい?
ささやかすぎる怪我の功名だと思って是非」
( ´ー`)「よし。今日は飲むんだーよ」
ミ,,゚Д゚彡「よっし。俺、他の奴らも誘ってくるわ」
-
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:27:11.37 ID:xWurTNwl0
各自が帰り支度を始める中で、報告書を作ると言っていた研究員の素直は、その言葉通り、モニタと向かい合っていた。
小気味良いタイピング音を響かせながら熱心に取り組む彼女に、私は後ろから声をかけた。
从 ゚∀从「押し付けてしまったようですまないな。手伝うよ」
彼女は、驚いたのか肩を震わせて振り返る。
そして、いかにも真面目と言った風情で私の申し出を断った。
川 ゚ -゚)「いや。私が引き受けた仕事だ。
先に飲み会に行ってて欲しい。
一時間もかからずに終わせる」
从 ゚∀从「しかし皆が一度に出るとなると、守衛の方が大変だろう。
暇つぶしくらいはさせて欲しい」
川 ゚ -゚)「なるほどな……」
-
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:29:25.89 ID:xWurTNwl0
私の働く研究施設はセキュリティが厳しい。
建物に入る時と出る時、それぞれカード認証はもちろん、
守衛による金属探知機での検査まで義務づけられていた。
携帯の持込なんて持っての外で、ズボンのベルトすら引き剥がされる事もある。
守衛は数人が常駐しているが、金属探知機は一台しか用意されていないので、
一度に研究員達が出ようとすると出口の前に並ぶ事になる。
守るべきデータが失われた今も、
仕事熱心な守衛達によりその作業は行われていた。
川 ゚ -゚)「わかった。では私は専門家の介入が必要な旨をまとめるから、
高岡は今までのデータ復帰の経緯を分かりやすくまとめてくれ」
从 ゚∀从「OK。30分で終わらせよう」
私は自分のデスクに腰を下ろす。
私の両手は恙無く文章を紡ぎ始めたが、
頭の中では全く別の事を考えていた。
研究所のデータを全て消し去ったのは、他ならぬ私だった。
-
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:31:39.75 ID:xWurTNwl0
私と素直が報告書をまとめ、飲み会へと赴むと、
既に場は十分過ぎる程盛り上がっていた。
ミ*゚Д゚彡「ざーけんなー!俺達の二年間を返しやがれコンチクショー!」
(*´ー`)「会社の事なんか知らねーよ!どうにでもなれってもんだーよ!」
(*'A`)「あーこんな事になるなら仕事なんて適当にしとくんだったー。
あの連日の徹夜はなんだったんだよー。糞っ!」
川 ゚ -゚)「おいおい。声が大きいぞお前ら。
騒ぐのはいいが店の迷惑にはなるなよ」
研究チームの紅一点である素直嬢が現れると、待ってましたと言わんばかりに拍手が起こった。
同僚の贔屓目を抜きにしても彼女は美人だが、一緒に現れた私の存在は彼らには見えてないようだ。
-
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:32:41.19 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「素直嬢に酌をさせるな。セクハラだ。よし私が注ごう」
(*'A`)「えークーちゃんがいいーっすー。高岡のイケズー」
从 ゚∀从「それと名前で親しげに呼ぶのも、最近だとセクハラに分類されるらしい。
どうだ素直。不快じゃないか?遠慮なく言ってもいいんだぞ」
ミ*,゚Д゚彡「クーちゃんは俺らの心のオアシスなんですー。
頭の固い仕事人間は引っ込んでろっつーもんですよー」
从 ゚∀从「馬鹿者が。ここに頭が硬くなくて仕事人間じゃない奴なんているのか?」
その言葉に皆、どこか自嘲的に笑った。
「しかし成果は全てなくなってしまった」と暗に語る笑いだった。
聞くと彼らは今日も明日も平日だと言うのに、飲み放題コースにしたらしい。
私は苦笑しながらも一杯目の冷酒を注文した。
明日はきっと、皆遅刻をするだろう。
-
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:34:51.50 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「しっかり立て。いいか。吐くなよ」
ミ,,-Д-彡「あーもう無理っす。俺無理っす。仕事やめまーす」
その日、酔いつぶれた同僚の一人に肩を貸しながら家へと帰った。
酒臭い私達を、君は黙って出迎えてくれた。
从 ゚∀从「いいから今日は寝るべきだ」
同僚を乱暴にベッドに転がす。
君が物珍しげに私たちを眺めているのが感じられた。
ミ,,-Д-彡「いてぇっ!もっと優しく扱えよー高岡ー」
从 ゚∀从「生憎と私に男を優しく扱う趣味はないよ」
ミ,,-Д-彡「あー………」
从 ゚∀从「どうした?気持ち悪いのか?」
ミ,,-Д-彡「俺、何してんだろ……」
酔いが冷めてきたのか、細く長い息を吐き出した同僚は、
ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
ミ,,-Д-彡「本当なら、今頃、やっと、やっと生体実験の準備にかかってる筈だったのに。
こんな、飲み会なんかして、なんも残ってない。なんも残ってねぇよ」
-
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:36:22.92 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「生体実験か……。なぁフサ。
我々のやっている事は、神への冒涜だとは思わないか?」
ミ,,-Д-彡「思わない。俺の神は、如何なる科学も糾弾しない」
同僚は強い調子でそう言った。
部屋の、風が変わった。
【+ 】ゞ゚) 「………」
君が怒りを孕んだのが、私にはわかった。
ミ,,-Д-彡「高岡、クーラー、切ってくれ。寒い……」
【+ 】#ゞ゚)「愚か者が」
何かが破裂するような音が部屋中に響いたと思うと、急にあたりが暗くなる。
鋭く乾いた爆発音は益々激しく、大きくなり、私の広くない部屋を振るわせた。
ミ;,゚Д゚彡「なんだぁ?!」
从;゚∀从「これは……」
-
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:37:38.71 ID:xWurTNwl0
暗闇で、頭の中に痛いほど君の声が響いた。
【+ 】#ゞ゚) 「何一つ、わかっていない! 神を愚弄するにも等しい!
神は、お許しにはならないだろう!
神は、お許しにはならないだろう! 」
君は、怒りで我を忘れているようだった。
部屋の中に吹き荒れる風は益々冷たく、酔いに火照った体を芯から冷やしていく。
从;゚∀从「落ち着け!お願いだから、落ち着いてくれ」
【+ 】#ゞ゚) 「我々は裁きを受けるだろう!
人の業に溺れおって!
感謝を知らぬ愚か者が!」
从;゚∀从「頼む!今は収めてくれ!」
【+ 】#ゞ゚) 「止めてくれるなハイン!」
从;゚∀从「ここは八百万の神の国だ。
他人の国の神に口を出すべきではない」
【+ 】;ゞ゚) 「……」
君が黙ると同時に破裂音は止んだが、
依然、部屋は暗闇のままだ。
-
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:40:36.18 ID:xWurTNwl0
- ミ,,゚Д゚彡「何言ってるんだ高岡!ブレーカー何処だ!
俺確かめてくる!」
音が止んだ事で少し落ち着いたのか、
同僚が建設的な意見を投げかけてくる。
从;゚∀从「酔っ払いは動くな!私が行く」
当然、君の声は同僚には聞こえていないのだろう。
板ばさみの私は、無駄と分かっていても、玄関へブレーカーを確かめに行った。
从 ゚∀从「っくそ。届かないな」
携帯電話のおぼろげな光をライト代わりに、ブレーカーへと手を伸ばすが、
私の身長ではあと数センチ届かなかった。
仕方なく、椅子を持ってこようと手を戻した時に、部屋の明かりがついた。
ミ,,゚Д゚彡「やっぱりブレーカーだったか。
しかし、さっきの音は何だったんだ?」
从 ゚∀从「外で悪餓鬼が爆竹でも使って遊んでたんだろう。
この部屋の壁は薄いからな」
我ながら苦しい言い訳だが、同僚は納得したようだった。
不思議な現象を発見したら、解明せずにはいられないからだろう。
ミ,,゚Д゚彡「驚いたな……。眠気も覚めた」
-
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:42:40.97 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「覚めるな。寝ろ」
ミ,,゚Д゚彡「……そうする」
同僚が、パタリとベッドに倒れこむ。
そして、小さな声で疲れた、と呟いた。
ミ,,-Д-彡「ああ、それよりも…高岡。お前でもどうにかならないのか?」
从 ゚∀从「どう言う事だ?私はコンピュータは別に専門じゃないぞ?」
ミ,,-Д-彡「前に、遠心分離機が壊れた時、
お前、駆動音だけでどこが壊れたか当てて見せたろ?
あんな感じで、どーにか、ならんのか?」
从 ゚∀从「馬鹿言え。お前本当に研究者か?
無茶苦茶にも程がある」
ミ,,-Д-彡「冗談…だ…」
从 ゚∀从「わかってる」
それからすぐ、同僚のイビキが聞こえた。
風は止まずに、赤ら顔の同僚の癖毛を揺らした。
-
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:43:40.92 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「神は……お許しにならぬ」
同僚が寝入ると、君が低く深い声で私に呟いた。
先ほどの騒動で疲れていた私は、なおざりに言葉に返す。
从 ゚∀从「私にはわからんよ。不信心者だからね」
【+ 】ゞ゚) 「わからぬ筈があるか。
お前も聖名を持つ身にあるだろうが」
从 ゚∀从「さぁね。確かに洗礼名は持ってはいるが、役に立った事はないよ。
ミドルネームとしか認識していない」
【+ 】ゞ゚) 「愚か者が」
翌朝、君を失う一週間と五日前。
平時なら研究所へと到着している時間に同僚は起きた。
ミ,,゚Д-彡「あー…、完璧、遅刻だ。頭いてぇ」
-
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:44:29.14 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「おはよう。朝食はトーストでいいかい?」
君にコップ一杯の水をやりながら、眠い目を擦る同僚へと声をかける。
ミ,,゚Д゚彡「高岡、悪い。ベッド占領したな」
同僚はベッドから這い出して、体を伸ばした。
頭痛がするのか、しきりに眉間に皺を寄せている。
从 ゚∀从「何、構わないさ」
ミ,,゚Д゚彡「ん?そのコップは何だ?お供えか?」
从 ゚∀从「ああ、習慣なんだ。うん。お供えみたいなものだな」
ミ,,゚Д゚彡「綺麗な…人形だな。その隣の箱も、鮮やかな菖蒲色」
从 ゚∀从「菖蒲色だと?馬鹿言え。これはどう見ても淡いすみれ…いろ」
私はハタと箱を見る。
買った時は確かに高貴なすみれ色をまとっていた君の箱が、
今はどこか暗く淀んだ菖蒲色へとその姿を変えていた。
ミ,,゚Д゚彡「どう見ても淡くはないだろ。精々が薄い本紫だ」
同僚がそう言って君の箱に手を伸ばした。
-
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:45:18.95 ID:xWurTNwl0
从;゚∀从「触るな!」
咄嗟に鋭い声が出てしまった。
同僚は驚いた様子で私を顧みた。
ミ;,゚Д゚彡「うぉ!?悪い。大事なものなのか」
从;゚∀从「あ、ああ。アンティークの一点ものなんだ。
大きい声を出してすまない」
私が謝ると、同僚は安心したように言葉を続けた。
ミ,,゚Д゚彡「いや、勝手に触ろうとして悪かった」
从 ゚∀从「いや……」
思えば、いつまでも変わらないと思っていた君との生活に、
初めて、不安を感じたのはこの時だった。
-
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:46:05.41 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「お前にも水を持ってくる。飲んだらシャワーを浴びて来い。それから飯だ」
ミ,,゚Д゚彡「助かる。今日は一緒に遅刻だな」
从 ゚∀从「構わんさ。どうせ行ってもやる事なぞないからな」
ミ,,-Д-彡「………」
悔しそうに口を噤む同僚を見て、私は罪悪感に囚われる。
心の中でだけ謝罪をすると、彼のために水を注ぎに台所へと向かった。
昨日、普段ムードメーカである彼が見せた本音は、
今の私にはあまりにも重く感じられた。
川 ゚ -゚)「うむ。君達が二番乗りだな。他の皆はまだ来ていないよ」
私達が職場についた時には、既に太陽は高く登っていたが、
そこには素直嬢しか居なかった。
昨日深酒をしなかったのは、私と彼女だけだ。
从 ゚∀从「おはよう素直。所長も来ていないのかい?」
川 ゚ -゚)「ああ。報告書を取りに朝一で顔を出したがすぐに本社に戻った。
今日も会議だろうな。責任を取らされるような事にならないといいが」
素直嬢は何処か面白くなさそうにそう言った。
報告書を渡すついでに、所長と話をしたかったのだろうか。
-
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:47:08.74 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「うーん。どうだろう。データが復帰しない限り責任は免れないだろうなぁ」
川 ゚ -゚)「所長が原因ではないのに……」
素直が所長に傾倒しているのは、研究所内でも有名な事実だった。
私には彼女の気持ちが理解出来たが、その気持ちとは裏腹な言葉が口を出る。
从 ゚∀从「原因があろうがなかろうが、この研究所の責任者は彼だからね」
川 ゚ -゚)「うん……」
思わず自分の冷血漢ぶりに眩暈がした。
普段クールでビューティな素直嬢が目に見えて憔悴している。
隣で、無関心を装っていたフサも、一瞬私を睨み付けた。
そんな事をされなくても自分の失態は分かっている。
从;゚∀从「と、ところで今日はどうしようか。
もう、いっそ心機一転して大掃除でもするかい?」
ミ,,゚Д゚彡「ああ、そりゃ、いいかもしれねぇなぁ」
川 ゚ -゚)「そうだな。悪くない」
いそいそと所長室を掃除しに行く素直嬢を尻目に、
私は、いつまでこの状態が保つだろうかと考えていた。
そんなわけで、その日はぽつぽつと集まり始める研究員を巻き込みながらの大掃除を行った。
鬱々とデータ復帰作業に当たるよりは、体を動かしていた方が、研究員達もまだ楽なようだった。
-
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:48:11.40 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「ただいま」
【+ 】ゞ゚) 「帰ったか。今日は客を連れてないのか?」
从 ゚∀从「客?ああ、フサの事か。今日はいないよ」
実は、彼らは今日も飲みに出ている。
私は誘いを断ったが、彼らの気持ちも容易に想像できた。
飲まずには、いられないのだろう。
【+ 】ゞ゚) 「そうか」
君はそうして、むっつりと黙り込んだ。
それは、何か言いたい事があるときの君の癖だった。
私は、君が喉元に溜めている言葉を吐き出してやるために、折れてやろうと思った。
君の言葉はいつだって意外性に富んでおり、それが私の中に新鮮な湧き水のように染み込むのだ。
君の話が、私には必要だった。
从 ゚∀从「昨日は悪かった」
【+ 】ゞ゚) 「神を信じぬとも、お前は毎朝水をくれる。
それで、良い」
-
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:49:05.10 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「君はイギリスで生まれた。
神を大切にして然るべきだ」
【+ 】ゞ゚) 「人が神に怯える姿ほど、情けないものはない……」
从 ゚∀从「ふむ」
果たして君は人なのか。
私はそれを口に出すのは控えた。
【+ 】ゞ゚) 「少し、思い出話をしよう」
从 ゚∀从「聞こう」
私は帰ったばかりで、まだ夕飯も済ませていないと言うのに、君の隣に座った。
すっかり紫を深めた君の箱が蛍光灯の光を反射して鈍く煌めいた。
君の話を聞くのは、尊くて、儚い時間だ。
【+ 】ゞ゚) 「私を作らせた人間は、真実の吸血鬼であったが、同時に熱心なキリスト教徒でもあった」
从 ゚∀从「吸血鬼?」
それは非日常の響きを帯びた言葉だった。
【+ 】ゞ゚) 「彼は、太陽の光などを恐れはしなかったが、
ご婦人を寝室に連れ込んでは、ナイフでその白い腕を切り裂いてその血を啜った」
从 ゚∀从「殺したのか?」
-
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:51:58.86 ID:xWurTNwl0
【+ 】ゞ゚) 「いいや。彼が欲したのは女の血であって、命ではない」
从 ゚∀从「ふぅむ…」
【+ 】ゞ゚) 「彼は寝室でいつだって丁寧に血を求めた。
勿論、断るご婦人もいらっしゃったが、その時は血を啜らずに返してやった。
だが、大抵の場合、ご婦人は彼の願いを聞き入れた。
首筋を噛まなくても良いかと尋ねるご婦人さえも居た。
私はそれを、棚の中からずっと眺めていたよ」
从 ゚∀从「なるほど」
【+ 】ゞ゚) 「しかして彼は苦悩した。
神が、このような事をお許しになるはずはないと。
神を愛する心は失っていないのに、自分は悪魔の誘惑に耳を貸し、
人以外の何かに成り果ててしまったのだと」
从 ゚∀从「………」
【+ 】ゞ゚) 「悩んだ彼は、ごく親しい友人でもあった皿職人に私を作るよう依頼した」
彼が死んだ時には、彼の棺桶に入れて貰い、地獄への共にしようと考えたのだ」
从 ゚∀从「地獄への共? 地獄へ落ちる身代わりではなくて?
いや待て。それ以前に君の話が本当なら、君は何故ここにいる?」
-
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:53:41.64 ID:xWurTNwl0
- 【+ 】ゞ゚) 「私がここに居るのは、欲深な彼の親戚が彼が死んだ時に
金になりそうなものを全て売り払ったからだ。その中に私も入っていた。
地獄への共に私を所望したのは、
言ったろう?
神が、このような事を、お許しになるはずはない、と」
从 ゚∀从「君は、君の主人を、一人残してきたのか」
私の問いかけに、君は予想外の言葉を返した。
【+ 】ゞ゚) 「いいや、私と彼は離れる事はない」
皿職人に作られた美しき陶器人形は、確かに彼の主人を死した後も導いた。
その美談の正体を知るのは、君を失ってからに違いなかったのだけれど。
从 ゚∀从「ん?」
【+ 】ゞ゚) 「私の話は、それだけだ」
それだけ言って、再度黙り込んだ君に、私は言おうか言うまいか迷う事柄があった。
これを伝えたら、君の自尊心が、傷つけられてしまうかもしれないと思った。
从 ゚∀从「夕飯を、食べてくるよ。今日は作る気分じゃないから、ファミレスにでも行ってくる」
逡巡の後、それだけ言うと私は部屋を後にした。
君の居ないところで、君の事を考えたかった。
-
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:55:36.00 ID:xWurTNwl0
相変わらずに、データ復旧がままならないまま、時間は流れる。
素直嬢の紹介で介入した専門家も、びっちり一週間ほどデータ復旧に当たったが、
サルベージは無理だと結論付けて、颯爽と去っていた。
素直嬢の大好きな所長のクビが飛ぶまでのカウントダウンも始まっている。
諦めと苛立ちの中で研究員達は、暇で居た堪れない日々を過ごしていた。
最初は安居酒屋で開催されていた残念会も、今やスーパーで安酒とつまみを買っての宅飲みにシフトし、
お財布にも優しい飲み会になっているらしい。
終わりは、突然にやって来る。
私の部屋への来客があったのは、
細い月が暗い空に伸びる、寒々しい夜だった。
从 ゚∀从「……やぁ」
川 ゚ -゚)「お邪魔してもいいか?」
从 ゚∀从「どうぞ。本ばかりで雑然としているが」
川 ゚ -゚)「構わない」
-
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 20:56:16.90 ID:xWurTNwl0
- 素直嬢が私の部屋を訪ねるのは始めての事だ。
彼女は思いつめた顔で、私の前に立っていた。
白い顔がますます青白く冴えて、薄い唇は震えているように見えた。
从 ゚∀从「悩み相談なら、私よりフサや欝田の方が向いてるよ」
川 ゚ -゚)「いや、高岡でないと……」
私はわざと突き放した風に素直嬢に当たる。
卓袱台のわきに腰を下ろした彼女は、じっと君の方を見つめていた。
インテリアとしては、私にも、私の部屋にも君は不釣合いだからかもしれない。
素直嬢の趣味に合致して、羨望の視線で君を見つめているのなら、
私は素直嬢の趣味を褒めてやってもいい。
从 ゚∀从「インスタントしかないがコーヒーを入れよう」
川 ゚ -゚)「悪い」
私はコーヒーを用意するために、台所に引っ込んだ。
素直嬢に背を向ける形になる。
彼女が立ち上がった事に気付いた時にはもう手遅れだった。
耳に痛い、君が砕ける音を私は聞いた。
-
106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:21:13.21 ID:xWurTNwl0
私は手に持ったコーヒーカップを捨て置いて、
慌てて君の元に駆けつける。
从 ゚∀从「おい!」
( ゞ゚)「……」
割れたのは、君の箱のようだった。
素直嬢は残った人形には目もくれず、
這い蹲って飛び散った破片の中から何か探していた。
从 ゚∀从「何をしている。
私の大切な物なのだが」
バラバラになった無残な姿は、私の胸のうちに突き刺さるような絶望をもたらしたが、
私の口は存外冷静なようで、落ち着いた口調で彼女に声をかけた。
損な性分だと思う。
川 ゚ -゚)「 ふん、ここにはないか。
フサが触ろうとすると怒ったと聞いたし、
蓋が開かなかったから、間違いないと思ったんだけどな」
私の反応を見て探すのを止めた素直嬢は立ち上がり、
服と手についた君の破片を払い落とすと、
侮蔑を孕んだ視線を私に寄越した。
木目調のフローリングに、色鮮やかに散る濃いすみれ色。
まるで、花が咲いているようだと、思った。
-
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:23:35.53 ID:xWurTNwl0
川 ゚ -゚)「まあ、考えてみたら、こんな目のつく場所に証拠を置いておくわけはないな」
从 ゚∀从「何のことだ」
本当は、分かっていた。
素直嬢が私の部屋に訪れる前から、彼女に、こんな風に問い詰められるだろうと思っていた。
ただ、君に被害が及ぶとは思っていなくて、それだけが私の落ち度だ。
今、私の指先が震えているのは、素直嬢に私の悪行を暴かれようとしているからではない。
君を、君に連なるものを、失ってしまったからだ。
しかし素直嬢にそんな事情が、伝わる筈がない。
イニシアチブを取ったと思ったのだろう。
彼女は静かだが、きつい口調で私を咎める。
川 ゚ -゚)「高岡……。お前、産業スパイだろう」
从 ゚∀从「ほぉ……」
-
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:26:07.57 ID:xWurTNwl0
- 川 ゚ -゚)「どう考えても、あのデータが落ちた日に、
誰にも気取られずにそれを出来るのは高岡しかいないんだ」
从 ゚∀从「まさか、その状況証拠だけで私を産業スパイだと?」
私は鼻で笑った。
それは三文推理小説で、探偵に罪を暴かれて開き直る犯罪者のようなチープな反応だったが、
今の私には相応しいのだろう。
川 ゚ -゚)「証拠なら、ある。これから、吐かせる」
从 ゚∀从「それなら、証拠を集めてから私を訪れた方が良かったんじゃないか?
推論だけで発表を許されるのは、内輪だけだぞ? 学会じゃ相手にもされない」
川 ゚ -゚)「いいから、研究データのバックアップを渡せ!
所長も研究データを渡せば、内々に済ましてやると仰っていたぞ。
どうせまだお前のボスには渡していないのだろう?
もしそうならお前の所属する機関の手柄として、
私達の研究成果が今頃新聞に載ってる筈だからな」
从 ゚∀从「言いたい事はそれだけか?
素直。残念ながら、お前は勘違いしている」
川 ゚ -゚)「まだゴチャゴチャと御託を並べるつもりか。
往生際が悪いぞ高岡」
从 ゚∀从「いいや。言わねばなるまい」
-
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:28:39.58 ID:xWurTNwl0
そこで、私の中からどうしようもない笑いがこみ上げてきた。
始めは我慢していたのだが、いったん声に出すと笑いは止まらなくなった。
むしろますます大声になって素直嬢を不気味がらせる。
このような場面を何度も頭の中でイメージした。
自分なら上手くやれるだろうと思っていた。
しかし、いざその時になってみると、何だこれは。
まるで、茶番劇ではないか。
从 ゚∀从「はははははは!ないよ!ないんだよ!
残念ながらバックアップなんて存在しないんだよ!素直嬢!」
川#゚ -゚)「嘘を言うな!データを盗まない産業スパイがいるか!」
もう、面倒くさくなった私は、言うのを楽しみにしていた台詞を全て端折って、結論だけ先に言った。
恥ずかしい妄想は、妄想だけに留めておこう。
从 ゚∀从「私は産業スパイなどではないよ!単なる信心深いキリスト教徒さ!」
川#゚ -゚)「宗教の話で誤魔化そうと言うのか!」
-
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:31:25.69 ID:xWurTNwl0
実を言うと素直嬢の言う通りだった。
なんだかよくわからないけど、そういうものだと納得させるには、
宗教が一番良いと、大人は皆知っている。
ずばり言い当てられた事で、かなりの恥ずかしい思いをしたが、
今更後には引けないので、勢いのまま言葉を続ける。
从 ゚∀从「誤魔化すなどと!
生命の神聖な箱舟たるDNAの研究など神がお許しになるはずがない!」
川#゚ -゚)「ふざけるな!」
怒気を含んだ素直嬢の鋭い叫び声が響く。
私が本気かどうかを見極めるためだろうか、
瞬きもせずに私をじっと見据える。
从 ゚∀从「大体、私が真実に産業スパイなら、データを消すわけなかろうに。
データだけ抜いて黙って去れば良いだけの事だ。
どうせそのうち、世間に公表すべきものなのだから、消す意味もない。
データを消した以上、私がスパイと言うのはあり得ないんじゃないか?」
川;゚ -゚)「……それは」
目に見えて、素直嬢が言い淀んだ。
おそらくそれは、素直嬢も疑問に思っていたのだろう。
-
120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:34:02.59 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「分かったなら、さっさと帰りなさい。
こんな夜に男の部屋を訪れるものじゃない」
川;゚ -゚)「っく……」
从 ゚∀从「さぁ早く!」
川;゚ -゚)「また、来るぞ」
そして素直嬢は、足早に私の部屋を後にした。
彼女らしからぬ乱暴な動作で扉を閉め、派手な足音を立てて走り去っていく。
私は、君の破片を一つ一つ拾い集めながら、そのローヒールの足音を聞いた。
从 ゚∀从「はぁ……」
未練たらしく拾い集めた破片を、持っている中で一番綺麗なハンカチに包む。
そして残った君の前に、そっと置いた。
从 ゚∀从「ごめん……」
( ゞ゚) 「……」
君は私に話しかけてこない。
それは、当然だと思った。
-
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:36:35.55 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「さ、て。頭切り替えなくてはね」
ポケットから携帯電話を取り出す。
電話をかける相手は決まりきっていた。
从 ゚∀从】「所長?もしもし。私です。高岡です。
ええ。やはりクーが来ました。間違えありません。彼女がスパイです。
彼女を処理したら、急ぎデータを復旧させましょう」
-
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:41:26.29 ID:xWurTNwl0
早朝の研究所。
所長が不在の間も、素直嬢が何度も何度も繰り返し掃除をした所長室で、
私は、この部屋の主と顔を突き合わせていた。
( ФωФ)「今回はご苦労だったであるな。高岡」
从 ゚∀从「有難う御座います。
データを抜かれる前に、尻尾を捕まえる事が出来て何よりでした」
( ФωФ)「しかし驚いたぞ。急にお前から、
『奴が動きそうです。データを抜かれる前に全て消去しました。
自宅にバックアップがありますので、ご心配なく』と言われた時には、
心臓が止まる心地だった」
从 ゚∀从「申し訳ありません。急を要したもので」
-
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:42:18.59 ID:xWurTNwl0
( ФωФ)「それにしても、どうやってデータを持ち出したのだ?」
从 ゚∀从「頭の中に入れて」
( ФωФ)「頭の中?頭蓋骨にドリルで穴でも開けたか?」
从 ゚∀从「まさか」
( ФωФ)「覚えて、帰ったのか……」
从 ゚∀从「はい」
私はニッコリと微笑む。
実をところ、私がバックアップを取っていたのは偶然に過ぎない。
最初はあまりに厳しいセキュリティを子馬鹿にするつもりで初めた自宅のマシンへのデータ移植だったが、
いつしかそれが趣味となり、自宅に研究所と同じデータが揃っていないと落ち着かないところまで行ってしまった。
だから、所長から内々にスパイがいると打ち上げられた時、
この、ほぼ犯罪でブラックなデータが役に立つ日が来るかと思い、内心ほくそ笑んだのだ。
( ФωФ)「全く……。高岡、お前と言う奴は」
-
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:44:29.38 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「しかし、素直だとは。驚きましたね」
( ФωФ)「うむ……。その素直なんだがな。
実は、お前から電話がかかってくる一時間前に、我輩の携帯電話に着信があった。
それも、一度じゃない。4度もだ」
从 ゚∀从「ああ……」
それは、私の家を尋ねる前の時間だった。
もしかしたら、私のアパートの前で所長に電話をかけたのかもしれない。
私は彼女の言葉を思い出す。
――いいから、研究データのバックアップを渡せ!
所長も研究データを渡せば、内々に済ましてやると仰っていたぞ――
从 ゚∀从「あれは、彼女の本心だったのかもしれない……」
女心は計れぬが、私には素直嬢の所長への執心は、演技だとは思えなかった。
何もかもを内々に済ませて、また所長の元で研究の日々に戻りたいと思っていたのは、
他ならぬ、彼女なのかもしれない。
-
136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:46:52.85 ID:xWurTNwl0
( ФωФ)「何の事だ?」
私は、素直嬢の言葉と、青臭い推論を所長に話した。
彼は、難しい顔をして考え込んでしまった。
( ФωФ)「我輩が、会議を抜けて電話を取っていれば……」
从 ゚∀从「今更どうにもならない事を考えるのは止めましょう。無駄です」
( ФωФ)「うむ……ああ、そうだ。
素直は丁度お前がデータを落とした次の日に、データを抜くつもりだったらしい。
あまりにも良いタイミングで驚いたと言っていたそうだが、偶然なのか?」
从 ゚∀从「ああ、それは金属探知機です。
朝、検査を受ける時に駆動音が違いましたので、何か細工をされたと分かりました。
それで、近いうちに仕掛けてくるだろうなと」
( ФωФ)「駆動音だと?
お前、研究者より、音楽家の方が向いているんじゃないか?」
从 ゚∀从「学生の頃は吹奏楽部でした」
( ФωФ)「楽器は?」
从 ゚∀从「オーボエです」
( ФωФ)「我輩はチューバだった。だが駆動音の違いには分からなかったぞ」
-
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:49:25.56 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「それは……ええ。今度合奏でもしましょうか」
所長は笑った。
騒動があってから、軽くこけた頬が痛々しかった。
結果的に上手くいったが、時間的にはギリギリの賭けだった。
データを消してからの反応で素直嬢がスパイだと言う予想はついていたが、証拠がなかった。
だから泳がせていたのだが、彼女は中々に優秀で、私の元を訪れるまで尻尾を出す事はなかったし、
所長は私が渡したデータのバックアップを持っているとは言え、
事が終わるまで本社の人間にもそれを伝えるわけにはいかなかったので、本当にクビが飛ぶところだった。
从 ゚∀从「素直の事は、どうぞ寛大な処置を」
( ФωФ)「我輩も、出来るだけそのつもりだ」
所長の、その言葉には確かな誠意が感じられた。
素直嬢が所長に傾倒していたように、所長もまた素直嬢を可愛がっていた。
彼女の博士論文まで引っ張り出して彼女を指導した事は、研究所内で一種の笑い話にもなっていた。
-
144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:53:40.38 ID:xWurTNwl0
- 所長の、その言葉には確かな誠意が感じられた。
素直嬢が所長に傾倒していたように、所長もまた素直嬢を可愛がっていた。
彼女の博士論文まで引っ張り出して彼女を指導した事は、研究所内で一種の笑い話にもなっていた。
从 ゚∀从「それと、素直に大切な物を壊されました。弁償して下さい」
( ФωФ)「いくらだ」
从 ゚∀从「これほどです」
私は片手を広げて、所長に示す。
これくらいの嘘は許されるだろう。
所長が眉をひそめた。
( ФωФ)「50万か?自宅のマシンでも壊されたか?」
从 ゚∀从「いえ。それだと桁がひとつ多いです。貰えるなら貰いますけど」
( ФωФ)「世の中そんなに甘いわけなかろうに」
そう言いつつも所長は、草臥れた財布から一万円札を五枚抜き出し私に渡した。
経費で落ちるのだろうか。
从 ゚∀从「有難う御座います」
( ФωФ)「ところで、何を壊されたのだ?」
从 ゚∀从「ああ、ええ……。
ちょっと、友人を」
-
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:58:05.28 ID:xWurTNwl0
从 ゚∀从「ただいま」
( ゞ゚)「……」
君の棺桶が壊れた日から、明らかに部屋の空気が変わった。
私は未だ君にコップ一杯の水を供え続けていたが、それがなくなる事はもう無い。
一人ぼっちで飾り棚の上に佇む君を見るのは、
どうしようもなく胸が痛んだが、私に出来る事は何もなかった。
从 ゚∀从「ああ……」
そして、私は酒を飲む。
部屋で一人、空きっ腹にそこそこな値段の日本酒を流し込んだ。
その日は月も見えなかった。
从*-∀从「あー……。世界が回る」
いい年した男が情けなく酩酊して、どっかりとベッドに倒れこむ。
視界の隅の君は、無機質な瞳で私を見つめているような気がした。
( ゞ゚)「はなしを、 きいて」
从;゚∀从「はい!?」
-
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 21:58:53.92 ID:xWurTNwl0
私は瞬間的に跳ね起きた。
しかし、酔いが回った体がそれを許さず、激しい眩暈と共に再びベッドに倒れこむ。
結局、這うように移動して、私は君の隣に座った。
( ゞ゚)「はなしを、 きいて。 はいん。
ぼくは、あまり、言葉、上手くない、けど」
それは、今までの君の声と違った。
今までの君の声は、深く静かな成人男性のものだったが、
私が今聞いた声は、無邪気な幼子の声に思われた。
( ゞ゚)「ぼくが、 本当の、 にんぎょうです。
今まで、話していたのは、ぼくの、ご主人、です。
ぼくが、棺桶にいれて、連れて来て、しまった、です」
从 ゚∀从「私が、今まで話していたのは、あの吸血鬼か」
-
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 22:01:49.72 ID:xWurTNwl0
- ( ゞ゚)「ごしゅじん、は、吸血鬼、だけど、悪くない、です。
ごしゅじん、は、業を、深いぶんだけ、良いことを、たくさん、しなくては、いけないと言って。
だから、良いことを、たくさん、たくさん、しました。
行く場所のない、子どものために、しせつを、たくさん作ったり、
街の人のために、無料で、演奏会を、開いたり、しました」
人形は、たどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
( ゞ゚)「ごしゅじんは、ここに来てからも、一生懸命、はいんを、まもり、ました。
あの箱が、少しずつ、染まったのは、はいんの、業を、嘆いたから。
箱が割れて、ごしゅじんは、もう行ってしまったから、ぼくは追い掛けて、
がんばって、天国に、連れて行かなければ、いけないけど。
どうか、ごしゅじんを、わすれないで」
从;゚∀从「君の棺桶に、君が入れなかったのは、もしかして君の主人を入れるためだからか?」
( ゞ゚)「はい。僕を作った、職人は、優しいごしゅじんが、
地獄へ落ちないように、死んだ後の、棺桶を、用意して。
彼が、死ぬ時には、僕に、彼を、この棺桶に入れて、天国へつれていくように、と。
ご主人が、天国へいけるように、十字架を、あしらって」
从;゚∀从「なんということだ……」
私は今まで、これほどまでに後悔した事があっただろうか。
君に、伝えるべきことがあった。
以前、言おうが言わまいが、迷いに迷って、結局言わなかった事だ。
从;゚∀从「待ってくれ。私も。私も伝えたい事がある」
-
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 22:03:14.11 ID:xWurTNwl0
- ( ゞ゚)「な、んで、すか?」
从;゚∀从 「君のご主人は、吸血鬼などではないよ。ただ、病気なんだ。
吸血病とか、好血病とか名前がついている。
どうしようもなく人の血を飲みたくなる病気だ。
世界中に、同じような人間がたくさんいるだろう」
( ゞ゚)「ああ、やはり。
ごしゅじんは、確かに、人、でした」
从;゚∀从 「だから、行かない。君も、君のご主人も、本来は地獄などには行かない!
神は君らをお許しになるだろう。きっと、そうだろう」
自然に、神という言葉が私の口から出てきた。
以前の私なら、考えられない事だった。
( ゞ゚)「ああ、ごしゅじんは、優しいオサムは、地獄に、行く人ではなかった。
良かった。ほんとに、良かった」
その名前を聞いて、私の息が止まるような気がした。
-
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 22:05:38.12 ID:xWurTNwl0
- 从;゚∀从「それと……もう一つ」
( ゞ゚) 「どうした、ですか?」
从;゚∀从「私はね、本当は純粋な日本人じゃないんだよ。
髪も目も濃い茶色だし顔立ちも日本人寄りだから、滅多な事では気付かれないが、母が、英国出身なんだ」
( ゞ゚) 「はい」
从;゚∀从「母は、英国のとある貴族が作った施設で育った。
その施設を作った貴族は、熱心なキリスト教徒で、その影響で母も熱心な信者なんだ。
日本に渡り、私が生まれたときも教会で洗礼をさせた」
高鳴る心臓を、必死で抑えながら私は喋る。
口にするたび、それが真実であるような気がした。
从;゚∀从「そこで私は洗礼名を与えられた。
通常は生まれた日にちなんだ聖人や聖書なんかの言葉を頂くんだが、
母の強い希望で、彼女の生まれ育った施設を作った貴族の名前を洗礼名に頂いた。
私のミドルネームだ」
私は、自分の名前を、まるで愛の告白のような気持ちで君に伝えた。
从;゚∀从「私の名前は、
高岡 ハイン オサム 」
( ゞ゚)「ああ……」
君が、確かに喜んでいるのが分かった。
-
165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 22:09:38.34 ID:xWurTNwl0
- さぁ、君の話はこれでお終いだ。
全て、私の記憶を頼りに書き上げたから、
きっと事実とは違う事を書いているところもあると思うし、
特に、君を美化してしまっていると思う。
でも、私が書きたかったのは、私の中にいる君だから、どうか許して欲しい。
あれから私は、人形に頼まれるままに、棺桶の破片と一緒に人形を燃やした。
だから、君は、君たちは消えてしまった。
もう、私の手元には何も残っていない。
職場の話をするなら、何か変化を挙げるとするならば、研究所に紅一点がいなくなった。
代わりと言っては何だが、時折所長と私が研究所で簡単なアンサンブルを行うようになった。
あの時、所長の財布から捻出された五万円で、私は新しいオーボエを買ったのだ。
楽器を持ち込む時は、正直守衛と物凄く揉めたが、所長も一緒と言う事でめでたく持ち込みを許された。
業の深い私の人生の中で、楽器を奏でると言うのは、何か救いになるのかもしれない。
私は、相変わらず神など信じていなかったが、それくらいの事は考えるようになった。
そして、最後に。
まるで本物の作家気取りではないかと、笑われるかもしれないが。
この話を、
とある貴族と、
その美しき人形に捧げる。
-
166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
:2009/07/23(木) 22:10:21.65 ID:xWurTNwl0
- 以上です。
お疲れ様でした。
読んで頂いて有難う御座いました。
トップへ