エンドレス・セプテンバーのようです
1 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:21:15.58 ID:itomR3Q8P
 けたたましい音が鳴り響いて、僕は目を覚ました。
枕もとに置いてある時計の上部を軽く叩く。 音が止まった。

 ベッドから這い出て立ち上がり、体を伸ばすと体の節々で骨の鳴る音が聞こえる。
先ほどまで寝ていた場所に視線を移すと、僕の寝相は相変わらずのようで、布団とシーツが乱れきっていた。
それをきっちりと直してから、パジャマを脱ぎ捨てて壁際に吊るしている制服を手に取ると同時に電気をつける。

 学生だけの特権であり、学生の気が最も緩む、一ヶ月以上の休みが続く夏休み。
その期間中に送っていた怠けきった生活は少し前に終わりを告げているのだけれど、僕の身体は気だるい。
継続は力なり、とはよく言ったもので、僕は中々のレベルを誇る怠惰な人物になってしまった。

 さっさと元の規則正しい生活に戻りたいなあ、と考えながら手を動かす。
肌寒いので素早く制服であるブラウスに着替えて、藍色のスカートを履いた。

3 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:24:50.46 ID:itomR3Q8P
 女子はスカートを着用すること、と通っている高校の校則で定められているので、
僕は仕方なくスカートを履いているが、脚を出しているため外に出ると寒い。
寒さに弱い僕は男子が羨ましいのだけれど、友達や姉妹に聞いてみると、皆はそうでもないらしい。

 時計を見ると指針は七時三十分を示していた。 目覚ましを止めてから十分が経過している。
そろそろ朝食が出来上がる頃なので、電気を消して部屋を出て薄暗い階段下りて一階へと移動する。
天井に設置された蛍光灯で照らされた居間には珍しく姉さんが居て、朝のニュースをじっと眺めていた。

(*゚ー゚)「おはよう、姉さん」

(*゚∀゚)「やっ、おはよう。 しぃ」

(*゚ー゚)「姉さんがこんな時間に起きてるなんて珍しい」

(*゚∀゚)「いやぁ、わははは」

 照れくさそうに笑って、後頭部を掻く。
私と同じ茶色く短い髪が揺れた。

(*゚∀゚)「昨日から寝てないだけさね」

(*゚ー゚)「その割には元気そうだね。 僕だったら徹夜なんてすると、その日はずっと眠たいのに」

 ダイニングテーブルの椅子を引っ張り出して、姉の対面に座る。
体調大丈夫なの、と問いかけると姉さんは親指を立てて屈託のない笑顔を僕に向けた。

(*゚∀゚)「体だけは頑丈だからね! お姉ちゃんパワーってやつさっ!」

4 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:26:48.78 ID:itomR3Q8P
 僕は返答を返さずに視線を母さんへと向けた。
真っ白なエプロンを着けて、私たちに背を向けて台所と向き合って朝食を作っている。
包丁がまな板を規則的に叩く音が聞こえる。 料理の完成が近いのだろうか、良い匂いがしていた。

(#゚;;-゚)「おはよー……」

 僕が先ほど下りてきた階段からパジャマ姿の妹が現れた。
目を擦りながら僕の対面へと腰掛けて、流れるような動作で腕を枕にして机の上に突っ伏した。
黒く長い髪の毛がテーブルの上に広がる。 また寝る気かこいつめ。

(*゚ー゚)「起きなよ、ご飯もうすぐできるよ」

(#゚;;-゚)「んー……」

(*゚ー゚)「ほら、起きなって」

(#゚;;-゚)「ご飯できたら……起こしてー……」

 いつものやり取りをしながら、いつもはこの場にいない姉さんに視線を向ける。
姉さんはニュースを見ながら欠伸をしていた。 やっぱり眠いんじゃないか。

 机に広がった、やや癖のある妹の髪の毛を軽く引っ張ったり、
指に絡ませてみたり、撫でみたりしていると、母さんが朝食を運んできた。

 妹を起こしてテーブルの上に食器を並べる。
乗っているのは、カレー粉を振ったもやし、ミョウガ、アスパラガス、その他。

 姉さんが朝食時の会話に混じってくること以外は何も変わらない、いつも通りの食卓だった。

5 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:28:43.76 ID:itomR3Q8P
                    □□□

(*゚ー゚)「ごちそうさま」

J( 'ー`)し「お粗末さま」

 立ち上がって食器を流し台に置いてから、居間に一つだけ置いてある、
横長のソファーへと腰掛ける。 姉さんは僕より先に食べ終えて、
ソファーの上で横になっているので、端に追いやられているような感覚がした。

 テレビでは真っ白な肌をした女性キャスターが笑顔を浮かべて、
今日の星座占いの順位を発表していた。二位から順番に映し出されていき、
僕の星座は七位と映し出された。 占いを信じる性質ではないので何も感想は抱かない。

 直後、呻くような声がしたのでそちらを見ると、姉さんが頭を抱えて眉をしかめていた。

(*゚ー゚)「どうしたの」

(*゚∀゚)「いやね、今の占いの結果がさぁ……」

(*゚ー゚)「悪かった?」

(*゚∀゚)「占いってさ、十一位の人たちが一番可哀想だと思わない?」

 体を起こしながら姉さんが言った。
ソファーの背に体重を預けて、指揮棒のように指で宙を掻きながら続ける。

8 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:30:56.79 ID:itomR3Q8P
(*゚∀゚)「最下位にはラッキーアイテムとかラッキーカラーがあるでしょ?
     あれを使えば、きっと三位ぐらいにまで浮上できるんだと思うんだよね」

(#゚;;-゚)「そんなに浮上するとは……思わないけど」

 いつの間にか背後に立っていた妹が怪訝そうに口を挟んだ。
真っ白な肌、真っ白なパジャマ、
白く照らされた部屋内のせいか、腰まで伸びた真っ黒な髪がやけに目を惹く。

(*゚∀゚)「はたして本当にそうかな? ラッキー系統が複数上げられる放送局もあるんだよ。
     そして、ラッキーアイテム、カラー、一つにつき順位が二位浮上するとするでしょ?」

(#゚;;-゚)「それを……四つも身につけるの? 面倒だと、思うけれど……」

(*゚∀゚)「そう思うでしょ? ここで、仮にラッキカラーが橙色だとするよ?
     帽子、マフラー、ピアス、ピアス。
     四つで三位に浮上して、アイテムも重複するとさらに浮上さ!」

(#゚;;-゚)「でも……室内に入ったら帽子とマフラーは取っちゃうから……七位になっちゃうね……」

(*;゚∀゚)「む……」

 しょんぼりとした様子で、妹へと何か言い返せないかと思案する姉さん。
こんなやり取りを見るのも久しぶりだな、とほのぼのする僕。

10 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:33:09.04 ID:itomR3Q8P
 僕の妹、でぃの無邪気な笑顔を見て朝食を食べながら母さんが微笑んでいた。
それを見た反作用か、約半年前のでぃの心臓手術のことを思い出す。
妹の命を救ってくれた、手術を無事成功させてくれたあの心臓外科医は、まだ生きているのだろうか。

 犬の特集が流れニュース放送が終了した。
テレビ画面左上の時刻が八時丁度に変化する。
ソファーから立ち上がり、僕は部屋へと向かった。

 部屋に入って電気をつける。 そして全ての準備を終えたが、時刻は八時二分。
まだ八分ほど余裕があった。 いつもより早く学校へと行く、
との選択肢は、寒さが嫌いなのでない。 結果、遅刻回数には目を覆いたくなる。

 外の光を完全に遮断している、花柄のカーテンを指で摘む。

 昔は寝る前にカーテンを開いて空を眺めたり、ベランダに出て、
通学中の小学生を見下ろしたり、としていたのだけれど、最近はしなくなった。
どうせ暇だし、今思い出したし、とカーテンを開けてベランダへと出る。

(*;゚ー゚)「ううう、やっぱり寒いじゃないか」

 ベランダから見下ろした目の前の道路には、何もなく誰も居ない。
すぐさま部屋に戻ろう、と思うと連続的にコンクリートを叩く音が聞こえた。
柵から少し身を乗り出して音の方向へと首を向けると、一つの影が近づいてきていた。

12 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:35:37.90 ID:itomR3Q8P
 次第に影は明かりの下へと近づいてきて、僕と同じ制服と揺れる黒髪から、
友人のクーだと判断した。 僕の中でのイメージのクーは、走ったりせず、
時間に余裕を持って歩いて学校に向かうタイプだったので、少し不思議だった。

 現在の時刻から判断する限り別に今の時間が登校時間ギリギリなんてことも無い。
何か用事でもあるのだろうか。

(*゚ー゚)「おーい、クー」

 僕の正面の道路を横切るときに、声をかけてみる。
彼女はすぐ僕に気付いたようで、足を止めてこちらを見上げた。

川;゚ -゚)「やぁ、しぃ……ずいぶん、ゆっくりとしてるな」

 膝に手をおいて荒い息を吐きながら、クーはこちらに手を振る。
でぃと同じくらい長い髪の毛が、後頭部の高い位置で一つに纏め上げられていた。
息を吐いて肩を上下させるたびに纏め上げられた位置から垂らされた黒髪と、汗をかいたうなじが艶かしい。

(*゚ー゚)「この時間って、そんなに走らないと間に合わない時間だっけ?
     そんなにポニーテール揺らしちゃってさ」

川;゚ -゚)「私が家を出たとき、すでに八時十二分だったぞ」

(*゚ー゚)「本当? ちょっと待ってて」

13 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:38:22.74 ID:itomR3Q8P
 早く行きたくて仕方が無い、と顔に書いてあるクーに言葉を告げて、
暖かい部屋内へと戻る。 時計を見ると、八時三分十七秒。
ベランダに出ると、待ちきれないと言った様子でクーが口を開いた。 たった二秒も惜しむのかい。

川;゚ -゚)「私はそろそろ行くけど、しぃも早くしないと遅刻するぞ」

(*゚ー゚)「僕の部屋の時計だと、まだ八時三分だけど」

 二秒後には駆け出していそうなクーに教えると、
彼女には珍しい驚いた顔をして、これまた彼女には珍しい安堵した息を吐いた。

川 ゚ -゚)「私の時計がズレていたのか」

(*゚ー゚)「まぁ、僕の時計が合ってるなら、なんだけどね。
     電波時計じゃないから、正確じゃなんだ」

 冗談めかして口調で僕が言った。
それに対してクーは表情を変えることなく、けれど柔らかい口調で言った。

川 ゚ -゚)「電波時計、ね」

(*゚ー゚)「僕も降りるよ、待ってて」

川 ゚ -゚)「把握した」

 吊るしていた白色のスクールセーターをブラウスの上から着て、学生鞄とマフラーを掴む。
居間の食器を洗ってる母さんと、ソファーで眠っている姉さんにいってきます、と言葉を投げかける。

 テレビへと視線を向ける。
画面左上に午前八時四分と映っていて、画面中央ではアニメのキャラクターが叫んでいた。

14 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:41:08.66 ID:itomR3Q8P

          □□□

(*゚ー゚)「おはよう、クー」

川 ゚ -゚)「おはよう、しぃ」

 挨拶を交わして、今日の授業のことや浮かんでいる星座のことなど、
明日になれば忘れてしまうような、平々凡々な会話をしながら、僕たちは学校へと歩き始めた。
僕もクーも、話すたびに吐く息は僅かに白い。 僕は黒色のマフラーに顎を埋めた。

 蛍光灯が白い光を僕らに当てて、地面に映った二人分の影が動きに合わせて揺れる。

(*゚ー゚)「クーがあれほど慌ててるのは始めてみたから、ビックリしたよ」

川 ゚ -゚)「いや、何。 時計を見たら遅刻しそうだったからな。
     私だって驚いたりはするさ」

(*゚ー゚)「本当、不便だよね」

15 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:43:59.84 ID:itomR3Q8P
 今の時代になってから、初めの頃は当然混乱したし、重要なモノから些細なモノまで、
問題が大量に発生した。 そして、時間が経過するにつれて、
政府や地域の働きによって色々と改善されて大体のことは慣れてきた。

 だけど、時間の概念だけはどうしても不便で、慣れそうもない。
昔は外の様子を見て時間と言う概念を決めていたのだろうけれど、現在は逆だ。
いつの間にか僕たちは時計の針と数字に頼らなければ、生きていけない環境に置かれていた。

 何気なく見ていたものでも、無くなってしまったら必要だ、
そう気付くことは今までに沢山あったけれど、これが僕の中で一番、いや、世界中での最たるものだと思う。
僕たちは常に変化が身近に無いと、精神に異常をきたして、発狂してしまうだろうから。

 午前八時四分。 僕にしては非常に珍しい時間に家を出発した。
クーと並列して学校へと向かう。 灯った街灯に照らされた彼女は黒色を好むのか、
スクールセーターもマフラーも靴もその色で統一されていた。


 真っ黒な空に瞬いている、満天の星空。 真っ黒な空に浮かぶ、鮮やかな黄色い満月。
 変わらない景色の下、永遠と終わらない九月の夜。 胸一杯に吸い込む、清浄な空気。

 この国の夜に閉じ込められた僕たちは、時計を人生の指針にして日々を生きていた。



17 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:45:35.45 ID:itomR3Q8P
                    □□□









               世界は現在、静止している。



              エンドレスセプテンバーのようです





                    □□□ 

19 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:49:48.38 ID:itomR3Q8P
 幸い、僕の家にある時計の針と、学校の時計の針の進みはあまり差異がなかったみたいで、
まだ大きく開いている正門を通過できた。 学校内へと入るにつれて見知った顔が増えていく。
下足室で青色の校内履きのサンダルに履き替えて、クーと並んで階段を上り教室へと向かう。

 扉を開いて、設置されている蛍光灯に照らされた薄暗い教室に入る。
廊下と変わらないひんやりとした冷たい空気が肌にまとわりついた。
寒気が背筋を走ってまたしても身震いが僕を襲う。 その様子を見てクーが疑惑の表情を僕に向けてきた。

(*゚ー゚)「なんだよお」

川 ゚ -゚)「いや、まだ慣れないのかと思ってな」

(*゚ー゚)「僕にとっては、時間と同じぐらい慣れないものだね」

 椅子を引きながら僕らは会話を続ける。
僕の席は窓際一番後ろといった素晴らしい位置なのだけれど、
最近視力が低下してきているようで、黒板の字が少々見えにくい。

 しかし、成績優秀なクーの席が前方なため、
勉学の面では彼女の恩恵を存分に受けていて、
席替えする前より遥かに授業内容が理解できていた。

 僕とクーが雑談をしていると、もう二年目となれば聞きなれた、
鐘を模した音が放送機器から流れ出した。 それとほぼ同時に、教室の扉豪快な音を立てて開き、
担任の先生が片手にもった出席簿を叩いて、着席しろー、と声を上げる。

从 ゚∀从「はやくしろガキどもー」

20 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:53:30.06 ID:itomR3Q8P
 ハインリッヒ先生は、
背びれ尾ひれがついて牙と翼が生えたような話でも、実話かと錯覚させるような人物だった。

(*゚ー゚)(ハインリッヒ伝説は、みんなの心の中に存在しているのだ!)

从 ゚∀从「しぃ、人の顔見てニヤついてんじゃねーぞ」

 ハインリッヒ先生が眉間に皺を寄せて、
睨みつけるかのように(あるいは睨みつけて)僕を指差していた。
クラス中の視線が僕へと集まり、僕は慌てて首を振って表情を戻した。

从 ゚∀从「ったく、まーたあのバカは来てないのか」

 僕へと向けられていた指をそっと僕の隣へとずらす。
釣られて視線を向けるとそこには誰も座っておらず、欠席または遅刻を意味していた。

 彼はここ一週間ほどあの席に座っていないので、今日も後者だろう。
ハインリッヒ先生は舌打ちした後、出席簿に何かを書き込んで顔を歪める。

从 ゚∀从「五日連続たぁ、ナメた真似してくれんじゃねーか」

 今度シメてやる、と冗談に聞こえない言葉を最後にハインリッヒ先生は教室を出て行った。
緊張感が張り詰めていた教室内が途端に喧騒に満ち始める。 僕も前方のクーと会話を始めた。

21 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:57:11.49 ID:itomR3Q8P
          □□□

 やがて一時間目担当である数学教師が入室してきて、来月にある定期テストの存在を告げた。
教室が輪をかけて騒がしくなり、僕は現実逃避のため窓の外へと視線を向けた。 星が綺麗ですね。

(*゚ー゚)(……)

 蛍光灯の白い光を受けている緑色の黒板は見辛く、少し目が疲れてきた。
緑が目に優しいとしても、これじゃあ相殺してしまうどころかマイナスだろうな、と関係のないことを考えてみる。
白いチョークで数式の答えを書き込む数学教師の眼鏡が、蛍光灯の白い光で反射していた。

 窓ガラスを隔てた、外の景色。
変わらない毎日の景色を一瞥してに、僕は再び黒板へと視線を向けて数式を書き写す。

 チャイムが鳴り、数学教師が退室すると再び教室内は騒がしくなった。
僕は前の席のクーの背中を叩いて、次の授業が始まるまで、数学で分からなかった部分を教えてもらう。


( ・∀・)「それじゃあ、始めるぞー」

 二時間目の歴史が開始されて、僕は慌てて机の上の教科書とノートを入れ替える。
モララー先生の授業は解りやすく親切なのだけれど、
一度目を付けられると授業中によく当てられてしまうので注意が必要だ。

 蛍光灯のせいか、酷く色褪せて見えるプリントを配って、
空欄に埋まる語句を黒板へと書き込む先生。 江戸時代の偉い人、将軍が考え出した条例やら改革やら、
現代にはほとんど関係ない出来事を、僕はただただプリントへと書き込む。

22 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 01:59:56.27 ID:itomR3Q8P
 モララー先生が予定していた時間より授業が早く終わったのか、
普段は使用しないパイプ椅子へと腰掛けた。
先生は教室内が落ち着いてから、冷たい空気の中、話し始めた。

( ・∀・)「今を生きている人間の誰もが実際に見たことがない、遥か昔。
      しかし、功績を残した人物は教科書や文献によって私たちへと伝わってくる。
      けれど、私がそんな大層な物に名前を残せるわけがない」

 どこか寂しそうで、今にも泣き出してしまいそうな、けれど仕方がないと諦めているような。
そんな声色でモララー先生は、腕を組みながら誰に言うまでもなく続ける。
青白い手の甲がスーツから覗いていた。 そのまま眠るかのように片目を閉じる。

( -∀・)「私の生きた証はどこかに残るのだろうか?
      私の今を生きている想いはどこにも残らないんじゃないだろうか?
      寒く、寂寥とした時代になってしまった今、私は自らの形をどこまで残せるんだろうか」

 教室内は物音一つせず、ただただ全員が先生の声に耳を傾けていた。
目の下にできた隈が、真っ白な肌との対比で目立つ。 もう片方の目も閉じられた。

( -∀-)「さて、もうすぐ二年が経過する。 月日の経過は早いものだね。
      もうビタミンDも満足に作れない、青白く脆弱で不健康な私たちは――」



          「――この時代をどこまで生きれるんだろうね?」



 僕の肌が粟立ったのは、教室内の気温のせいではなかっただろう。

25 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:03:28.44 ID:itomR3Q8P
                    □□□

 モララー先生が退室してから、休み時間。
先ほどのように男子や女子が騒がしく会話することなく、水を打ったように静まり返っていた。

 この空気に耐え切れない、と言った様子でクラスのお調子者が立ち上がり、
らしくもなく、顎に手を置いてじっと考え込んでいるクラスメイトたちの前でおどけてみせた。

 彼の滑稽なしぐさはクラスメイトの笑いを誘い、
血が通ったかのようにクラス内が暖かくなり、皆、談笑を始めた。

川 ゚ -゚)「見事なものだ」

(*゚ー゚)「そうだね」

川 ゚ -゚)「しかし、もうすぐ二年か」

(*゚ー゚)「そうだね」

川 ゚ -゚)「光陰矢の如し、とは良く言ったものだ」

(*゚ー゚)「そうだね」

川 ゚ -゚)「……しぃ、ちゃんと聞いていないだろう?」

(*゚ー゚)「そうだね」

26 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:06:01.49 ID:itomR3Q8P
 はぁ、とクーがため息をついて次第に盛り上がり始めたグループへと視線を向ける。
僕とクーを含むクラス中の視線を浴びながらも緊張することなく朗らかに口を開く。
凛々しく整った眉毛が印象的なお調子者、ジョルジュ君は演説するかのように両手を広げていた。
  _
( ゚∀゚)「モララーの野郎は暗い話をしやがったけどさ、俺たちは学生なんだ。 まだまだ若い。
     将来のことなんて考えずに目の前の出来事だけを考えて生きていけばいいんだ」

 だから、と百万の群集の前で演説する首相のように、右腕を天に突き上げて叫ぶ。
  _
( ゚∀゚)「こんな時代じゃなくても、学生時代は刹那的に、享楽的に生きなきゃいけねーよ!!
     青春時代は一回きりなんだ! 人生も一回きりなんだ!!
     だから誰か俺と付き合ってくれー! 一緒に青い春を桃色に染めようじゃないか!!」

 できれば巨乳の子がいいなぁ、と高らかに宣言して、女子生徒からブーイングを受ける彼。
そりゃないぜー、と明らかなオーバーリアクションをとって、笑顔を浮かべたジョルジュ君。
  _
( ゚∀゚)「夏休みも終わっちまったし、これからどうっすっかなー」

 一瞬彼は僕の隣の席へと視線を向けて、酷く侘びしい表情を浮かべる。
僕の隣の席の主、ギコ君が学校に来なくなった先週から、彼は無理に明るく振舞うことが多くなっていた。

28 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:09:22.89 ID:itomR3Q8P
(*゚ー゚)「そういえば、もうすぐ十七歳だよ、僕」

川 ゚ -゚)「本当に、月日の経過は早いな。
     この間まで私たちは中学三年生だったんだぞ」

(*゚ー゚)「地球が太陽を二周した、と考えると、
    『たった二周か。 なら早くても仕方が無い』と考えれるぜ」

川 ゚ -゚)「今は地球も太陽も周ってないけどな」

(*゚ー゚)「日食も月食も見れやしない、残念だよ」

川 ゚ -゚)「私は昼が見たいな」

 チャイムが鳴って、三時間目が始まる。
化学担当のハインリッヒ先生が今日二度目の登場を見せて朝と同じように声を張り上げた。
ガラス窓に反射して映るハインリッヒ先生の端正な横顔。 彼女が動いて白衣がはためく。

 月に照らされた校庭に、校舎の影が伸びていた。
 時計の針は、午前十時五十分を差していた。

29 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:11:35.18 ID:itomR3Q8P
                    □□□ 

(*゚ー゚)「ただいまー」

 僕が帰宅して居間への扉を開けると、姉さんがソファーから慌てて身体を起こした。
朝、アニメキャラクターが映っていたテレビ画面は現在何も映していない。
節電、節水に疎い姉さんのことだから、きっと母さんが電源を落としたのだろう。

(*;゚∀゚)「――わっわっ!! あ、お、おかえりー……」

(*;゚ー゚)「涎垂れてるよ?」

(*゚ー゚)「母さんとでぃは?」

(*゚∀゚)「夕飯の買い物に行った……と、アタシは睨んだねっ! でぃは知らない」

(*゚ー゚)「まさか、ずっと寝てたの?」

 へへへ、と姉さんは笑ってから、お腹の上に置いてあったタオルで顔を拭く。
落ち着いた様子で息を吐いて、僕の顔を見て、再び表情を戻した。 忙しい人だな。

(*;゚∀゚)「ちょ、ちょっと待って! しぃが帰ってきてるってことは今何時!?」

(*゚ー゚)「四時から四時半ごろだと思うけど、どうかしたの?」

(*;゚∀゚)「シューが来るんだ」

(*゚ー゚)「シュー……さんって、あぁ、あの学者さん?」

30 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:14:47.33 ID:itomR3Q8P
 僕が記憶の中から拾い上げた人物像に対して姉さんが反応する前に、静かな家内にインターホンの軽快な音が響いた。
姉さんの言うシューさんだろうな、と容易に想像がついたので玄関へと僕は向かう。
だがしかし扉を開けると、そこにはでぃがいた。 見るからに落ち込んだ様子で顔を俯けている。

(*゚ー゚)「どうしたの?」

(#;゚;;-゚)「あ……家の鍵……落としちゃって……それで……」

 でぃは顔を上げて消え入るような声で呟いた。 治安の良くない現在を気にしているのだろうか。
この地域は始めの頃に比べてかなりマシになったけれど、全国ではまだまだ犯罪が多発している。
制服の上から着ている白いダッフルコートの裾を握り締めて、また俯いた。 前髪が目にかかって表情が見えない。

 でぃの性格上、落し物を探さないはずが無く、それも結構な時間探したけれど、見つからなかったのだろう。
落としてしまったものは仕方が無い。 玄関前にいるのも寒いことだし、とりあえずでぃを家の中に入れよう。
そう思うと同時、声を投げかけられる。 見ると、白衣を着た女性が長い黒髪を揺らしながらこちらへと歩いてきた。

lw´‐ _‐ノv「キミ、鍵を落としただろう?」

(#゚;;-゚)「え……あ、はい」

lw´‐ _‐ノv「ほら、もう落とすなよ」

 差し出されたのは、つぶらな瞳をした緑色の果実のキャラクターのキーホルダーがついた、紛れも無い我が家の鍵。
人気アニメがゲーム化した時の記念に発売されたそれは、中々の価値があるらしい。
無くした鍵をしっかりと握るとでぃは途端に安堵した表情へと変わり、長身の女性、シューさんに深々と頭を下げた。

33 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:17:47.63 ID:itomR3Q8P
(#゚;;-゚)「あ、ありがとうございますっ!」

lw´‐ _‐ノv「いやいや、いいよいいよ、ゆあうぇるかむさ。
       それより、つーの阿呆はいるかな?」

(*゚ー゚)「えぇ、いますよ。 どうぞ」

lw´‐ _‐ノv「お邪魔しますよっと」

 姉さんの名前を聞いて首をかしげるでぃに、背の高いこの女性がシューさんだと教えて、二人はその場で自己紹介。
こんにちは、でぃと申します。 ああいえいえ、シュールです、気軽にシューって呼んでね。 鍵を拾っていただき、
ありがとうございます。 いえいえ、たまたまです。 立ち話もなんですし、と僕が切り出し、家へと上がってもらった。

 たまに家に遊びに来るので、僕は姉さんと一緒に会話に混じり、シューさんと何度か話をしたことがある。
確か、前回家に来たのは半年前で、その頃でぃは心臓の病気で入院していたからシューさんとは初対面のはずだ。
来訪期間はどんどん間が開いていっているのを見る限り、やはり仕事は忙しいらしい。

 居間にシューさんを通すと、姉さんは経済新聞を開いていた。 何をしてるんだ、姉さん。
でぃが口を開けて驚き戸惑っていたが、シューさんが来たときの挨拶みたいなモノだ、と伝えると納得したようだった。
姉さんが先ほどまで読んでいた(ふりだろうけど)新聞を折り畳んで、僕らへと視線を向ける。

(*゚∀゚)「外を出歩くのに、白衣で歩くかい普通」

lw´‐ _‐ノv「久しぶり、まだ警備員をやってるのかい?」

34 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:20:13.23 ID:itomR3Q8P
(*゚∀゚)「『私は研究者ですー、偉いですー』って周囲に言いたいのか? このいばりんぼめっ!」

lw´‐ _‐ノv「結構長く勤めているだろう、そろそろ昇進したか? 警備員」

(*#゚∀゚)「警備員警備員言うなよこの細長巨木!」

lw´‐ _‐ノv「低身長よりマシですー。 それに、矛盾してますよ? あれあれ? 動揺ですか?」

(*゚∀゚)「はい残念でしたー! でぃとしぃはアタシより身長低いですからー! 残念!」

lw´‐ _‐ノv「年下に勝って威張る女の人って……」

 売り言葉に買い言葉、というか、この二人は学生時代からこうだったのだろうな、と想像できた。
聞いても、本人たちは肯定しないだろうけど、この二人はどう見ても冗談と本音を話合える、仲のいい親友同士だ。
数回見ただけの僕でもそう判別できる。 僕はこんな友人を作れるだろうか。 純粋に姉さんが、羨ましい。

35 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:22:54.31 ID:itomR3Q8P
 姉さん、シューさん、姉さん、シューさんとの順番で言葉の応酬がしばらく続いたが、
シューさんの口から自宅警備員との言葉が発せられるのと同時に、姉さんがわけのわからない奇声を上げて立ち上がり、
そのまま走り出してソファーにダイブした。 シューさんは腰に手を当てて高笑いしている。 

(#゚;;-゚)「ねぇ、しぃ姉さん……」

(*゚ー゚)「なんだい? でぃ」

(#゚;;-゚)「いつもこんな感じ?」

(*゚ー゚)「ヒントはね、僕の反応」

(#゚;;-゚)「なるほど」

 僕はやれやれとため息を吐いた。

37 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:25:52.70 ID:itomR3Q8P
                    □□□

 まず初めは、とある領土問題だった。
その島の領土権を主張する国が二国あり、長同士が話し合ったが、お互いが主張するため話が進む気配は微塵もない。
痺れを切らした片側の国がどこかの国へ話し合いに参入するよう持ちかけて、もう片側も同じように話を進めた。

 二つの国は後には引けず、それほど固執するほどでもない小さな問題が、雪球を転がすように膨れ上がり始めた。
とある国が、敵対する国に対して侮辱的な発言をした。 言われた側は蔑む言葉で返した。
彼らは自らの口から出た言葉によって、自国が滅びる可能性にまで頭が回らないのか、全てが次第に白熱する。

 勢いがつき始めたら後はもう加速するだけで、対峙する国の連合同士が不平、不満をぶつけ合っていた。
人差し指を突き出し、顔を真っ赤にして叫ぶ。 親指を下に向けて、舌を突き出して叫ぶ。
会議の終わりが見え始めていた。 そしてとうとう、絶対に言ってはいけない言葉を、誰かが言った。


 よろしい、ならば戦争だ。


 この言葉を皮切りに、世界中の国が行動を開始した。
正当防衛、やらなきゃこちらがやられてしまう、やられる前にやれ。
名目はいくらでもある。 手段もいくらでもある。 勝てば全ての意見が押し通る。

 世界中の強欲な人物たちは、世界の覇権を狙って争いを始めた。

 我々は戦争がしたくて仕方がなかった。
誰かが始めの行動を起こすのを待っていたのだ。
さぁ、向ける先のなかった持て余す武力を使わせてもらおうか。

38 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:29:11.36 ID:itomR3Q8P
 国同士の戦争なんて久しぶりだ。 また利益が沸くぞ。
自分の国の技術はどれほど進んでいるのか。 敵国の技術はどれほどなのか。
戦争なのだ、思う存分相手を殺戮しよう。

 自国が最上の利益を得るため、最大限の武力を行使する。
 世界中が、そう言っているような気がした。

 国際平和と安全の維持、国際協力の達成のために設立された国際機構。
それに名を連ねる全国家が自国の利益を最優先に考えて動き、連合は何の役割も成さなかった。

 未曾有の危機、と国の誰かが言った。
 この星の危機、と誰かが言い直した。
 すべての終焉、と世界の皆が感じた。

 爆発が爆発を呼び、薙ぎ払われた村。 枯れ果てる植物。焼き払われる草原地帯。 荒れ果てていく地表。
この星に住んでいる者たちのほとんどが、自らの足場であるこの星を破壊していく。
平和を望む国民以外の誰もが興奮状態に陥って、正常な判断を下せない状況だった。

 とある大国に無数の核ミサイルが射出され、大国はそれなりの対応をする。
射出、着弾、爆発。 世界の様々な国でそれらが繰り返され、被害はどんどんと大きくなっていく。
ただただ終わりへと向かって、最短距離を突っ走っていた。

 そしてあまりにも早すぎる時間で、全ては終わりを迎えた。
神が世界を創り上げた時間よりも早く、人間は世界を壊した。

 爆発によってブチ撒けられた地表の砂や埃が舞い上がって上空で集まり、
視線を上に向ければ当たり前のように広がっていた、青色を背景に白い雲が浮かんでいた明るい空は姿を変えた。
色、与える印象が通常とは対極に位置する、太陽光線すら遮断する真っ黒な雲に覆われた空。

39 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:32:28.47 ID:itomR3Q8P
 舞いあげられた塵はこの国の空をも覆うと考えられたのだけど、
不意に吹き荒れた強風(というか竜巻)が全て退けて、吹き飛ばした。
この風のことを今度こそ国を救った、と皮肉を込めてなのか、みんなは『カミカゼ』と呼称した。

 どうやら、今までに僕たちが排出して空気中に充満していた有害なモノも、全て吹き飛ばしたらしい。
だから、この国は満天に星が見えて空気は清浄で凄く快適だ。

 いつまで経っても夜が明けない、と初めに気づいたのは誰だったのだろうか。
早かれ遅かれ、誰もが気づくこの事態は、世界中に前代未聞の混乱を与えたであろう。
僕たちの住む国では、間違いない。 他の国の情景は、わからない。

 核を使い果たした人類たちの行動は地球への凄まじい衝撃を与えて、
信じられないことだけど、自転と公転がピタリと止まった。 徐々にかもしれない。 どうだろう。
何にせよ、現実には起こりえない空想の物語の設定みたいだ、と僕はその時感じた。

 そう簡単に信じられるか、と声を上げる人もいたのだけれど、
実際そうなってるらしいのだから、自分の心の内を晒した他人への反発は意味が無い。


 二年前の僕の誕生日に全ては終わりを告げた。


40 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:36:48.51 ID:itomR3Q8P
         □□□

(*゚∀゚)「で、何の用があって来たんだい?」

lw´‐ _‐ノv「ああうん、もうすぐお祭りがあるよね」

(*゚∀゚)「毎年恒例のあの祭りだね、それがどうしたんだい?」

lw´‐ _‐ノv「それの、お誘いだよ」

(*゚∀゚)「……。 わざわざ来なくても良かったんじゃないかな」

lw´‐ _‐ノv「これだけならそうだけど、用件には続きがある」

(*゚∀゚)「何さ。 早く言いな」

lw´‐ _‐ノv「お月見をしようかと思ってね」

(*゚∀゚)「月見? 月見なら毎日腐るほどしてるさね」

lw´‐ _‐ノv「毎日自宅を警備している人間が空を見上げることなんてあるのかい?」

(*#゚∀゚)「キー!!」

 僕の隣にシューさん、僕の向かいにでぃ、その隣に姉さん。
四人がけの木製のテーブルに座って会話中の現在、姉さんが再暴走。
ころころと表情を変える姉さんを羨ましそうにでぃがじっと見ている。

42 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:41:17.94 ID:itomR3Q8P
lw´‐ _‐ノv「こらこらでぃちゃん、そんなのを観察しちゃダメだ。 馬鹿が感染するよ」

(#;゚;;-゚)「え……いや……」

(*゚∀゚)「いーや、違うね。 でぃは冷静で賢すぎる。 もう少しハジけてもいいはずさね」

lw´‐ _‐ノv「わかったわかった。 わかったから働け」

(*#゚∀゚)「あまりアタシを怒らせないほうがいい……」

 できれば、少しだけ馬鹿が移って欲しい、そう言った表情のでぃを置きざりに、
目の前で再び言葉の応酬が始まって、僕とでぃは空気になる。 座ってるだけの存在だ。

 その時僕に電流走る。

(*;゚ー゚)(空気→吸われる→座れる→座っている→空気は座れるだけの存在――!!)

 素晴らしい関連性だ! と大声を出して立ち上がりそうになったが、そこはぐっと堪えた。
確かに、まったく注目を浴びない位置、特に麻雀などでは『そこにすわれているだけ』の存在、と、
点が線で結ばれるかのように、全てが繋がった。 搾取される存在、ともとれるじゃないか!

(*゚∀゚)「アタシとでぃが半々に混じった存在、ってのが、しぃだよ」

(*;゚ー゚)(そして空気、つまり酸素は人々には必要不可欠。 無いと生きていけない……。
      さらに、複数の人間いるとき、
      ふいんきに混じれない人間というものは確実に存在している……)

43 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:44:43.14 ID:itomR3Q8P
lw´‐ _‐ノv「……すごく納得できるのがまた悲しいところだ。
       さすがの私もこれはフォロー外だよ。
       この家庭の女の子は皆、成長の過程でつーに近づいていっているのかもしれない」

(*;゚ー゚)(つまり、やはり必要なのだ! 元素記号で表すとO2→おーつー→おつ→乙→お疲れ様。
      このように、ヒエラルキーの下、人の影で活躍する彼らを、世界は労っているのだ!)

(*゚∀゚)「その逆説的に、アタシにもでぃのような時期があったということさね」

(*;゚ー゚)(労われている彼らの上には何がいる……? そうだ……お調子者や、人気者。
      いわゆる日の当たる存在、つまり吸う側の存在。 彼らとは逆……。
      なんてこったい! 差別が根本にあるじゃないか! そして無いと生きていけない!?)

lw´‐ _‐ノv「私と君は小学校からの仲だけど、間違いなく今のような性格だったよ。
       静かな君なんて、気持ち悪くてありゃしない。
       まるで、お爺さんが高速で懸垂をするかのような……そんな違和感だ」

(*;゚ー゚)(つまり人間は生まれながら差別をし、差別無しに生きていけなかったんだよ!!)

 僕が脳内で高らかに宣言すると、脳内の三人の僕が目を見開いて、大声で驚愕の言葉を叫んだ。
思わず椅子から立ち上がっていたことに気付き、現実の三人の視線が向けられる。

(#;゚;;-゚)「しぃ姉……大丈夫……?」

(*゚∀゚)「何かブツブツ言ってたけど、どうしたのさ」

lw´‐ _‐ノv「つーに色々と言われて発狂寸前、に一票」

44 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:47:51.38 ID:itomR3Q8P
(*;゚ー゚)「えっ、いや、なんでもないです、です」

 恥ずかしさと焦りがないまぜになった感情が湧き上がり、腰を下ろす。

(#゚;;-゚)「そういえば……お祭りの日って、しぃ姉さんの誕生日だよね……?」

(*゚∀゚)「あー、そうだったね。 去年もこんな会話した思い出があるよ」

(*゚ー゚)「二日目だけどね。 丁度、世界終戦記念日だから、一番盛り上がる日らしいけど」

lw´‐ _‐ノv「なに、本当か。 ならその日にお月見決定だな」

(*゚∀゚)「どこでやるのさ?」

lw´‐ _‐ノv「少しでも月に近い場所だよ」

(*゚∀゚)「はい?」

lw´‐ _‐ノv「私のお気に入りの場所があるんだ。 任せてくれ。
       そこで一杯やろうじゃあないか」

(*;゚∀゚)「おいおい、未成年もいるんだぞ」

lw´‐ _‐ノv「治外法権さ、治外法権。 私の友人は皆、私の法律に縛られればいい。
       誰かに見つかっても領事裁判権が働くわい。 わははは」

(*゚ー゚)「メンバーは、この四人ですか?」

46 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:50:40.04 ID:itomR3Q8P
(*;゚ー゚)「えっ、いや、なんでもないです、です」

 恥ずかしさと焦りがないまぜになった感情が湧き上がり、腰を下ろす。

(#゚;;-゚)「そういえば……お祭りの日って、しぃ姉さんの誕生日だよね……?」

(*゚∀゚)「あー、そうだったね。 去年もこんな会話した思い出があるよ」

(*゚ー゚)「二日目だけどね。 丁度、世界終戦記念日だから、一番盛り上がる日らしいけど」

lw´‐ _‐ノv「なに、本当か。 ならその日にお月見決定だな」

(*゚∀゚)「どこでやるのさ?」

lw´‐ _‐ノv「少しでも月に近い場所だよ」

(*゚∀゚)「はい?」

lw´‐ _‐ノv「私のお気に入りの場所があるんだ。 任せてくれ。
       そこで一杯やろうじゃあないか」

(*;゚∀゚)「おいおい、未成年もいるんだぞ」

lw´‐ _‐ノv「治外法権さ、治外法権。 私の友人は皆、私の法律に縛られればいい。
       誰かに見つかっても領事裁判権が働くわい。 わははは」

(*゚ー゚)「メンバーは、この四人ですか?」

47 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:54:00.17 ID:itomR3Q8P
lw´‐ _‐ノv「それは今考えている途中なんだけど……増えても一、二人だと思う」

(*゚∀゚)「誰が来るのさ」

lw´‐ _‐ノv「私の妹。 あと一人ぐらいなら誰か呼んでもいいぞ」

(*゚∀゚)「車はアタシが出すのかい? 面倒さねえ」

lw´‐ _‐ノv「いいじゃないか、車を出すだけでメシがウマいんだから」

(*;-∀゚)「暗闇の中、人様の命を預かるってのは怖いんだよ」

lw´‐ _‐ノv「まあいい。 それじゃあ、しぃの誕生日にまた来るよ」

(*゚∀゚)「了解さね。 それより、そっちの研究は進んでるのかい?」

lw´‐ _‐ノv「いんや、全然」

(*゚∀゚)「国民のために頑張ってくれ」

lw`‐ _‐ノv「馬鹿言うな。 私が研究しているのは私のためだ」

(*゚∀゚)「はいはい米将軍米軍曹米二等兵。 どうせなら、目安箱でも安置したらどうだい?
     今ならすぐに満杯になると思うよ」

lw´‐ _‐ノv「『この星を回転させてください。 差出人、六歳少女』なんてお便りが着てみろ。
       ウチに正常な人間は少ないんだ、みなさん本当にやりかねんよ」

49 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 02:58:40.92 ID:itomR3Q8P
 奇跡に護られて生き残ったこの国をもう一度塵で覆いかねない、とシューさんは嘆息する。
私のための研究内容、というものが僕は気になったので質問してみた。
彼女は待ってましたとばかりに口の端を緩めて、揚々と発言する。

lw´‐ _‐ノv「米だよ。 米。 テンプレートだなと言われるかも知れないが、米だ。
       パンはダメだ。 私はこれまで生涯パンを十三枚しか食べたことが無い」

 いつ吸血鬼に聞かれても大丈夫だぞ、と笑う。 姉さんがお前は何を言っているんだ、と眉を寄せた。
言われて、僕は炭水化物なんてしばらくとっていないな、と改めて気づいた。
モララー先生の言葉が脳内に蘇って、肌も同じように反応した。 体が震える。

lw´‐ _‐ノv「月が太陽光線を反射しているだけ。 そんなものじゃ米は作れない。 だから私は不満だ。
       蓄えている、かつての残りの米が尽きる前になんとかしないと私は発狂する自信があるよ。
       この幻想的な光景に似つかない苛烈な現実だ。 現代の人類の理想を私は叶えられるかな」


          □□□

 住めば都、なんて嘘だ。
人々を魅了する幻想的な光景は、人々を苦しめる苛烈な現実になっている。
現代の人類の理想、とシューさんは言った。 叶えられるかな、と続けた。

 姉さんも、シューさんの心のうちを知っているから、そう振舞っているから、そうしているのだろう。
どうしようもないこの現実、一般人が頼れるものは自らより遥かに知識のある科学のヒーロー。
目に見えるもの全ての命が、自分に圧し掛かってきているなんて、僕には耐えられそうもなかった。

50 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:01:46.69 ID:itomR3Q8P
 そして、圧し掛かっているモノの中には、彼女にあまり親しくない僕も入っていて、
それなのにわざわざ新しい関わりを作って、視野を広げて、街中を白衣で歩いて。
いったいどう考えているのだろうか。 僕にはとても、とても無理だ。

 自分の理想、と自分に言い聞かせて、世界のために必死で研究する。

 きっと、疲れ果てた現実から一時的に非難するために、
昔からの親友である姉さんの場所へと、遊びに来たんじゃなかったんだろうか。
逃げ場がないこの世界から、少しでも居心地のいい場所で休息したかったんじゃないだろうか。

 それなのに、僕ときたら――、

(#゚;;-゚)「……しぃ姉さん!」

(*;゚ー゚)「ひゃっ!? へっ、え? な、なに?」

(#゚;;-゚)「さっきから怖い顔して……どうしたの?」

(*;゚ー゚)「な、なんでもないよ」

 心に黒い靄がかかってきているのが自分でもわかった。
この抜け出せそうもない事態を再認識した。

 今まで僕は、何を考えて生きていたんだろう。
モララー先生、シューさん、いや、二人だけじゃない。 もっと多くの、みんな。
僕が今まで楽観的過ぎたんだ。 間違いなく幻想的な光景に目を奪われていた。

(*゚∀゚)「しぃ」

51 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:04:39.27 ID:itomR3Q8P
(*;゚ー゚)「なっ、何?」

(*゚∀゚)「変なこと考えるなよ」

 普段の姉さんからは考えられないような、芯の通った声。
毅然とした表情をして、僕を射抜くかのような視線を向けてきた。
ソファーから上半身だけを起こした姉さんも、きっと僕と同じことを――。

(*゚∀゚)「アイツの痛み、苦しみはアイツにしか分からない。
     アタシたちは深く突っ込んじゃいけないね。 アタシたちはヒーローじゃないんだ」

(*゚ー゚)「……姉さんは――、」

(*゚∀゚)「しつこいよ、しぃ」

(*;゚ー゚)「で、でもっ!」

(*゚∀゚)「いいかい、しぃ。 どうにもならないんだよ。
     シューのことを考えたって、どうなるんだ? アタシたちに何ができる?
     そんなことを考えずに、普段どおり、シューが気負わないよう振舞うのが普通じゃないかい?」

(*;゚ー゚)「……」

(*゚∀゚)「言いたくはないけどね。 アタシたちは全員もう、崖の上にいるんだよ。
     現状から未来を考えないで逃げ続ける。 卑怯かもしれないけど、そうするんだ。
     まあ、そんなことは不可能だけどねっ」

54 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:08:26.59 ID:itomR3Q8P
(*゚∀゚)「こんなことをアタシが言ったから、またアタシの可愛い妹たちは考えるだろう?
     子供は愉快に、笑って青春を過ごしなさい。 刹那的に生きればいいんだよ。
     困ったらアタシたち大人に頼ってねっ! 今の時代、見えないモノに縋る人が多いけど」

 アンタたちにはそうなってほしくないなあ、と姉さんはソファーに倒れこむ。
でぃは椅子に腰掛けて、じっと何かを考えているみたいだった。
僕はただ立ち尽くしたまま、何をどうすればいいのかわからない。

 ふらふらと、何を考えるもなく足が動いて、窓際で立ち止まった。
僕の部屋とは違う、質素な柄のカーテンを開くと、今にも泣きそうな顔が目の前に映った。
必死に歯を食いしばって堪えているその表情が、酷く不愉快で、乱暴に窓ガラスを開く。

 大きな音が鳴ったけれど誰も何も言わず、ただ音の余韻だけが居間に満ちていた。

 顎を上げて、夜空を見上げる。

(*゚−゚)「ここからじゃ、明かりが強すぎて星が見えないや」

 明かりのない僕の前方、視界に映る星と夜空は滲んで見えた。
全てのモノの輪郭と境界がぼやけて、実態が曖昧になった目の前は、どこかこの世界の行く末を――。



55 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:12:00.34 ID:itomR3Q8P
          □□□

「ありがとうございましたー」

 コンビニエンスストアの人工的な明かりと背後に、僕はビニール袋からお菓子を取り出した。
夜道に設置された自動販売機が微力ながら周囲を照らしている。

 やたらと物資が高騰したこの現代。
気軽に買えたお菓子類は、かつてのような買い方をしていると、
僕のような一学生の財布を容易に軽く、寒くさせる。 永久凍結もそう遠くない。

(*゚ー゚)「たけのこの山うめえー」

 クーが隣にいれば、きのこの里のほうが美味しいに決まってる、
と、反論をぶつけられただろうけど、街灯に照らされたコンクリートの道の上を僕は一人で歩いていた。
誰かと一緒に話したかったけれど、わざわざ相手の家まで行くのも面倒だ。 急に来られても迷惑だろうし。

(*゚ー゚)「こんなところでも、不便だ」

 携帯電話が使えなくなったことに不満を飛ばす。
通話のための電気と電波さえあれば、どこでもいつも番号を知っていれば誰とでも、
連絡を取る事ができた。 あのどんどん薄くなっていた文明の利器の恩恵を再び受けたいものだ。

 二十年前まではほとんど普及していなかったのに、
便利なものはすぐに社会に溶け込んで、釘や螺子のように、深い位置に刺さる。
抜くときになって大きな痛みが発生して、みんなが慌てふためく。

(*゚ー゚)「ま、仕方が無いことだとは思うけど」

56 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:16:12.04 ID:itomR3Q8P
 使えなくなった、というか、どうやら今のご時世、電波が強く飛ばせないようである。
なので、携帯電話は今、政府が全て回収してしまった。
金があるため再利用がうんたらかんたら、とか言っていたが、僕にはよく理解できなかった。

 だから、僕たちは外の世界が現在どんな状況になっているのか、まったく分からない。
僕個人だと隣の町の事情もわからないし、僕たちの国でさえ、海の向こう側の状況がわからない。

 夢が広がるよな、とかつてクーが楽しそうに僕に語りかけたことがある。
僕はそのとき下手な大人よりも大人らしいクーが、子供のような発想をしたことに驚きながらも、
そんな話が大好きな僕は、彼女以上の笑顔を浮かべて話したことがあったっけ。

 もしかすると、この国の裏側や海の向こう側では、
荒涼とした大地を超繊維のマントを着た天才が歩いているかも知れない。
そう僕が口にすると、クーはそんな地なら私はピストルで頭を打ち抜いて死んでるかもしれないな、と頬を緩ませた。

 お菓子を摘みながら思い出し笑いをして薄暗い街を歩く僕は、不気味だろうなあ。
客観的に自分を見ている自分に気づきながらも、笑みがとまらない。
いっそ、大声で笑い始めてしまおうか、と思った瞬間、懐かしい人物を視界に捕らえた。

(*;゚ー゚)「ギ、ギコ君?」

 電線が五線譜みたいにぶら下がっていた。
背景の満月は全音符よりも遥かに大きく、存在感があった。

 その電線の下、首を前に出して、酷く背が曲がっている人影がそうだった。
いつもツンツンに立てていた黒髪はボサボサで、気怠そうに歩いていた。
僕は慌てて駆け寄って、もう一度彼の名前を呼んだ。

58 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:20:10.29 ID:itomR3Q8P
(*゚ー゚)「やっ、ギコ君」

 暗闇に溶け込むかのように、暗がりと同化するかのように、全身黒一色の服装で歩く彼は、
僕の記憶の彼とあまり合致しなかったけれど、間違いなくギコ君だった。 じろり、と顔だけ上げてこちらを見る。
顔に陰が落ちていて、 ビー玉のような、がらんどうの瞳。 左目が、街中の光に反射して不気味に光る。

(,, Д゚)「……」

(*;゚ー゚)「ギコ君?」

(,, Д゚)「あ、ああ、しぃ……か? どうして……こんなとこに?」

(*;゚ー゚)「どうして……って、コンビニでちょっとお菓子でも買おうかな、と」

(,, Д゚)「そうか」

(*゚ー゚)「学校、どうしたの? ハインリッヒ先生怒ってたよ?
     『五日連続たぁ、ナメた真似してくれんじゃねーか』、とのお言葉を預かってますよ」

 どうするのー? と茶化す声とにやけた顔で彼を見る。
だけど、ギコ君の小さな頃からの癖だったくっくっ、と喉の奥を鳴らすような笑い声が聞こえなかった。
あれ、おかしいな。 ハズしちゃったかな、と思いギコ君を見ると、冷たい表情をしていた。

(*;゚ー゚)(うわあ、こりゃ間違いなくハズしちゃったね)

(,, Д゚)「それだけか……? じゃあな、俺は行くぞ」

(*;゚ー゚)「あ、ちょ、ちょっと待ってよ。 学校にはもう来ないの?」

59 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:23:37.12 ID:itomR3Q8P
 僕の横をゆっくりと通り過ぎてしまったから、顔はもう見えない。
ギコ君は振り向かないで立ち止まり、僕に背中を向けたまま返答した。

「無駄な……ことだから」

(*;゚ー゚)「ジョルジュ君、ギコ君が来なくなってからすごく悲しそうだったよ?」

「……」

(*;゚ー゚)「いつもお調子者の彼も、ギコ君が来ないからいつも寂しそうにしてるよ?」

 ギコ君は振り向いて僕を見る。
初めてはっきりとした明かりの下に出たギコ君の両目は、酷く充血していた。

(,,゚Д゚)「それどころじゃないんだ……」

 それだけ告げて僕からどんどんと距離をとっていく。
じゃりじゃり、とコンクリートの上を擦って歩く音がやけに耳に響いた。

 疲れた顔、今にも折れて、地に伏せてしまいそうな身体。
かつてのギコ君とはとても似つかない、不健康な身体。

 僕はしばらく立ち尽くしているだけだった。

          □□□

 現在の僕らの国では、宗教が異常なまでに発達していた。

62 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 03:29:32.90 ID:itomR3Q8P
 不安と暗闇に覆われたこのご時世、心の支えになるモノ、
縋れるモノが欲しいのは分かるのだけれど、 宗教の数があまりにも多すぎて、
それだけの数の神様がいるというのならば、逆に救われないような気もする。

 八百万の神々が住む国、とかつては言われていたのだけれど、
現在この国に確かな神様は存在していないだろう。

 姉さんの影響か、僕は完全な無神論者だった。
僕のような完全な無神論者は非常に珍しい、とよく言われた。
口にすると引っ切り無しに勧誘されることを今までの経験で学んだので、僕も入信しているといつも言っていた。

 姉さんは宗教に嵌ってしまった人、
神様を信仰する人を見ると途端に不機嫌になり、それを隠そうとしない。

 姉さんはよく口を尖らせて言っていた。
信じられているモノ同士が喧嘩したのだから、
こんな世界になってしまったというのに、なぜ神様を崇め信仰するのだろう、と。

 昔から争いの種でしかなかった宗教を、姉さんは酷く嫌っていた。
 神々は好戦家で、鬼畜で、野蛮だ、と。



 信じられるモノってなんだろう?


65 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:00:34.70 ID:itomR3Q8P
          □□□

(#*゚;;-゚)「見てみて、しぃ姉さん……!」

(*゚ー゚)「おー、いいね、やっぱりでぃは似合うなあ、浴衣」

 休日。
僕がソファーで寝転んでいると、とたとたと階段を下りてくる音が聞こえた。
そして僕を呼ぶ声に反応すると、でぃが両手を広げて、前側を見せたり後ろ側を見せたり、と忙しく動く。

 どうやら、浴衣を姉さんに着付けしてもらったようだった。 白い生地には青色の花の柄が入っている。
紫色の帯がにはうちわが挿してあって、なんとも夏らしい。 今は秋だけれど。
長く目を惹きつける黒髪は頭頂部に結い上げられていて、いつもと違った様子にでぃは嬉しそうに笑みを浮かべた。

(*゚∀゚)「さっ、しぃも浴衣着ようか?」

(*゚ー゚)「えーやだよ面倒臭い」

(*゚∀゚)「せっかくの祭りなんだし、大人しく着なさい」

(*゚ー゚)「姉さんはどうなのさ、まさか、その白いシャツと青いジーンズで出歩く気?」

(*゚∀゚)「悪いかいっ!? アタシはいいのさっ!! というか、アンタも似たような服装じゃないか!
     ほら、しぃの浴衣もちゃんと用意してあるからねっ!」

(*゚ー゚)「まあ確かに、あのピンク色の浴衣嫌いじゃないんだけどさー……
     動きにくいんだよねー……浴衣って。 大体今は秋じゃないか。 どうして祭りなんてあるのさ」

67 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:03:49.80 ID:itomR3Q8P
(*゚∀゚)「終戦記念でしょ。 ここ近辺の地区でいくつもやってるじゃない。 きっと全国でやってるさね」

(*゚ー゚)「本当に今日全ての決着がついたかどうかなんて、誰にもわかりやしないのに、勝手に決めて……」

(*゚∀゚)「わいわい騒ぐのは悪いことじゃないさね」

(#゚;;-゚)「今日……お祭りなんだよ……?」

(*゚ー゚)「二日間あるうちの、一日でしょ」

 浴衣を着る理由にはならないね、と口を尖らせるとでぃは眉を寄せた。
何がそんなに気に入らないというのか、ううむ、わからない。

(*゚∀゚)「見せる相手がいない、とでも言いたいのかい?」

(*゚ー゚)「そんなことは、関係ないけど」

(*゚∀゚)「よーし、ギコ坊でも呼ぶかいっ!? 最近顔みてないしねっ!!」

 姉さんからギコ君の名前が飛び出た瞬間、心臓が跳ねた。
自分でもビックリするぐらいの速度でソファーから飛び起き、姉さんを見る。

(*;゚ー゚)「だ、だめだよ、姉さん。 ギコ君は、ダメだ」

(*゚∀゚)「お、この反応は怪しいねー。 へへー」

68 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:08:12.26 ID:itomR3Q8P
 ダメだコイツ、とは反応できない。
脳内は、ギコ君のことを思い返していた。

(*゚∀゚)「よっし、じゃあギコ坊呼ぶか。 アイツ祭りとか好きだったしねっ!」

 肉が落ちて骨が秀でた頬骨、険しく刺すような、不気味な視線。
あまりにも変わってしまった、環境の変化についていけなかった容貌。

(#*゚;;-゚)「私……先にお祭りに行ってくるね……友達、待たせてるんだ……」

(*゚∀゚)「行っといでー、あまり遅くならないようになー」

 僕の心境とは裏腹にでぃは上機嫌で玄関を飛び出していった。
からんころん、と地面を叩く軽快な音が遠ざかっていく。 ああ、くそう。

(*゚ー゚)「姉さん――」

 僕は数日前にコンビニで見たギコ君のことを相談するため、口を開いた。


70 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:12:10.21 ID:itomR3Q8P
          □□□

 今時珍しい、古風で和風な木造の家。 
インターホンを押しても、呼びかけても、物音一つしない。
だけれど、家の扉は開いている、と姉さんが言う。

(*゚ー゚)「流石に不法侵入になるんじゃないかな」

 僕はそう言った。
もちろん姉さんが聞くはずもなかった。

 遠くで開催されている祭りの喧騒と陽気な音楽が微かに聞こえている。
でぃは楽しくやっているだろうか、とパーカーの上に着たジャケットのポケットに手を突っ込んで思う。
白いニット帽子を被り直して、姉さんが腕を突き出した。

 防犯対策のために取り付けられた、和風の家に似つかわしくない洋風の扉を開いて足を踏み入れる。
ギコ君の家にお邪魔するのは久しぶりだった。 小学生以来だろうか。
鼻をつく懐かしい匂いは、何も変わっていないことを告げていた。

 動悸が激しい。
どくん、どくん、と一歩踏みしめるごとに、心臓がはねる。

 玄関で靴を脱いで、そのまま細長い廊下を歩く。
右手のふすまを開いたところがギコ君の部屋なのだが、いない。
左手のガラス障子を姉さんが乱暴に開いた。 そこはギコ君の両親のお部屋ですよ、姉さん。

(*゚∀゚)「誰もいないじゃないのさ」

(*゚ー゚)「鍵、開いてるのにね」

71 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:16:26.44 ID:itomR3Q8P
 ずんずんと突き進み、黒電話が置いてある位置で左に廊下は折れている。 正面は壁だ。
電波を我先にと争う今の時代に、このレトロな黒電話では太刀打ちできないだろう。
薄暗い家の中で存在感を放つ、姉さんが被る白いニット帽の後に続いて廊下を歩き、今度は右に折れる。

(*゚ー゚)「おー懐かしい、ここでよくスイカ食べたなあ」

 姉さんが両手を広げて和室の障子を乱暴に開けている背後、僕は廊下の役割を兼ねた縁側を歩く。
外に面しているにも関わらず、雨戸で仕切られていないため、他の廊下より格段と冷えていた。
足の裏に冷たさを感じながら幼い頃の記憶に想いを馳せて、満月を見上げる。

 視線を下ろして庭を眺めたけれど、ただ物干し竿がかかっているだけで、何も無い。
街中で忍者を走らせるように、目を細めて過去の情景を目で追っていると、ふと目に止まる草むらの陰。
じっと目を凝らしてみると、草むらの陰からスコップの尖端が飛び出していた。 何かに使ったのかな。

 姉さんが後ろから歩いてきて、僕の横へと並ぶ。
頭を掻きながら縁側を見渡して、ちっくしょー、と言葉を吐いた。
左手にニット帽を握り締めていて、降り注ぐ月光に茶髪が照らされる。

(*゚∀゚)「ギコ坊どこに行ったのさ」

(*゚ー゚)「僕は知らないけど、まだギコ君のおじいさんとおばあさんの部屋と、台所と、茶の間を探してない」

(*゚∀゚)「あぁー……確かあそこにしかテレビが置いてないんさね」

(*゚ー゚)「よく覚えてるね」

(*゚∀゚)「アンタほどじゃないさ、さあ行くよ」

72 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:20:45.30 ID:itomR3Q8P
 縁側は長い廊下なので、ここに面する和室は二つある。 一つは先ほど姉さんが開け放った部屋。
もう一つはギコ君のおじいさんとおばあさんがよくお茶を飲んでいた部屋だ。 そこへと踏み入る。
二人は僕ら中学生一年生の頃天に召されていたけれど、内装はほとんど変わっていなかった。

 そのまま部屋を通過して台所へと出る。
左側に続くお風呂場を姉さんが調べて、僕はゴミ捨てなどの時に用いる勝手口から顔を出して調べる。
どちらにもギコ君はいない、となったので残る茶の間だけになった。 そこに居なければ手がかりは無い。

 台所の右側にある茶の間に続くふすまを僕が開ける。
部屋の真ん中に七人ほどがご飯を食べれるちゃぶ台が置いてあり、部屋の隅にこの家でたった一台のテレビが置いてある。
まったく変わらない調度品の配置が、窓から差し込む月の光に照らされていて、うずくまっている丸い陰が一つ見えた。

 それは畳にひれ伏して両手の指を組み合わせ、ただただ震えて月に向かって拝んでいる。
僕たちがやってきたことに気付かないのだろうか、まったくこちらへと意識を向けない。
よほどの力が籠められているのだろう赤くなった指と、白くなった爪先が、満月に照らされて見えた。

 紛れもない、僕の幼馴染であるギコ君だった。
心臓の音がやけに激しく僕を叩く。 どんどんどん、と。
なんとかして声を絞りだそうと、口を開くと、掻き消えそうな声が出た。

(*;゚ー゚)「ギ、ギコく……」

(*#゚∀゚)「ギコッ!!」

(,, Д )「――ッ!!」

73 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:27:26.16 ID:itomR3Q8P
 電気を流されたようにギコ君が身体を竦ませる。
酷く怯えた動作で、恐る恐るギコ君はこちらを振り返った。
大きく見開かれている両目は真っ赤に充血していて、隈が色濃く浮き出ていた。

(*#゚∀゚)「馬鹿野郎がッ!! 渇仰、崇拝、敬神してどうなるってんだ!? その狂信的な行動に意味はあるのかい!?
      今の時代を見てみな!! 神や仏が何をしてくれる!? そんなに無責任に妄信して縋り付きたい!?
      信じられるモノ――自分より優れていることを言い訳に、ソイツが『なんとかしてくれる』とでも思ってんのか!?」

(,, Д )「……」

(*# ∀ )「答えて頂戴。 アンタの周りのアタシたちは、そんなに頼りにならないかい?
      こんな時代だからこそ、精一杯助け合って生きていこうじゃないか。
      今の時代を一人で耐え凌げる強い人間なんて、ほとんどいないことは……わかってるさね」

 虚ろな、僕たちを本当に映しているのかわからない目。

(* ∀ )「いくら帰依したって意味無いよ……アイツらは、アタシたち人間のことなんて見ちゃいない。
     だから、だから――触れれる、さわれる、体温を感じれるアタシたちを、周囲の人間を頼れよ……。
     目に見える現実よりも、目に見えない想いの方が、アンタは、ギコは大事だっていうのかい?」

(* ∀ )「アタシら、小さな頃から、こんな世の中になる前からの仲だろう?
     当事者だけの問題にしないで、もっと相談してくれてもいいじゃないか。
     アタシが考えを押し付けているってのはわかってる、けど、もっと現実を見なよ……」

 今にも消え入りそうな姉さんの声がギコ君に向けられる。
ギコ君は再び窓の外に移る月に向かって両手を合わせて、猛る。
興奮して、ただそれだけを、それだけをしようと、本能のように。

74 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:30:51.46 ID:itomR3Q8P
(,,# Д )「ただの自分勝手な、善意な押し付けだ。 つー姉に何が分かるんだよ。
      熱血ぶって! 自分は何にも頼ってませんって面して! 偽善に生きて!
      最後にはアタシに頼れだ!? フザけんなよ!!」

(,,# Д )「両親が――首を吊って死んだ気持ちがわかんのか? 普段どおり学校から帰ってきて、
      居間を開けたら二つのてるてる坊主があって、それは大きな人の形をしていて、両親の顔をしていた気持ちが。
      その時は全然怖くなかったんだ、本当に、ビックリしたさ」


(,, Д )「けど、死体を処理した二時間後に、俺は恐怖に押し潰された」


(,, Д )「恐怖、恐怖、恐怖だ!! 
     大きな、巨大な、とてつもない、果てすら見えない絶望の中に恐怖と一緒に取り残された!!
     何をする気も起きない、目を瞑れば押し潰される。 無音の世界で真っ暗な世界でただ一人!!」

(,, Д )「俺は無神論者だったが、気がつくと両手を組み合わせて震えていたんだ!!
     ああ助けてください、俺を絶望の中に取り残さないでください、死にたくないです、死にたくないんです!!
     学校なんて行っている暇は無い。 その間に祈らなきゃ、祈らなきゃ、食事なんて最低限でいい」

(,, Д )「睡眠もいらないいらない。 ひたすら祈ろうずっと祈ろう、その間は何も考えなくていい。
     これが救いだ。 俺には神が仏が釈迦がキリストがアッラーがヤーウェが憑いているんだ。
     天使、悪魔、コーラン、教会、エルサレム、八百万の神、空飛ぶスパゲッティモンスター」

 知っている神々や信仰に関係する言葉を並び立てて、ギコ君は視線を上げる。
何日も満足に食事を取っていなかったのだろう、ギコ君は僕たちより遥かに不健康な状態だった。

75 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:35:07.79 ID:itomR3Q8P
 一人には広すぎる真っ暗な木造の家の中で過ごしていたのだ、精神的にも酷く疲弊しているのは当たり前だった。
しかし、ここまで変わってしまうとは、僕の想像の範疇を遥かに超えていた。
あの陽気で気が利かせれる、頼れる幼馴染だったギコ君の面影はもはや見る影も無い。 いったいどこへ。

 月の光で薄く照らされていた視界は、まるで月すらを無くしてしまったかのように暗くなる。
不意に地面が消失した感覚と、まるで無重力空間に放り出されたかのような感覚。


 身体が反転して、僕は意識を失った。



76 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 04:41:03.02 ID:itomR3Q8P
         □□□

 夢を見ていた。

 うだるような暑さ、肌を射す太陽、どこまでも広がる空の下。
公園で四人の子供が、虫取り網を持って走り回っていた。

「そっちだギコー!」

「わかってるって!」

「げっ! にげられたよ! しっかりしてよギコくんー!」

「わ、わ、みんな……はやいよー……」

 目が眩むような明るい空間。
身体を冷やすために出てくる汗。
セミを捕まえようと追い掛け回す少年少女。



 スイカを食べる一人の少年と三人の少女。
活発な長女と活発な少年が早食い対決を始めて、大人しい三女と笑って眺めていた。

 どちらが先に食べ終わった、と鬼気迫る形相で問いかけられた少女が笑って誤魔化すと、
二人はどちらが遠くに種を飛ばせるか、との対決を始める。
背後ではお爺さんとお婆さんが優しく微笑んでいた。


77 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:00:25.38 ID:itomR3Q8P
 プール。 海。 水着。 祭り。 たこ焼き。 フランクフルト。 ヨーヨー。
スーパーボール。 ベビーカステラ。 射的。 金魚すくい。 綿菓子。 イカ焼き。

 ラムネビンの中に入っているビー玉がどうしても欲しくて、手ごろな石にぶつけて叩き割る。
衝撃で中身も弾け飛んでしまい、結局手に入らなかったビー玉。

 くじ引きでハズレを引いて悔しがる男の子。 カキ氷を一気に食べて頭痛を訴える少女。
両手いっぱいに景品を持って帰ってきた少女。 お面を胸の前でぎゅっと抱いて笑う少女。

 気恥ずかしそうに差し出された男の子の手を、笑って掴む誰かの手。
それを茶化す髪の短い活発な少女と、じっと見ている髪の長い大人しい少女。






 ――俺、夏としぃちゃんが大好きだ。







78 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:04:34.71 ID:itomR3Q8P
          □□□

 身体が、だるい。
酷く汗をかいていた。 衣服が身体に張り付いて、不快だ。

 身体を起こして首を動かし、周囲を見回す。
見覚えのある内装、しっくりくるベッドの感触のおかげで、ここが自分の部屋であると認識した。
どうしてこんなところにいるのか、と首をひねり、記憶を辿る。

(*゚−゚)(ギコ君……)

 枕元でカチコチと鳴り続けている時計を手に取る。
目で捉えているけれど、時刻を脳は認識せず、じっと彼のことを考えていた。

 もう二度と戻れない夏空の下、水色の思い出を。

(* − )(……)

 一定の間隔で鳴り続ける音が、腹立たしい。
全てを客観的に観測する、何も言わずに、何も変わらなく刻むその音が。

 僕たち生き物に流れる時間は、同じだけれど、同じじゃない。
楽しい時間はすぐに過ぎるし、つまらない時間は止まっているように感じる。
主観と客観、この間の差はいったい何なのだろう。 永遠なんて、存在しないのか。

(* − )(ああ――)

 警告する声を持たないソレを、ベッドの上に転がして、僕は横になった。

79 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:09:27.32 ID:itomR3Q8P
 時計は午前八時を示していたけれど、僕の中の時計は今何時だろうか。
きっとまだ、世界は夜に覆われていて、これから徐々にゆっくりと明るくなっていくんだろう。
まだ――夜は明けていない。

 布団を被って、ゆっくりと目蓋を下ろす。
すぐに暖気が僕を包み始めて、眠気が僕の近くへとやってくる。

(* − )「本当は今、何時なんだろう――?」

 外は星が瞬いていて、満月が月光を降らせていた。

 確認しなくてもわかる。 毎日見飽きた景色だ。 



80 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:11:48.82 ID:itomR3Q8P
          □□□

 時計がの短針が八、長針が十二を指している時間に僕は目を覚ました。
景色は何一つ変わっていないので、時が止まったかのような錯覚を覚える。

 ベッドから起き上がり、服を着替える。
ピンク色の長袖シャツと水色のジーンズを脱ぎ捨てると、ハンガーにパーカーとジャケットがかけられていた。

(*゚ー゚)「ギコ君、どうしたんだろう」

 思うと同時に自室の扉がノックされ、起きてる、と問いかけられた。
それは姉さんの声で、僕は反射的に返事をする。 姉さんが僕の部屋に入室した。

(*゚∀゚)「お祭りだぞー、浴衣着るさねー」

(*゚ー゚)「あの、姉さん」

(*゚∀゚)「質問は全部後にしてほしいねっ」

 薄いピンク色の生地に花の柄が入った浴衣を僕のクローゼットの中から取り出す。
部屋の隅に置いてある等身大の鏡の前に誘導されて、僕は浴衣用下着を着る。
鏡に映っている僕の姿は、なんだか自分でも驚くぐらい脆弱に見えた。

(*゚∀゚)「完了だよっ」

 白色の腰帯をパシンと叩いて、僕の着替えは完了した。
姉さんは自室へと戻る、といい、僕は部屋を出て居間へと移動する。
なんだか、祭りへの気乗りがしなかった。

(*;゚ー゚)「――えっ?」

81 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:16:35.54 ID:itomR3Q8P
 テーブルに腰掛ける三人を順に視線で追う。

(#゚;;-゚)「あ……しぃ姉さん起きたんだ」

J( 'ー`)し「もう大丈夫なのかい?」

(,, Д )「……」

 椅子に座っていたでぃと母さんが見上げて声をかけてきた。
大丈夫だよ、と返答してギコ君へと視線を向けると、彼はじっと俯いていた。
鼓動がうるさくなり、汗が吹き出そうだったけれど、冷静を装う。

 唯一空いている彼の隣に腰掛けた。
英語が書かれたシャツの上から彼の肩へと手を置いて、声をかける。

(*゚ー゚)「やっ、大丈夫かい?」

(,,゚Д゚)「……あ、あぁ。 とりあえず、大丈夫」

 そっちこそ大丈夫か、と言われて少し悲しくなる。
ああ、こんなにも距離が出来てしまったのか。 代名詞で呼ばれるほどにまで。

 当然かな、とも思う。
中学生ごろからお互い気恥ずかしくなって接触を避けていて、ロクに会話もしてないんだ。
今更あの頃のように――と、ちょっと懐かしんでいると軽快な音が家内に響く。

(*゚∀゚)「シューだな」

(#゚;;-゚)「タイミング……いいね」

82 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:20:23.54 ID:itomR3Q8P
 二階から車の鍵を握って降りてきた姉さんが、ズカズカと玄関まで歩く。
数秒間言葉の応酬が続き、相変わらず白衣を着たシューさんと、その妹さんが現れた。
妹さんは黒い髪を結い上げて、黒い生地に赤い花の柄の浴衣を着ていた。

(*゚ー゚)「これまた随分と大人だねえ、クー」

川 ゚ -゚)「君は随分と桃色だな」

(*゚ー゚)「いや知らないけど」

lw´‐ _‐ノv「あれ? 知り合いかい?」

川 ゚ -゚)「クラスメイトだよ、そしてそこの少年もクラスメイトだ。
     少年は不登校児だけどな」

(,,;゚Д゚)「げ、勘弁して欲しいね委員長」

(*゚∀゚)「まあいいじゃない、シューのお気に入りの場所とやらに行こうじゃないの」

 気をつけて行ってらっしゃい、と母さんが言って僕らは返事を返す。
玄関に向かう途中姉さんがそっと僕に耳打ちをする。

(*゚∀゚)「ギコ坊、精神的にまだ疲れてるから」

(*゚ー゚)「わかったよ」

83 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:23:05.44 ID:itomR3Q8P
(*゚∀゚)「癒してあげなよ幼馴染」

(*゚ー゚)「幼馴染、って僕ら全員じゃないか」

 少し笑って僕らは玄関を出た。

 姉さんがワゴン車の扉を開いて僕らは乗り込む。
助手席にシューさんが座って、僕ら四人は後部座席に並ぶ。

 車が発進してカーブにさしかかった。
不意に笑い出したシューさんを姉さんが不思議そうに見つめた。

lw´‐ _‐ノv「残念だったな少年。 遠心力がないから美少女達はもたれかかってこないよ」

(,,;゚Д゚)「な、何言ってるんですか」

84 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:26:41.16 ID:itomR3Q8P
          □□□

 夜空に、秋のたった一つだけの一等星、フォーマルハウトが輝いていた。
ペガスス座の胴体を形作っている巨大な四角形、秋の大四辺形を指で追い、
そこから北東にあるアンドロメダ座へと移動させて、さらに別の星座を指差す。

 視線を下に下ろして周囲を見回した。
シューさんのお気に入りの場所というのは、随分と広いススキが一面広がる丘の上だった。
ススキの草原なのだけれど、どういうわけか樹も数本生えていた。

 僕を囲うように、名も知らない虫達の声が鼓膜を刺激する。
聞き覚えのない虫の鳴き声と混同して、規律も旋律もない合唱を繰り広げていた。

 僕が一歩進むと、さわさわと音を立ててススキが揺れた。
ススキのド真ん中まで歩いて、もう一度夜空を見上げる。
背の高いススキの中で、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。

lw´‐ _‐ノv「しぃちゃん帰ってきなさい」

(*゚ー゚)「はいはーい」

 呼ばれて戻り、車からお月見に必要な道具を取り出す。 地面にゴザを広げるだけ、
と思っていたのだけれど、シューさんは団子を入れた袋を差し出した。
ビニール袋に入れられた五、六個の団子を手にとって、缶類を続けて並べた。 もちろん未成年と姉さんはジュースである。

85 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 05:31:01.57 ID:itomR3Q8P
lw´‐ _‐ノv「さぁ、始めようか」

(*゚∀゚)「いいねえ、風情だねえ」

川 ゚ -゚)「幻想的だな」

(#゚;;-゚)「綺麗……」

(,,゚Д゚)「すげえなぁ……」

(*゚ー゚)「……」

 シューさん立ち上がり白衣がはためいた。
一息吸って、右腕に持ったビール缶を満月に向けて掲げ、口を開く。

lw´‐ _‐ノv「少しでも月に近いこの場所で――」



          「乾杯」



 樹が広げた木の葉の隙間から月光が降り注ぐ樹木の下。
全員の声がぴったりと揃い、僕らは缶をぶつけ合わせた。

86 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:00:28.01 ID:itomR3Q8P
          □□□

 すっかり出来上がってしまったシューさんが両手を広げて叫んでいた。
それを見て大笑いするギコ君を見る限り、きっと彼もアルコールを飲まされてしまったのだろう。
姉さんも飲まないだろうか、と心配していたのだけれど、杞憂に終わった。

lw´*‐ _‐ノv「つーも飲めよー」

(*;゚∀゚)「だーかーらーっ! アタシは運転手だっつの!!」

lw´*‐ _‐ノv「うひひひひひー!!
        おにぎりの具はロックンロール! おにぎりの具はロックンロール!!
        シャケな米米!! ヒュー!! ありがとー!!」

(,,*;Д;)「ギャッハッハッハッハッwwwwwwwww」

川 ゚ -゚)「……」

 エアギターを演奏し頭を振り回すシューさんは、
まるでライブハウスのミュージシャンの如く躍動していた。 長い髪が乱れる乱れる。
地に伏せて涙を流しているギコ君を表情一つ変えずに見ているクー。

 奇妙すぎる光景から視線を外すと、視界の端にでぃが映った。
何をしているのか、と焦点を合わせてみるとどうやら絵を描いているらしかった。
真剣な表情でススキ野原とスケッチブックを交互に見比べている。

(*゚ー゚)「満月、かあ」

88 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:03:48.85 ID:itomR3Q8P
 呟きながらまた誕生日の夜空を見上げる。
最も光を反射する、一番月の生命力が溢れている満月が夜空に黄色い穴を開けていた。

 ススキの擦れる音を聞いて振り返ると、クーが立っていた。
少し頬が紅潮している。 彼女もお酒を呷ったのだろうか。

(*゚ー゚)「いいのかい? 仮にも委員長だろう?」

川*゚ -゚)「関係ないね。 私にだって好奇心はある」

 黒に赤い花の柄が入った浴衣を着て、艶のある黒髪を靡かせる。
紅潮した顔と相まって、同じ年とは思えないほど色気を彼女は発していた。

川*゚ -゚)「昼間ってどんな景色だった?」

(*゚ー゚)「……明るかったよ」

 見た夢を思い出して、少し目を細めた。
いくら光が強いとはいえ、いくら光が瞬いているとはいえ、あまりにも小さすぎるこの星々。

川*゚ -゚)「今も明るいよな」

(*゚ー゚)「そうだね」

川*゚ -゚)「ここのほうが、かつての昼間より明るいんじゃないか」

(*゚ー゚)「……」

川 ゚ -゚)「私はそう思うよ、きっと今のほうが明るくて、綺麗だ」

89 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:07:00.94 ID:itomR3Q8P
 そう言って再びシューさんとギコ君のほうへと戻る。

 僕は口を開かずに、絵を描き続ける妹の元へと向かった。
でぃもススキの擦れる音で察したのか、少し近づくとこちらを振り向いた。

(#゚;;-゚)「どうしたの?」

(*゚ー゚)「絵の調子はどうかな、って」

(#゚;;-゚)「いいよ。 すごくいい」

(*゚ー゚)「そりゃあ出来上がりに期待したいね」

 でぃが抱えているスケッチブックを見ると、
星と月とススキが、僕の視界とほとんどかわらずに描写されている。 僕にはとうてい真似できそうもない。
鉛筆一本で書かれた、静謐で精密で繊細で儚いモノクロの絵は、でぃを髣髴とさせた。

(#゚;;-゚)「星に手は届かないなんて言うけどさ、その輝きを受けて私たちは生きているんだよね」

 でぃがスケッチブックに鉛筆を走らせながら口を開いた。

(*゚ー゚)「そう、だね」

(#゚;;-゚)「みんなは嫌っているかもしれないけど……優しいよ……この空は」

 でぃの場所から離れて、ススキの中へと再び進む。
団子を一つ口に入れて、奥へ奥へと進んでいく。

90 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:09:34.18 ID:itomR3Q8P
(*゚ー゚)「優しい、ね」

 何度目になるか分からないけれど、夜空をまた見上げた。
もしかしたら、僕たちが生きるこの世界はこの夜空のようなものなのかもしれない。

 真っ暗な世の中を漂って星の小さな光を探す。
暗闇に押し潰されないように、取り込まれてしまわないように、周囲を見回して手を伸ばす。
一等星や二等星、その人にしかわからないような小さな星の輝き。

 満月みたいな絶対的な存在を、みんな探しているのかもしれない。
紅くなったり、形を変えたり、表情を窺う必要のない現代の月は、確かに頼りがいがある。

 終わらない秋の夜空、鮮やかに輝く満月を見て、僕は団子を口に入れた。

(*゚ー゚)「花だ。 珍しい」

 ススキが広がる景色の中、そのだけ浮かび上がっているかのように白い花が一輪咲いていた。
太陽光線が差さないこの星で、光合成が出来ないこの星で、どうやって花を咲かせたのだろうか。
その経緯を僕は知ろうと頭をひねったのだけれど、僕なんかにわかる問題じゃないということはわかっていた。

91 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:14:50.48 ID:itomR3Q8P
(*゚ー゚)「新種、ということにしておこうか」

 便利な言葉だ、と笑ってもう一度見る。

 綺麗だな。 たった一輪で寂しくないのかな。 どうしてこのススキ野原の中に。
摘んじゃおうかな。 いやそれは駄目か。 近くにまだ咲いてないだろうか。
感想と自問自答が続く心の中、自分の世界に没頭した僕を姉さんの声が引っ張り上げた。

(*゚∀゚)「おーい、しぃ! かくれんぼ始めるぞー!!」

 手を大きく振る姉さん、目を輝かせているでぃ、涙を浮かべて笑っているギコ君、
姉妹揃って頬を紅く染めているクーとシューさん。 いつもより少しだけ空の満月に近い丘の上、
僕から数十メートル離れた場所に立っている五人が満月に照らされている。

(*;゚ー゚)「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」

 いつの間にか集合している彼女たちに驚く。

 月の光より白い花から視線を外して、姉さんたちが待つ場所へと視線を向ける。
頬が緩んでいる自分が自覚できて、なんだか幼い子供みたいで気恥ずかしい。

 急がないと鬼にされてしまう。
ススキが広がる中、探すのは勘弁だ。


 脚に力を込めて、姉さんの方へと駆け出した。


92 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:16:48.19 ID:itomR3Q8P


 著しい環境の変化に戸惑いながらも、
僕たち人間は振り落とされないよう必死にしがみついている。


 徐々に、しかし確実に人間はついていけなくなっていき、退廃していくこの世界。


 そう遠くない未来に僕たちは死滅するだろう。
 それでも、人間は必死に前を向いて生き続けている。


 永遠と終わらない九月の夜。
 夜空の満月が消えることは無い。




93 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:18:18.52 ID:itomR3Q8P
          □□□





 月の命日である新月とは正反対の満月はまるで僕らの未来を――。





     エンドレス・セプテンバーのようです 了






          □□□

94 名前: ◆JWTxpygsyQTm :2009/08/23(日) 06:19:01.41 ID:itomR3Q8P
・以上で投下終了です。 支援ありがとうございました。

・この作品はブーン系サマー三国志出展作品でする。

・投下に時間かかりすぎわろた。

・完全にトェェェイとミルクティーに食われた。


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