从 ゚∀从『ミガワリ』のようです
1 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:40:01.24 ID:nnW3+x6t0
まえがき
 
・この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

・没ネタに投下したものを、誰も見向きしないので自己回収。   

・罪人合作投稿作品。
 ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/collaboration/criminal/criminal.htm


2 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:42:23.66 ID:nnW3+x6t0
 大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、温暖化などの状況を引き起こす、
生物に良くないモノで溢れてしまった世界がありました。
生物を汚染するモノを認知し始めた人間たちは、それを『毒』と呼びます。

 それは、空気中にも混ざっており、食品や飲料にも含まれていました。
もはや世界中どこにいても完全に清浄な空気なんて存在せず、人々は徐々に蝕まれていきます。

 やがて、体に『毒』が溜まり死に至ってしまうため、世界の平均寿命は年々減少していっているのです。
この現状を打破すべく、生み出されたのは、生まれる子供に自身のすべての『毒』を押し付ける方法です。
両親の体の『毒』をすべて受けた子供はかならず奇形が生まれてしまいます。

 身代わりと身が悪いをかけて、奇形の子供たちは『ミガワリ』と呼ばれました。
ミガワリはその場で殺されるか、不衛生極まりない路上に捨てられてしまいます。




 今まさに、おぎゃあ、と泣き声を上げて現世に産まれ落ちた一人の『ミガワリ』がいます。

 目はあべこべに付いていて、右目は通常の位置に、もう一方の目は眉毛の上に位置しています。
鼻はだらしなく直角に曲がり、 口は縦向きに左頬の位置に、耳は片方無く、もう片方は面積が半分以上失われていました。
そのミガワリが、左頬にある口を動かして、泣きながらただこちらを眺めていました。

 女性器からミガワリを取り出した医者は、感情の籠もっていない冷たい目をして、手に力を加えます。
響く泣き声は次第に弱くなり、とうとう呼吸が止まってしまいました。
数分後、心臓の動きも止めまってしまい、産まれ落ちて数分で現世を去ってしまいました。

4 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:44:30.15 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

「……ああ、自らの浅はかさに未だ気づかない哀れなる衆愚たち。
 同情するよ、いっぱしの常識人を気取って、
 その実『ミガワリ』にも劣った思考形態を持って日々を浪費する哀れなる『健常者』たちよ」

 銜えた煙草にジッポライターで火を灯し、大きく吸い込む。
空気中に煙を吐き出して、交差点をビルの屋上から見下ろす男がいて――、


「ふふ、この考えならば……いけるな」

「おねえさん、何言ってるのー?」

「革命は常にマイノリティが起こすものだということだよ、ぼうや。
 『健常者』も『ミガワリ』も下らないとしか言いようが無い。
 小手先の類型化が何を生む? 所詮は健常者至上主義に他ならないのさ」

 数人の少年少女が仲睦まじく遊ぶ公園のベンチに座りながら、微笑む。
問いかけた少年の頭をなでて、目を瞑って語る女がいて――、


「悪夢……? いや、違うな。 現実か。 全部が悪い現実なんだ。
 『ミガワリ』というものを理解したフリをして、この現状を変えようとしない。
 それがこの現世の健常者共の、己の事しか考えていない健常者共の、全ては合理的に出来た非常に単純な考えだ。
 ――ならば、この悪夢を、俺たち『ミガワリ』の見ている悪い夢を、覚ましてやろうじゃないか」

 地下鉄の駅を、蛍光灯が照らしている。 
孵化したてのカマキリのように密集し、溢れている人間たちを見て呟く、銀色の髪の毛を持つ者がいた――。

5 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:46:02.29 ID:nnW3+x6t0










          从 ゚∀从『ミガワリ』のようです











6 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:48:42.08 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 ハインリッヒが街中を歩いていると、背後から声を投げ掛けられた。
自分を呼ぶ声の主を確認するために振り向くと、老婦人が人ごみの中で手を振っている。
ハインリッヒがそれに応じると、ネギが飛び出した買い物かごを片手に、一人の老婦人が駆け寄った。

('、`*川「街中でよく会うわね。 ハインちゃん」

从 ゚∀从「えぇ、確かにそうですね」

 馴れ初めこそ忘れてしまったが、老婦人はハインリッヒの知っている顔でペニサス伊藤と言った。
どうやら彼女の好みの顔立ちだったらしく、ハインリッヒはよく世話を焼いてもらっていた。

('、`*川「これから、いつもみたいにご飯でもどうかしら?」

从 ゚∀从「賛成です」

 彼女の世話とは「貧乏なハインちゃん」に「お金持ちの私」が食事に連れて行くことだった。
過去に何度か同じ内容の会話を繰り返しており、お互いに遠慮はほとんどなくなっていた。

 その親切が金銭的な余裕から生まれている、と言う事をハインリッヒは知っていたが、
自分が上に立ち、優越感を得る老婦人の事がハインリッヒは嫌いであったかと言うと、そうではない。
無料でおいしい物を食べれる、と言ったイベントは誰にとっても喜ばしいものだ。

('、`*川「今日も暑いわねぇ」

10 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:50:17.85 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「そうですか?」

('、`*川「ハインちゃんはほとんど汗をかかないわね、羨ましいわ」

从 ゚∀从「そんな大したことじゃないですよ」

('、`*川「それより聞いてほしいことがあるのよ、誰かに聞いてほしくてね〜……いいかしら?」

从 ゚∀从「ええ、構いませんよ」

 ハインリッヒとペニサス伊藤は言葉を交わしながら、目的の喫茶店へと歩き始める。


 屋根が尖った形をした喫茶店「たけのこの山」に到着する。
店の前に置かれた看板の上で黄色いパトライトが回っており、現在営業中と示していた。

 扉を開くと、ちりんちりんとベルが鳴った。 同時に、外とは対照的な冷たい空気が肌に触れる。
店の制服を着たウェイトレスが二人を先導して空いている席へと案内する。

 柔らかいBGMが響いている店内は、昼食時なので席がほとんど埋まっていた。
白と茶色で構成された景色は落ち着く空気に満ち溢れていた。

 ハインリッヒとペニサスは奥の方の席で向かい合って椅子に座る。
ペニサスが自分の隣の椅子を引いて、買い物かごを置く。

从 ゚∀从「昼食の材料ですか?」

('、`*川「いいえ、お夕飯のよ。 お昼は家に誰もいないの」

12 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:53:29.70 ID:nnW3+x6t0
 私はここでハインちゃんと食べるし、と言って微笑む。
続けてペニサスは、疲労を込めた一息を吐いた。 そして、襟首に人差し指を引っ掛けて、扇ぐ。
顔にも手にも皺が刻まれていて、その数が婦人の生きてきた年数を表しているようにハインリッヒは感じた。

 ペニサスは色素を失いないつつある長い髪を一つに束ねてから、慣れた口調でウェイトレスを呼ぶ。
応じたウェイトレスに注文を告げると、ウェイトレスとペニサスがハインリッヒへと視線で注文を促した。
テーブルに広げられたメニューの中から適当に選ぶと、一度確認をして、厨房へと駆けていく。

从 ゚∀从(川みたいに流れる場面だったな)

 店内に漂う灰色の煙を目にして、窓際に位置する喫煙者の存在に気付いた。
痩身の不健康そうな男が、透明なガラスを通した向こう側を眺めながら、煙を吐いている。
見回すと男だけで無く、ハイヒールを履いた女や帽子を被った男。 店内の半数以上が煙草を銜えていた。

 ハインリッヒは自分の顔が歪むのを感じたが、はっと目の前のペニサスの存在を思い出す。
彼女を見ると、メニューに載っている「新商品! かっこわらいスイーツ」の下に書かれた説明文を熱心に読んでいた。
気付かれなかったようだ、と安心して、ハインリッヒは店内に流れる演奏に耳を澄ませた。

 曲がちょうど途切れて、別の曲へと切り替わった。
ピアノの音が鳴り、ゆっくりと曲が流れる。 短く、単調な曲調だ。
その方面に疎い人でも知っているほど有名な、シューマンのトロイメライが店内に響く。

('、`*川「ハインちゃんって、この曲、お気に入りだったりするの?」

从 ゚∀从「あ、え? どうしてです?」

 靴屋で満足できるほど私は人間が出来ていない、とわけの分からない文章で締めくくられた
説明文を読み終えたペニサスが顔を上げて問いかけた。
優しさの込められた両目はしっかりとハインリッヒを見ており、その視線に少し戸惑って、口を開いた。

15 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:56:10.17 ID:nnW3+x6t0
('、`*川「だってさ、ソレ」

 顎をしゃくった方向へとハインリッヒが視線を動かすと、そこには軽快に動く自分の指があった。
たん、たたたた、たたん、と右手の五指がテーブルを鍵盤代わりにして、走っている。
完全に無意識での行動だったので、苦笑するハインリッヒを見て、ペニサスは少女のように笑った。

('、`*川「いいよね、ハインちゃんって綺麗でさ」

从 ゚∀从「ペニサスさんの方が上品で綺麗ですよ」

('、`*川「さっきから、店内の皆さんがチラチラとこっちを見ているのよ」

从 ゚∀从「ペニサスさんに見惚れているんですよ。
     なんて素敵な老婦人なんだ、って」

('、`*川「貴女が目立つ容姿をしているのよ」

 再び少女のような表情を作るペニサスと、苦笑するハインリッヒ。
仲の良い祖母と孫かと錯覚するこの会話は、給仕人が頼んだメニューを運んでくるまで続けられた。


 ハインリッヒの前には、コーヒーとサンドイッチが置かれている。
ハムと野菜と卵が挟まれたものが二つで、カツサンドが二つの計四つだ。
ペニサスの前には、コーヒーと、表面が軽く焦げたトーストが二枚と、添えられたサラダが。

('、`*川「好きなのよ、トースト」

从 ゚∀从「耳かたくないですか?」

('、`*川「それも含めて好きなの」

18 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 12:58:35.71 ID:nnW3+x6t0
 トーストの上にバターを落としながら、ペニサスが言った。
バターは表面を氷のようにすべって、軌跡にバターを染み渡らせて解けていく。

 老婦人には似つかない大口を開けてバタートーストに噛み付いた。
若い頃はざっくばらんで、大雑把な人だったんだろうか、とハインリッヒは想像する。
そして、ハインリッヒがサンドイッチを二つ食べ終える間にペニサスは皿を空にした。

从 ゚∀从「いつも思うんですけど……食べるの早いですね」

('、`*川「ハインちゃんが遅いんだと私は思うけれどねぇ」

从 ゚∀从「遅いというか、あまり食べれない体質なんです」

('、`*川「なるほどねぇ……牛乳とかも飲まないでしょ?」

从 ゚∀从「確かにほとんど飲みませんが、どうしてです?」

('、`*川「外見の年齢のわりに、全然成長して無いでしょ」

从 ゚∀从「え……? あぁ、確かに、身長は低いですけど」

('、`*川「違うわよ。 全然成長してないじゃない、胸が」

 返答せずにハインリッヒはサンドイッチに噛り付き、ペニサスが目尻の皺を深める。
ペニサスがコーヒーに砂糖を加えて飲み、ハインリッヒがブラックコーヒーを飲んだ。



20 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:00:39.20 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「それで、聞いてほしいことって何ですか?」

 ハインリッヒがテーブルに上半身を乗り出して問いかける。
ペニサスは手の平で制して、落ち着いた口調でウェイトレスを呼んだ。
駆けつけたウェイトレスにペニサスが追加注文を告げて、彼女は空いている皿を回収した。

 いつもならば近況にあったことや、テレビ番組などの雑談をするのだけれど、
「聞いてほしいこと」と前置きがあるあたり、どうやら今日は少しばかり事情が違うらしい。
なので、少しとはいえ、老婦人相手に珍しく感情を昂ぶらせているのだ。

('、`*川「最近ね、旦那の調子が悪いのよ」

从 ゚∀从「もうお歳なんじゃないですか?」

('、`*川「あらいやだ。 旦那と私は同じ年齢なのよ」

 いつも一緒にいる幼馴染だった、と聞かされたことをハインリッヒは記憶している。
何度か対面する機会があったが、睨みつけるような目つきをしていて、あまり好ましい印象は残っていない。
いつも近寄りがたい空気を発している、威厳のある人物だった。

('、`*川「ああ見えても中々格好いいのよ、あの人」

从 ゚∀从「にらめっこ系統では無敗のような気がしますけどね」

('、`*川「ふふふ、確かにね」

从 ゚∀从「あんまりこっち見てるんで、文句言いたくなりましたよ」

('、`*川「よくその人の妻を相手にそんなこと言えるわねw」

23 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:02:28.97 ID:nnW3+x6t0
 でも、ハインちゃんのそんなところ私は好きよ、と笑いを含んだ声で言う。
なにより、かわいいしね、とさらに付け足されてハインリッヒはまた苦笑する。

从 ゚∀从「体調が悪いのでしたら……お薬でも飲ませてあげたらどうですか?
     今の時代、病院へ行けば治らない病気なんてほとんどないですよ」

('、`*川「そう思って昨日、病院へ行ってきたらしいのよ。
     そうしたら、信じられなくてねぇ。 なんだったと思う?」

从 ゚∀从「さぁ……?」

 いつの間にか店内の客はほとんど居なくなっており、
煙草の煙も複数の視線も存在せず、終息するかのようなBGMだけが流れ続けている。

 ウェイトレスがこちらの席へと近寄り、
先ほどペニサスが追加注文した「かっこわらいスイーツ」をテーブルに置き、再び去っていく。

('、`*川「うわぁ、大きいわね。 驚いたわぁ」

 自分の顔よりもまだ大きいパフェに向かって、呟いたペニサス。
驚いた、と口にはしているが、挑戦的な意味を含んだ声色をしていた。
見るからに胃の容積より多そうなパフェを見て、まだ食べるのか、とハインリッヒは内心で呆れる。

 生クリームに刺さったお菓子を食べて、スプーンを掴む。
一口食べて、美味しいわ、とペニサスは笑顔を作った。

('、`*川「――、だったのよ」

从 ゚∀从「え? なんです?」

25 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:05:03.63 ID:nnW3+x6t0
 何を言ってるのか聞き取りづらいから、パフェを食べるのを止めてほしい、と視線で促す。
仕方ないじゃない、早く食べたいんだもの、とペニサスは視線を返したが、スプーンを置いた。

('、`*川「『毒』だったのよ。 信じられる? また『毒』よ!?」

 ハインリッヒの片眉が上がる。
 ペニサスは言葉を続ける。

('、`*川「ウチには二人息子がいるんだけど。 あ、もう二人とも独り立ちしてるわよ。
     健康な子供が生まれてきますように、って一人目を生む前に、一匹『ミガワリ』を産んだの。
     そうねぇ……もう三十年以上前かしら……」

 テーブルに両肘をついて指を組み、その上に顎を乗せてハインリッヒに語る。
目を細め、宙を見て語るペニサスには、そこに過去の情景が映し出されているのだろう。
懐古に浸る老婦人を、ハインリッヒはただ見ている。

('、`*川「『毒』が溜まってきているからまた『ミガワリ』を産めって言うのよ!?」

 一つに束ねた白髪が、揺れる。
あまりの剣幕に体を乗り出して、ハインリッヒへと詰め寄った。 テーブルが揺れる。
ハインリッヒは、無表情でただ聞いている。

('、`*川「そうよね、こんな事ハインちゃんに言っても無意味だわ、ごめんね」

 スプーンを掴んで、親の仇のようにパフェを食らう。
ペニサスがパフェを食べる音だけが、二人の間に流れる。

28 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:07:19.18 ID:nnW3+x6t0
 無表情のまま、唐突にハインリッヒは口を開いた。

从 ゚∀从「嫌なんですか?」

('、`*川「……何が?」

从 ゚∀从「『ミガワリ』を出産することが」

('、`*川「そりゃあ、嫌よ。 普通でしょ」

从 ゚∀从「一応、血肉を分けた自分の子供ですよ?」

('、`*川「やだ! やめてよ! あんなの子供じゃないわ!
     あれを同じ人間に分類しないでよ!」

 気持ち悪いわ、と吐き捨てた。
ハインリッヒが沈黙して、ペニサスは続ける。

('、`*川「それに、私と夫の『毒』を混ぜ合わせてるんでしょ?
     あんなのがお腹のなかにいるって考えるだけで吐き気がするわ!」

从 ゚∀从「そんなに嫌なら、産まなければいいじゃないですか」

('、`*川「愛する夫のためだもの、そう言う訳にも行かないわ。
     それに、産み終わった後、すごく体調がいいのよね。
     『毒』が全部抜けきるからかしら? あれからしばらくは快適でいいのよねぇ」

 最後の一口、とカップ内に付着したパフェをスプーンでかき集めて口に運ぶ。
そして買い物かごを掴んで立ち上がる。 そろそろ行きましょうか、と続けた。

30 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:09:53.20 ID:nnW3+x6t0
('、`*川「ハインちゃんは私の事、おばさんと思ってるかもしれないけれど、まだ五十前よ?」

 会計をしながら、ペニサスはハインリッヒに告げる。
ハインリッヒはただただ無表情で聞き、何も言わなかった。

('、`*川「今日はありがとう。 長々とお話聞いてくれて」

从 ゚∀从「こちらこそ、ごちそうさまです、また誘ってください」

('、`*川「じゃあね。 私はまだお買い物があるから。
     あ、そうだ、ハインちゃん。 良かったら、晩御飯私の家に食べにきて頂戴ね」

 背を向けて、ペニサスは歩き出す。
ハインリッヒも背を向けると、背後から声が投げかけられた。

「そういえば、喫茶店。 煙草を吸っている人が多かったわね。 昔は喫煙者に厳しい世の中だったのに。
 やっぱり『ミガワリ』が全ての『毒』を肩代わりしてくれるからかしら? 便利な時代になったものね」

 ハインリッヒは毛先のはねた、セミロングの銀髪を揺らして、振り返らずに歩き出す。

 返答しない顔には、笑みが浮かんでいた。

33 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:12:57.91 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 見上げると、真っ白な雲が浮かぶ、清々しく蒼い空が広がっていた。
それを背景に数台の飛行船が飛んでおり、飛行船の胴体にはどこかの会社の宣伝と思われる文字が書いていた。
「夜のオカズからハッキングまで」や「貴方まで、りんごジュースを届けます」など、耳に残りやすいフレーズが並んでいる。

 ペニサスと会話したことによって、当初の目的とは違う目的が出来たのだが、まだしばらく準備が整わない。
なので、容赦ない陽射しとアスファルトの照り返しと人口密度に不快感を覚えながら、
陽炎を追いかけるかのように当ても無く、人間で溢れかえった繁華街をハインリッヒは徘徊していた。

从 ゚∀从(なんて人の数だ。 半分ぐらい消えてもいいんじゃないか?)

 いくつか分からないほど多くの視線がハインリッヒに向けられている。
すれ違う人全てが、ハインリッヒを目で追い、しばらく視界から外さなかった。

 服装はどこにでもいるような、白Tシャツに青色のジーンズだが、
容姿は白い肌に端正な顔立ち、そして珍しい髪の色。
周囲の人間にしてみれば、目が惹かれるのは当然のことだった。

 それらの視線をまったく気にせず、ハインリッヒは堂々とした態度で繁華街を歩く。

 ハインリッヒが一瞬視界に入ったものを確認するため、ぐるり、と首をそちらに向けた。

 数人の少年が、内容こそ知れないが笑顔で楽しそうに会話して歩いている。
一見しただけでは普通、そう見えるだろうが、ハインリッヒは少年たちの細かな表情と声色から、そうではないと察する。
一人の少年を何か目的があって無理矢理先導しているような、あまり人道的ではない行為が起こるのだろう、と推測した。

从 ゚∀从(面白そうだ)

34 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:15:28.56 ID:nnW3+x6t0
 少年たちを追いかけていくと、繁華街を抜けて、人通りの少ない場所へと向かっていく。
足が進むにつれて、一番背後を歩いている小柄な少年の顔色がどんどんと悪くなっていた。
ハインリッヒは自分の予想があながち間違いではない、と確信して、後を歩いていく。

 そして、少年たちは人がいなくなった瞬間を見計らい、大通りから繋がる薄暗い路地へと入った。
一番最後に歩いてきた人物も、半ば引きずられるような形で、路地へと連れ込まれた。

 多数の人が集まり働くビルや個人経営店、背の高いものから低いもの。
無計画と言っていいほどに建造物は乱立されている。
その隙間に出来た、迷路と呼称しても良いほど入り組んだ路地裏は、もはや全てを把握できるものはいないだろう。

从 ゚∀从(だから見つかりにくく、恐喝や暴行が働きやすい)

 ハインリッヒも後を追って、裏路地へと向かう。

 通り一本入っただけなのに妙に静かに感じられた。
路地は場の薄暗さと活気の無さが感じられて、気分は良くない。

 コンクリートの地面を歩く、複数の靴音が路地の細い道に響き渡っている。
さらに囲まれた場所の為、その音が更に追いかけるように反響して、新しい音が出来上がっていく。

 ゴミ袋、吐瀉物の跡、錆びた鉄パイプ、ドブネズミ、群れた野良猫。
表通りに面した綺麗な壁とは正反対の薄汚れた壁をした、ファーストフード店。
壁によって細く切り取られた隙間から見える、大型ショッピングセンター。 屋上のバルーン。

 ハインリッヒは、足元に転がっていたひび割れたポリバケツを蹴飛ばした。
壁に当たり、ぱこーん、と快音が鳴って二つに割れる。

从 ゚∀从(お?)

36 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:17:33.76 ID:nnW3+x6t0
 曲がり角があり、その先から声が聞こえている。
壁に背を向け、こっそりと覗くとどうやら小柄な少年が複数の少年に囲まれているようだった。
小柄な少年は小動物のように身を縮め怯えていて、囲んだ少年たちは下卑た笑いを浮かべている。

 やはり虐めか、とハインリッヒは予感が外れていないことを知って、息を吐く。
本当にどうしようもない人種だ、と続けてもう一度嘆息した。

从 ゚∀从(まぁ、俺には関係ないし、面白そうだからいいんだけど)

( ´ー`)「きもいんだーよ」

<ヽ`∀´>「死んだ方がいいニダ!」

( ^Д^)「なんで生きているんだよ、お前」

 ハインリッヒが思うと同時、小柄な少年に罵声が浴びせられる。
言われるたびに身を竦ませる彼の目には涙が浮かんでいた。

从 ゚∀从(あれ?)

 少年に焦点を合わせて、異変に気付く。
罵声を浴びせる少年たちは、白い半袖のカッターシャツを着ている。
しかし、小動物的少年はカッターシャツを着ておりその上にさらに黒色の学生服を着ていた。

 袖口から覗く白色の服を見て、最低でも三枚以上は服を着込んでいる。
暑い日々が続くこの季節に何を考えているのだろう、とハインリッヒは首をかしげた。

38 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:19:55.60 ID:nnW3+x6t0
<ヽ`∀´>「さっさと自殺するニダ! 生きてるだけで賠償ものニダ!」

( ^Д^)「殺してやろうか? なぁ?」

( ´ー`)「お前醜いからマジで学校にくるんじゃねーよ」

(;^ω^)「う、うぅ」

 少年へと向けて殴る、蹴るの暴行がとうとう加えられ始めた。
抵抗すると言った選択肢が無いのか、そんな素振りは一切見せず、やがてうずくまって頭を抱えてしまった。
一方的な暴力が少年の上から降り注ぐ。 少年たちによるリンチが始まった。

从 ゚∀从(本当、同族虐めが好きだよなぁ、こいつらは)

 たかが肌の色や信じる神が違うだけで、たいした理由も無く戦争するのだ。
そりゃあ虐めだってあるだろう。自分より弱いものを作り出して精神的な安定感を得ることや、
嗜虐心を満足させる行為は、群れを成す集団には起こりえる現象だと分かっていても、気分が悪い。

从 ゚∀从(知性と複雑な精神構造を持っているぼくたちだから、仕方ありませーんってか)

 自分には関係の無いことだ、と思っていたハインリッヒは頭の中で考えが展開されることに、少し慌てた。

40 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:21:46.06 ID:nnW3+x6t0
 別に助ける気もないし、少年も抵抗しない、だから関係ない、とハインリッヒは考えを纏める。
そして、面白いことは起きないだろうから、これ以上ここに居ても無駄だ、と思い、視線を空へ向けた。
四角く切り取られた、眩しいほど蒼い空が真上に広がっており、鼻歌を歌いながら壁から離れた。

从 ゚∀从(生まれたところや、皮膚や目の色でー)

 一体この僕の何がわかると言うのだろう、と心の中で続けた歌詞に、怒号が重なった。
小動物みたいな少年を虐めている、一人の少年が発した声だった。

(#^Д^)「この『ミガワリ』が!! なんで生きてるんだよ! 死ね!!」

( ´ー`)「本当、『ミガワリ』を生かすなんて、お前の親は狂ってるーよ」

<ヽ`∀´>「産まれてさっさと殺されてたら、今の痛みなんて感じなかったのに、残念ニダね」

 ハインリッヒの鼻歌は止まり、体を翻して歩き出した。

 少年たちは暴力を無抵抗の少年に向かって働き続ける。

 ハインリッヒは曲がり角を曲がった。

42 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:23:37.65 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「やぁやぁ少年たち。 何をしているのかな?」

<;ヽ`∀´>「ヒッ!」

 背後から、角ばった顔をした少年の肩を掴んで、問いかける。
予想もしなかったであろう乱入者に、エラの張った少年、ニダーは怯えた目をしてハインリッヒを見る。

 事態に気付づいた他の二人の少年と、突如止んだ暴行に戸惑っている少年が、ハインリッヒへと視線を向ける。
壁を背に地面に座り込んでいる少年は、助けを求めるような視線を。 その他の少年は怯えの視線を。
ハインリッヒの問いかけに対して、語尾を伸ばす垂れ目の少年、シラネーヨが答えた。

( ´ー`)「何って、見ればわかるだーよ?」

从 ゚∀从「この暑い季節なのに異常なまで着込んだ少年に、君たち三人で暴行を働いている」

( ´ー`)「そのとおりだーよ。 まさかお姉さん、こいつの味方とでも言うのかーよ?」

 薄ら笑いを浮かべているかのような表情をして、ハインリッヒへと問う。
他の二人と比べると、この少年は肝が座っていて、突然の事態に動転することも無い。
常に相手を見下しているかのような、どんな状況でも狡猾に立ち回りそうな、印象を受けた。

( ^Д^)「そうだぜ! 別にあんたには関係ないじゃねーか」

 呆気にとられていた少年が、仲間の冷静な対応を見て我を取り戻したのか、会話している二人に割り込んだ。
茶髪にピアス、陽気な声色といった軽薄な雰囲気から、頭の悪そうな中高生の代表的な人物像をしていた。
この国の将来が不安になるな、と、この少年、プギャーを見てハインリッヒは思う。

44 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:25:42.45 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「関係ないけれどさ、やっぱり可哀想じゃん?」

<ヽ`∀´>「可哀想なのは確かニダ」

从 ゚∀从「だろ? ならやめてやろうぜ。 人にやさしく、だって。
     偉大なパンクロックバンドグループも言ってるし」

<ヽ`∀´>「いやいや、虐められてるのが、可哀想じゃないニダ。
      『ミガワリ』に産まれたのにまだ生きている、と言うことが可哀想ニダ」

(*^Д^)「違いねぇwwwwwwwwwwwwwww
     しかもこいつは『人』じゃねえんだなこれがwwwwwwww」

 暴行を加えられていた少年を指差して、プギャーが笑う。
遅れてシラネーヨとニダーが笑った。

 指差された少年は、ハインリッヒを見ていた。
自分の今の状況を打破してくれる正義のヒーローなのだ、と妄信しているかのように、ただじっと見ていた。

从 ゚∀从「え? こいつ『ミガワリ』なの? 見たところ普通じゃん」

(*^Д^)「そう思うだろ? それが違うんだなーこれが」

(;^ω^)「う、うあぁ。 ややや、やめてくれお」

51 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:28:31.32 ID:nnW3+x6t0
 すっかり調子に乗った少年が近づくと、座り込んでいる少年は怯えて体を竦ませ、口をわななかせた。
何の抑止力にもならない震えた声を上げ続け、なすがままにされる少年。

 学生服を脱がされ、中のカッターシャツを剥がれ、その下の白色のシャツも脱がされた。

 無理やり押し込まれていたのか、襟が潰れたポロシャツを引っ張り。
厚い生地をした、赤い色をしたトレーナーを脱衣させられる。
嫌がる表情をした真面目そうな少年を、軽薄な少年が強引に迫り、服を脱がし続ける。

从 ゚∀从「なにこれ? ホモセクシュアル?」

( ´ー`)「まぁそう見えても仕方ないかもしれねーよ」

<ヽ`∀´>「何気にあいつが嬉しそうなのが、正直引くニダ」

 発した言葉とはまったく違うことをハインリッヒは考えていた。
気付いてみると、確かに初めから違和感があったのだ。

 そして、最後の一枚である白色のシャツを脱がされた途端、それは見えた。
少年を『ミガワリ』と呼べる明らかな異常が彼には存在していた。

(*^Д^)「ほらお姉さん、見てみろよ。 これ!」

( ´ー`)「何度みても気持ち悪いものだーよ」

<ヽ`∀´>「本当、『ミガワリ』は死んだほうが良いニダ」

(*^Д^)「うはwwwwwwwwww超きめぇwwwwwwwwwww」

( ;ω;)「う……くっ……」

53 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:31:18.38 ID:nnW3+x6t0
 誰が見てもこの少年を『ミガワリ』だ、と呼べるモノを必死に隠そうとする少年。
泣き声を押し殺して、嗚咽する。 両目からは涙が零れ落ちており、頬を伝う。
それを見て次第に感情が熱していく少年たちとは対照的な感情を、ハインリッヒは抱き始める。

 みぞおちの少し上部、胸部の中心から生えた、一本の腕。
両肩から生える両腕と同じような作りをした、三本目の腕が、少年の胸から生えていた。
見たところ肌の色は明るいため血は通っているようで、動いているところを見る限り、それは確実に少年の人体の一部だった。

 少年は三本目の腕を隠すために、異常なまでに着込んでいたのだ。
あれだけの服の上からでは、確かに目立たない。

从 ゚∀从「これを見つけたきっかけは?」

<ヽ`∀´>「きっかけ……? そういえばウリはきっかけなんて知らないニダ」

( ´ー`)「あれだーよ。 確か、そこのアホがみつけたんだーよ」

(;^Д^)「なっなんだよ! アホって言うなよ!」

从 ゚∀从「どうやって見つけたんだ、って聞いてんだよ。 早く答えろ」

 質問に対して満足のいく答えが返ってこないことにハインリッヒは苛立ちを覚える。
語句強めてもう一度問いかけると、少年たちの顔色が変わる。

(;´ー`)「おい、さっさと説明するだーよ」

(;^Д^)「わかったよ。 そう怒らないでくれ」

从 ゚∀从「……」

58 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:34:55.32 ID:nnW3+x6t0
(;^Д^)「は、初めはいつも着込んでる変な奴だな、と思っていただけなんだよ。
      体育の授業のときも、何かと理由を付けて絶対に参加しなかったし、お、おかしいと思ったんだ。
      ちょっとスキンシップに触ろうとしただけで嫌がるんだぜ? か、顔はいつも笑ってるくせによ、
      そりゃあいくら俺だって傷付いちゃうよ。 ブーンの癖に生意気だぜ、ってな。 あ、ブーンってのはこいつの名前な。
      何があっても服を脱がないし、一緒に遊ぼうともしないから、俺ちょっとムカついちゃってさー、
      ちょいと軽く押したんだよ、なんなんだお前コラァ、って威嚇のつもりでさ」

 ブーンと呼ばれた少年の嗚咽と、陽気な少年の説明がコンクリートに囲まれた世界に響く。
ハインリッヒはただ無表情で少年の話を聞いている。

 興味が無いらしい少年たちは各自、行動をとっていた。
ビルの裏にある、通用口のドアの脇に立てかけられたボロボロのモップを角ばった顔をした少年が掴んだ。
うわ、きたねーよ、と嫌悪感を示すシラネーヨ。 ホルホルホル、と笑うニダー。

( ^Д^)「そしたらさ、こいつの胸の部分に違和感があったんだよ。
      なにか入っているみたいな、硬いモノがさ。 こいつが女なら、あぁ生理かって思うんだけど違うじゃん?
      女ってみんなお姉さんみたいな綺麗な顔ってわけじゃないけどさ、
      やっぱり特徴はあるじゃんか。 まぁ見分けがつかない人もたまに居るけど」

 モップを持って怯えるブーンに近寄るニダーをシラネーヨが制す。
しかしニダーは聞き入れる様子は無く、モップをブーンへと振り下ろす。

( ^Д^)「俺はもうこいつの胸になにがあるのか気になって気になってさ。
      その日はそれで終わったんだけど、夜に眠れないんじゃないかってほど気になったんだよ。
      んで、次の日だけど俺はブーンをずっと見ていたわけだ、あ、ホモって訳じゃないぜ」

 嘲笑まじりにプギャーは語り、一息つく。
ちらり、とハインリッヒの胸部を一瞥してから言葉を続けた。

60 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:37:33.00 ID:nnW3+x6t0
( ^Д^)「驚いたことに、貧乳な女よりか、あいつの胸は膨らんでいた訳なんだ。 気持ち悪いだろ?
      太ってるとかの原因じゃないな、と気になった俺は聞いてみたわけだよこいつに、お前の胸に何があるんだってさ。
      そりゃあ誰だって気になるだろ? あれだよ、知的好奇心ってやつが俺に働いたんだ」

 ブーンは悲鳴にも似た情けない声を上げて、体を抱え込む。
自身のすぐ横に振り下ろされたモップを見て、ニダーへと恐怖の視線を向けた。
嘲り笑ってニダーは何度もその行為を繰り返し、シラネーヨはやれやれとボディーランゲージ。

( ^Д^)「そしたらあいつ、教えないんだよ。 これはもう何かあるなと俺は思ったね。
      無理やりに服を脱がすわけにもいかないし、みんなに言いふらしてやったんだよ。
      そりゃあもうみんな騒ぐだろ、ブーンへと注目が集まる。 大人数ってのは怖いよなぁ。
      注目を浴びたブーンはそれでも絶対に脱がないんだ、一枚たりとも服をな、じゃあもう我慢できないからってことで」

从 ゚∀从「やっちゃた訳だ?」

(*^Д^)「それからのあいつは悲惨だったなぁ。 見てて可哀想になるぐらいに。 まぁ生まれた時点でかwww
      腕のことが分かってから、会話してた奴らは誰も近づかねぇ。 教師すらだ。
      親たちから相当の抗議はあったらしいぜ、『ミガワリ』をウチの子が通う学校へと入れるなーってな。
      それでも、まだ義務教育だから『ミガワリ』も受け入れなきゃならねーんだよ。 本当に可哀想だよな」

 学校もブーンもお互いにな、とプギャーは大きく笑い、もう二人の少年たちへと駆け寄った。
服を着ようとするブーンへと向けてモップを振るい、服を奪い去る。 シラネーヨが拾いに行き、さらに遠くへと置く。
全ての服を手の届かない場所へと放り捨てられ、取りに行こうと動くと、モップでの威嚇攻撃によって妨害される。

 ハインリッヒはその様子を見て、自分の心が恐ろしいほどに冷え切っていることに気がついた。
体を震わせて怯えているブーンの体と、それを見て喜ぶ少年たちが、酷く目に残って脳に焼きつく。

从 ゚∀从「ははっ」

61 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:39:55.50 ID:nnW3+x6t0
 乾いた、笑い。
感情が籠もっていない、冷たい笑いだった。

从 ゚∀从「はははwwwwwwwwwははっwwwwwwwwははははっ」

 ただ無表情で、氷結したかのように、声だけ発し続ける。
異常を察した少年四人が、ハインリッヒを見た。

从 ゚∀从「お前らみたいな奴らにも、俺たちは見下されているわけだ。
     ふはははwwwwwww本当にwwwww笑いがとまんねーぜ。 はははwww」

 ははははははははははははははははははははははははははははは。
はははははははははははははははははははははははははははははははは、と途絶えることなく笑う。

(;^Д^)「おいおい……お姉さん……?」

( ´ー`)「……」

<;ヽ`∀´>「どうかしちゃったニダ……?」

( ;ω;)「……」

 それが突如、止まった。

 そして、告げる。

63 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:42:44.47 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「おい、お前ら」

(;^Д^)「な、なんだよ?」

从 ゚∀从「そこの『ミガワリ』置いて、立ち去れ」

<;ヽ`∀´>「何言ってるニダ?」

从 ゚∀从「死ぬほど痛い思いするか、今すぐ帰るか。 さっさと決めろ」

( ´ー`)「理解できねーよ。 お姉さんには関係ないことだーよ」

 ハインリッヒは二本指を少年たちに突き出した。
ハインリッヒ以外の全員が理解できない、と感じた時には、ハインリッヒは駆け出していた。

从 ゚∀从「ピースサインとでも思ったか? 違うぜ。 あと二秒でお前らは死ぬんだ」

 自身に迫る脅威を少年たちはやっと察する。
慣性に身を乗せたまま振るった右拳をプギャーの頬へと直撃させると、彼は顔を歪めて倒れこんだ。
ハインリッヒはそのまま勢いを殺さずに体を回転させ、位置の下がったプギャーの側頭部に左後回し蹴りを叩き込んだ。

65 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:44:34.85 ID:nnW3+x6t0
 初撃からさらに遠心力が付加された速度で叩き込まれた一撃は、容易にプギャーの額を割る。
声を上げるまもなく意識を刈り取られたプギャーは背から地面へと倒れこみ、転がってうつ伏せの状態で静止した。

 ハインリッヒは素早く体勢を整えて、エラの張った少年、ニダーへと駆け寄る。
突然の出来事についていけずに呆気にとられている彼の焦点は、ハインリッヒに合ってこそいたが、
身体が何の対処もとっておらず、地を蹴ったハインリッヒの空中飛び膝二段蹴りを顔面で受けた。

 助走から体を縮めて跳躍し、勢いを保ったまま空中で溜められた膝。
それが、ニダーの顔面へと直撃する瞬間、一気に蹴り抜かれた。
骨が砕ける音が響いて、鮮血が散った。

(;´ー`)「うっ、うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 恐怖に駆られて口から飛び出した悲鳴が誰の声なのか、シラネーヨは分からなかった。
常に落ち着いており、自分以外の人間を見下して利用すると言った狡猾な雰囲気はもはや見る影も無く、
懐に忍ばせていた折り畳み式のナイフを取り出して、ハインリッヒへと向かって突進する。

 錯乱状態にあるシラネーヨは声を上げながらナイフを振るう。
我武者羅に、滅茶苦茶に、四方八方に、腕が届く範囲に入ったものは全て切り裂いてやる、と言わんばかりに振り回す。
ハインリッヒは自身へと突っ込んでくるシラネーヨ目掛けて、足元に落ちていたモップを拾って投擲した。

 自身へと一直線に飛んで来るモップの存在を認知した時にはもう口内へと柄が挿し込まれていた。
仰け反って倒れ込み、激しく咳き込んで二、三度えづいてから、折れた歯とあふれ出る血を吐き捨てる。
今の一撃で冷静を取り戻した彼はハインリッヒを睨みつけて、もう一度、唾と一緒に血を吐いた。

67 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:46:45.06 ID:nnW3+x6t0
(;´ー`)(どうやらナイフは、さっきの衝撃でどこかへと飛んでいってしまったらしーよ)

彼が地面へと目を走らせている間にも、ハインリッヒは自分へと近づいており、焦る。
先に転がされた二人の時とは違い、一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めるハインリッヒ。

 あと数歩で間合いに入る、とシラネーヨが察知する。
本能が警報鳴らして逃げろと叫んだ。 だがしかし本能で逃げ切れないと悟っていた。

 無意識のうちに体が行動を取っていた。
反抗にもならない反抗だ、と自覚して。 
 

 思い切り声を上げて。
 思い切り踏み込んで。
 思い切り拳を振った。


 ハインリッヒには当たらずに空を切る、とシラネーヨがした想像は見事に的中して、
直後体中に走った激痛に耐え切れず地面へと膝をつく。
金的目掛けて繰り出された前蹴りは、心理状態によって狭くなったシラネーヨの視界には映らなかった。

从 ゚∀从「愚かだよな。 お前らは本当に」

 シラネーヨが意識を手放して、前のめりに倒れこんだ。
ハインリッヒはコンクリートへと横たわる三人の少年を見下ろして、ブーンの方へと視線を向ける。

(;^ω^)「……!」

 ほぼ全裸になっているブーンはハインリッヒに対して警戒の色を薄めない。
三本目の腕を隠すように三角座りをしながら、ハインリッヒを見上げている。

69 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:49:07.74 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「よし、これでもうお前に手を出さないだろ」

(;^ω^)「……助けて、くれたのかお?」

从 ゚∀从「まぁな」

 ハインリッヒの言葉を聞いてブーンは顔を紅潮させた。
立ち上がってハインリッヒへと駆け寄る。

(*^ω^)「ありがとうだお! お姉さんは正義のヒーローだお!!」

从 ゚∀从「いやははは。 そんな大したもんじゃねーよ」

 ハインリッヒの手を取って、ぶんぶんと上下に振る。
胸から生えた三本目の腕も嬉しそうにぶらぶらと揺れている。

(*^ω^)「うほほー」

 虐められているのが嫌で嫌で、もう虐められることは無い、と喜んでいるのか。
日常的に自分を傷つけてきた少年たちが、突然現れた人物にぶちのめされたので、喜んでいるのか。
どっちだろうな、と服を拾いに行ったブーンを見てハインリッヒは思った。

 緩む頬を押さえきれない、と言った様子のブーンは散らばった服を拾い、胸の腕を折りたたんで一枚ずつ丁寧に着る。
盛り上がる胸を隠すにしても、不審すぎて人の目を浴びるため逆効果じゃないのか、とハインリッヒは考えた。

从 ゚∀从「お前、えーとブーンだっけ? 正真正銘の『ミガワリ』なんだろ?」

 ブーンとの距離を縮めながら、ハインリッヒは疑問を投げかける。
服を着ていた彼の動作は中断され、電流を流されたかのように体をはねさせる。

72 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:51:58.26 ID:nnW3+x6t0
(;^ω^)「お……」

从 ゚∀从「なぁに、世間一般の『健常者』たちみたいに迫害したりはしねーよ」

( ^ω^)「ならなんでだお」

从 ゚∀从「ちょっとした好奇心って奴だよ。
     『ミガワリ』は産まれた直後に殺されるだろ。
     『健常者』の物差しで計られた、標準から外れた外見や知能のせいでな」

( ^ω^)「……助けてくれた恩もあるし、話すお。
       お姉さんも、というか、この時代の人なら誰でも知っていることだけど……。
       僕は『ミガワリ』としてはマシな部類だお。 これまであまり支障なく日常生活が出来ていた訳だし。
       カーチャンとトーチャンが、あまり『毒』を僕に押し付けなかったんだお。 あまり、というか、ほとんど」

 赤いトレーナーを着終えて、ポロシャツに首を通す。

 再び口を開く。

( ^ω^)「本当は押し付けたくなかったらしいけど、少しは押し付けないと、もう満足に働けないから。
       働かなければ僕を養えないから。 仕方ないんだって無理やりに自分を納得させたらしいお。
       二人目を産むほどの体力も財力もトーチャンにもカーチャンにもなかったから、仕方ないんだって」

 言葉を切り、少し汚れた白色のシャツを着る。 次のカッターシャツの埃を取る。
カッターシャツのボタンを止めていくと、いくつか弾け飛んでいたボタンに気付いて、苦笑した。

74 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:54:14.20 ID:nnW3+x6t0
( ^ω^)「周囲の人たちからは猛反発を受けたらしいお。 仲の良かった人たちも手の平を返して嫌がらせもしてきたって。
       トーチャンは会社で白い目で見られたお。 部下からは陰口を叩かれて、上司からは雑用ばかりさせられてたお。
       カーチャンは毎日毎日、僕たちの事を中傷した内容が書かれた落書きを必死に消して、張り紙を剥がしていたお」

 灰色に汚れた学生服を着て、ハインリッヒへと向き直る。

( ^ω^)「それでも二人は『ブーンは私たちの子供だ。 絶対に殺させない!』って最後まで言ってたらしいお」

从 ゚∀从「最後まで、ってことはもう……」

( ^ω^)「去年トーチャンがとうとう会社をクビになって、生活費がなくなったお。
       再就職先も見つからず、カーチャンが働こうとしたけど、体がそんなに元気なはず無いお。
       そして、トーチャンが自分に生命保険をかけて、飛び降り自殺をしたお」

从 ゚∀从「飛び込みじゃないのか。 まぁ即死には変わりないだろうけど」

( ^ω^)「飛び込みはほら、今は柵があったり人が居たりして難しかったらしいお」

从 ゚∀从「あー、なるほどね。 損害賠償も『ミガワリ』相手になら求められそうだ」

( ^ω^)「ビルの屋上からゴミ捨て場へと飛んだ、って僕らは聞かされたお」

从 ゚∀从「ほーん」

( ^ω^)「カーチャンも、体に『毒』がたまって先月に死んじゃったお。
       まだ四十歳だったんだお……僕に『毒』を預けて、僕を殺していれば二人ともまだまだ生きれたのに。
       今よりずっとずっと、幸せに生活できたのに」

77 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:57:07.65 ID:nnW3+x6t0
 天から両親が見守っている、と疑っていない容貌で空を見上げてそう言った。
しかし、本当にこれで良かったのかお? と懸念する空気を纏っていて、ハインリッヒは少し心を痛めた。

( ^ω^)「お姉さん。 本当にありがとうだお!!」

从 ゚∀从「いいって、なんな何度もよ。 照れくさいな」

( ^ω^)「僕を助けてくれて、僕のことを怖がらずに接してくれたお。 こんなに会話したのは久しぶりだったお」

从 ゚∀从「たかが腕が一本多いぐらいで何言ってんだよ。
     少し昔のとある地域なら、指が一本多かったら神様の子だか選ばれし子供やら言われて、崇拝されたりするんだぜ。
     そこに行けばお前なんか神の神だよ」

 God of godだ、と会話文に草を生やしながら、軽快な口調でハインリッヒはブーンへと告げる。
先ほどの氷結したかのような笑みではなく、血の気の通った人情味溢れる笑い声を聞いて、ブーンも笑った。 
はっはっはー、と豪快な笑い声とおっおっお、と柔らかい笑い声がコンクリートの空間へと響く。

( ^ω^)「お姉さん。 変わってるお」

从 ゚∀从「かもなぁ……間違いなく普通ではないけどな」

 そう言ってハインリッヒはまた軽く笑う。
おまえと一緒だ、と告げられてブーンも苦笑した。


 二人の笑い声が重なってしばらく経過した後、どちらからともなく笑いは収まった。
そのまま、言葉のキャッチボールを交わしていた。
倒れこんだ少年たちは、まだ意識を取り戻さない。

从 ゚∀从「あとなぁ、みんな俺のことを『お姉さん』って呼ぶけれど、違うぞ」

78 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 13:59:20.60 ID:nnW3+x6t0
(;^ω^)「お!? ち、違うのかお? それはすいませんでしたお」

 こんなに綺麗な男性がいるのか? と疑問符を浮かべながらブーンは謝罪する。
また反面、こんなに可愛い子が女の子のはずが無いか、と納得していた。
そして、綺麗=可愛いとの等式は成り立たないだろう、と混乱し始める。

从 ゚∀从「いやまぁ、『お兄さん』でもないんだけどな」

(;^ω^)「おお!? そ、それはまた、お若く見えますお……」

 しまった! 性別じゃなくて歳の方だったか! とブーンは狼狽する。
いやしかし待て、このお姉さんはどうみてもいやお姉さんじゃないんだっけあぁどうでもいいやとりあえず、
別に二次元には何百、何千年も生きている幼女も存在するんだなんらおかしいことじゃあ無い、と零点二秒で展開される思考。

从 ゚∀从「だからって歳行ってるって訳でもないぜ」

(;^ω^)「お、おお? おぉん……? 二次元?」

 高速で考えて導き出された結論が次の一言で根本から覆される。
ブーンは頭を抱えて、熱暴走を起こしそうになっている思考を静める。
しかしハインリッヒがおもむろにTシャツを脱ぎ始めたので、考えは中断される。

(;^ω^)「え、ちょ! あ! え? や、何してるんだお!? やめるお!」

从*゚∀从「はっはっはwwwww初々しい反応だなぁ、少年wwwww」

 ハインリッヒはブーンの制止を無視して、笑いながら上半身の服を脱ぎ捨てる。

81 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:02:49.91 ID:nnW3+x6t0
 膨れていない平らな胸にある二つの乳首と、さほど筋肉質では無い体が露出した。
呆気に取られた、というより期待を裏切られた、と同意味の声をブーンは発した。

从 ゚∀从「案外、スケベなのねお前」

(;^ω^)「お、い、いやぁ。 これは違うんですおぉ」

从 ゚∀从「まぁいいや。 これで分かったか?」

 下も脱いでやろうか? とハインリッヒがブーンへとからかうような視線を向けると、
彼は両手を前に突き出して、顔を激しく横に振った。

从 ゚∀从「『俺』なんて一人称使ってはいるが、さっきも言ったとおり、俺は女じゃない。 男でもない。
     胸は膨れてないし、声変わりもしてないし、股間に陰茎はぶら下がっていない。
     かといって陰裂があるわけでもない。 性別上、俺は分類されないんだよ。
     顔と身長のせいで良く女に間違われるんだけどな」

(;^ω^)「お……ってことは……」

从 ゚∀从「あぁ、俺も『ミガワリ』なんだぜ」

 路地裏のコンクリートに囲まれた世界に、風が吹いた。
表通りに面していないこの場所に相応しくない、風だった。

( ^ω^)「信じられないお」

从*゚∀从「へー、驚いた風にゃ見えないけど。 信じてないか? 
     なんだ、おい、見たいのか? 別に、思春期ブーン君のために全裸になってやっても良いんだぜ?」

84 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:04:25.78 ID:nnW3+x6t0
(;^ω^)「なななななななな、何言ってるんだおっ!」

从*゚∀从「ひゃはははははwwwwwwwwwwww」

 嬉しそうに大笑いして服を着るハインリッヒ。
それを見て嘆息するブーン。 ブーンはからかわれながらも、楽しそうに笑っていた。


从 ゚∀从「なぁ、お前さぁー」

( ^ω^)「何ですかおー?」

从 ゚∀从「何で虐められてる最中も笑ってんの? そういう性癖でもあんの?」

( ^ω^)「笑ってるように、見えますかお?」

从 ゚∀从「見えるね。 どう見ても表情は『笑み』だった。
     涙を流していても、口元は今みたいにつりあがっていた」

 ハインリッヒは立ち上がって、遠くで光っていたナイフを拾いに行く。
刃の出ているナイフを折りたたんで、ブーンへと投げ渡した。

86 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:06:23.62 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「笑ってれば虐めは終わる、とか思ってないだろうな。 周囲からは遊んでいるように見える、とか。
     『健常者』でもそんなことは有り得ないんだ。 『俺たち』ならなおさらだぜ。
     怖いのならそれを使え。 ナイフで脅してやれ。 最悪、刺してやっても良い」

( ^ω^)「違うんだお。 好きで笑ってるわけじゃないんだお」

 変わらない表情で。 変わらない声色で。
しかし、空間に集中線でも描かれているかのように意識を集中させてしまう、無視できない言葉だった。

( ^ω^)「この顔、動かせないんだお。 僕にはほとんど表情の変化なんてないんだお。
       あるのはただ、この張り付いた笑みだけだお。 だから――」

 言葉はそこで途切れて、ブーンはうつむいた。
途切れた言葉は、彼の表情と同じように、今の彼に操作できる意識の位置には無いのだ。

( ^ω^)「お姉さんみたいに、『ミガワリ』でも、正義のヒーローにはなれないんだお」

从 ゚∀从「……正義では無いだろ、間違いなく。 ヒーローでもない」

( ^ω^)「……」

从 ゚∀从「革命だ。 革命を起すんだよ」

88 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:08:55.10 ID:nnW3+x6t0
 『誰か』に言い聞かせるかのように繰り返される。
支配されている者が支配しているものを打ち倒せ、根本的に変革しろ、と。

从 ゚∀从「革命ってのは、マイノリティが起こすものなんだ」
 
 ハインリッヒは素直クールの言葉を引用して、言う。
背中を押されたような心強さをブーンは感じた。


从 ゚∀从「passive hell and death――受身の地獄と死なんざ、ごめんだろう?」


 変わらない彼の表情を見て察したのか、
ハインリッヒは顔の筋肉の弛緩具合を変化させて、笑顔を作った。




91 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:13:00.28 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 家内の窓を全ての閉めて、音を立てて回転している換気扇も止めた。
室内は床の軋む音とハインリッヒの足音だけが響いている。
活発な印象が強い、真夏の夕方前には相応しくない静かな空気が満ちていた。

 ハインリッヒが室内での行動を停止させた。
その瞬間、エアコンの電源を切ったはずなのに肌に冷気を感じた。
まったくの無音と言うだけでこんなにも変わるものなのか、とハインリッヒは感心する。

 皮手袋をはめた両手でタンスの引き出しを開けて物色する。
一番上の段から現金は無いかと探索し続けるが、見つからない。
この畳の敷かれた和室の部屋に無ければ、残るはペニサスとその夫、ミルナの寝室だけになる。

从 ゚∀从「ねーな」

 なんだよ、とハインリッヒは唾が飛ばないように気を使って吐き捨て、部屋を移動する。
ふすまを開いてスリッパを履いて廊下に出ると、気絶させて縛っているペニサスとミルナの姿が見えた。
金持ちなら現金も持ってろよ、と心の中で悪態をついてから、寝室へと移動した。

 寝室にはタンスと化粧台とダブルベッドだけしかなく、ハインリッヒは嘆息する。
金庫とか無いのかよ、と思い、いかに自分の金持ちに対する想像が偏っていたものであったかを教えられる。
今の時代、ほとんど電子化しちゃったから仕方ないかなぁ、と半ば諦めるような嘆息をもう一度した。

 例の如く一番上の段からタンスから開くと、
ペニサスの下着がぎっしりと詰まっており、ハインリッヒは刹那の内に閉じる。
白、黒、水色、紫、と目に入った瞬間に把握してしまったことをハインリッヒは悔やんだ。

93 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:15:15.72 ID:nnW3+x6t0
 上から三段目の段に、鍵の掛かっている引き出しを発見する。
内心で期待感が膨れ上がり、ポケットからキーケースを取り出して一つずつ差し込んでいく。
ペニサスが大事そうに抱えていたバッグの中に入っていたものだった。

 かちり、と当てはまったので捻る。
そのまま引き出しを引いたが、入っていたのは纏めて袋につめられた、電子カード類だった
期待感は瞬時に雲散して、不満感が瞬時に集結する。 これで終結か、とも思った。

从 ゚∀从(クーだったら電子類もいじれるんだろうけど)

 ペニサスとミルナが縛られているリビングに移動して、キーケースを放り出した。
結局現金はほとんど無かったじゃないか、とポケットの中に入った数枚の紙幣を握る。

 茶色い革張りのソファーは外見から察するに、高級なのだなと一目で分かる。
ソファーにハインリッヒが体を預けると、体重を柔らかく受け止めて、ふわりと沈んだ。
そして、その体勢のまま室内を見回した。

 壷や花瓶、調度品はどれを見ても値が張りそうで、壁にかけられた絵もペニサスの性格から察するに高級品だろう。

 鳥の頭に、鳥らしき胴体から人間のような手足が生えている。
足を開いて、両手の平を正面、つまりこちらに向けている絵に目を止める。
それにいくらの価値がついているのか知らないが、ハインリッヒは苛立ちを覚えるだけだった。

从 ゚∀从(バーカ! って言ってるようにしか見えないんだよなぁ……)

97 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:18:33.69 ID:nnW3+x6t0
 売り飛ばしたら金になるのだろうけど、間違いなく一発で足がついてしまうので諦めよう。
犬の胴体に鳥の頭がついており、ニャーン! と叫んでいる絵を見てハインリッヒがそう思う。
何の動物か判断がつかないその絵の下に、「ひよこ」と大きく書かれているのを見て、ため息が出た。

 ハインリッヒが狙っているのは現金か宝石。 売る手間を考えると、現金の方が好ましい。
さらに、片手に持てる、ポケットに入る程度の大きさのものでないと、邪魔になってしまう。

 そう思って各部屋を物色したのだが、結局数枚の現金しか見つからなかった。
まぁ、第一の目的はそれじゃないからいいか、とハインリッヒは妥協する。

(;-д- )「……う……く……ぅ」

从 ゚∀从「おやおやー? お目覚めですかー?」

(;゚д゚ )「急に押し入ってきて、何の用だ……?」

 気絶状態から回復したペニサスの夫、ミルナが怒りと怯えを含んだ声色を出す。
しかし対比は二対八程度であり、体を小刻みに震わせているので、かつての威厳は無い。

(;゚д゚ )「わ、私が大声を出せば、警報機が作動するぞ? そんなにゆっくりしてていいのか?」

从 ゚∀从「嫌だなぁ。 初めに言ったでしょう? そんなことすればあなたとペニサスさんを殺しますよって」

 決して強盗が第一目的じゃあないし、大人しくしてればすぐに終わります、とハインリッヒは続ける。
そのまま、ソファーから立ち上がって、身動き一つ取れないように縛られたミルナの前へと座り込んだ。
尻を下ろさずに、視線を合わせる。 和式便所で用を足すときの座り方だ。 頭の悪い中高生の座り方である。

 顔以外のほとんどの部位を縄で縛られて、ペニサスと背中合わせに座らされている。
この光景はまるで、犯罪を起こした人物が一般人に取り押さえられたみたいだな、とハインリッヒは縛りながら思っていた。

100 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:22:05.83 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「大体、この家の電気類は全て止めましたから、作動しませんよ」

(;゚д゚ )「ハッ、ハハハ、馬鹿め! 私は全てを止めることなど一度もしたことが無い!
      なぜなら、君みたいな強盗が来たときのために、全ての電気類を止められたら、異常事態だ! と! 
      警察に知らせるように設定してあるからだ! フハハハハ! 馬鹿め! 馬鹿め! ばか――」

 骨と骨がぶつかり合う音がして、ミルナの呻き声がした。
ハインリッヒがミルナの頬を殴ったのだ。 表情は冷たく、無表情。

从 ゚∀从「ミルナさん、約束守ってくださいよ。 大声を出さないでくださいよ。 死にたいんですか?」

(;-д゚ )「ぐ……」

从 ゚∀从「興奮しているのか知りませんが、日本語が分かり辛いですよ。 大丈夫ですか?」

 ごつ、ごつ、がっ、右、左、右。
殴られ続けるミルナに気付いたのか、打撃音に声が割り込んだ。

('、`*川「やめてよ!」

(;゚д゚ )「う……ペニ、黙っていろ」

('、`*川「自分の夫を殴られ続けて、誰が黙ってられるもんですか!!」

105 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:25:10.67 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「素晴らしい夫婦愛ですねー。 その優しさを『俺たち』にも向けてもらいたいものですよ」

('、`*川「優しさ!? 何を言ってるの! ハインちゃんにはいつもご馳走してあげてるじゃない!」

从 ゚∀从「あははははは。 あれが貴女の『優しさ』ですか――俺には『哀れみ』にしか見えないね」

('、`*川「さっきも『ペニサスさんのお料理、ご馳走になりにきました』って言ってたじゃないの!」

从 ゚∀从「その後、首を絞められてここまで連れて来られただろ? これがあんたらのお料理なのか?
     まぁ、俺は今からあんたら二人を煮るなり焼くなり出来るけどな」

(;゚д゚ )「くっ――妻には手を出すな!!」

从 ゚∀从「なぁ、面倒だからさ、何度も同じこと言わせんな」

('、`;川「ねえハインちゃん、こんな馬鹿なこと止めましょう?
     ほら、今なら警察が来ても私が誤魔化してあげるから」

从 ゚∀从「本当、お前らは面白いな。 全員が全員同じこと考えてやがる。
     己の事しか考えていない。 自分のことしか考えない『健常者』どもの考えは非常に単純だよ」

 口調と雰囲気が、ペニサスの知っているハインちゃんとはまるで違う。
刺されるような視線と、すぐに発生する暴力。
自分は今ハインちゃん、いや、ハインリッヒに生殺与奪の権利を握られている、とペニサスは身震いする。

110 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:29:02.60 ID:nnW3+x6t0
(;゚д゚ )(時間だ、時間を稼げ。 そうすればすぐに警察がくる。 そうすれば私たちは解放される。
      私はまだ死ぬわけにはいかんのだ。 まだまだやりたいことがあるのだ。
      さっさと来いよ警察! この女を捕まえろ! そして私は妻と交わり体の『毒』を抜くんだ!)

从 ゚∀从「あぁそれと、全ての電気類を止めたってのは嘘だから、警察を期待しても無駄だからな。
     さらに、俺が帰った後のことを考えていても、無駄だぜ」

 どういう意味だ、と問う前にミルナは意識を手放していた。
ハインリッヒが手刀で彼の首を叩いたからであった。
ペニサスが事態に気付く前に彼女の後頭部も同じように叩くと、かくんと意識を失った。

 外に設置されているガスメーターから引き込まれている、鉄のガス官を叩き割ろうとしたが、強度を知り断念する。
鉄パイプをを叩き割る手段が無いので、仕方なくガス栓を開いて、繋がっているゴムホースを引っこ抜いた。

 現代には珍しいトースターを発見して、これまた現代には珍しい紙の新聞紙を手に取る。
食パンが一枚すっぽりとはまる深さの溝に、折りたたんだ新聞紙を無理やり突っ込んだ。
そして、電源スイッチを兼ねたレバーを押し下げる。 

 ガスが充満していく部屋の中。
ハインリッヒは気絶している夫婦を尻目に鼻歌を歌いながら、お邪魔しましたー、と陽気な声を発して堂々と扉を開けた。

114 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:32:28.12 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「夕暮れだな」

 世界を赤く染める夕焼けを見て、ハインリッヒは頬を綻ばせる。
それから、これよりももっと赤い血が体中に流れてるんだぜ、と続けて歩き出す。



 がちゃん、と音を立てて、豪華な扉が閉じる。





 ハインリッヒが昼とはまた違った表情を見せる繁華街を歩いていると、ある男が遠くを指差して声を上げた。
それに釣られて視線をそちらに向けた者たちがいて、さらに声が上がる。
喧騒は収まる様子は無く、人々は視線の先へと駆け出した。

从 ゚∀从「ふふ、ふはははは」

 灰色に立ち上る煙と、けたたましいサイレン。
珍しい事象に遭遇した証拠だ、と言わんばかりに携帯電話で撮影する者たち。
友人との話の種にしよう、と思ったのか電話を操作して通話を始める者たち。

从*゚∀从「ヒャーッハッハッハッハッハッハ!!」

 同じ行動を取る『健常者』たちを見て、ハインリッヒは大声で笑った。

119 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:35:54.49 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

(,,゚Д゚)「火事かな?」

 町の喧騒と、消防車の警報と、遠くで立ち上る煙を見てギコは呟いた。
いつもの自分なら間違いなく向かうのだけれど、生憎上司に余計な行動を起こすなと釘を刺されたところだ。
半ば無理やり取らされた有給休暇中に行動を起こすと、また上司に嫌味を言われるだろう。

 休暇中にも職務を果たしているのだから、そこは褒めるところじゃないのか? と、
頭に疑問符を浮かべて質問したくもなるが、面倒なのでギコは心の内にしまっている。

(,,゚Д゚)(うーん……上司とか関係なく行きたいが、あれだけ大人数の人が行ってるから良いか)

 それより今日は汗をかいたから早く風呂に入ろう、と止めた足を再び動かす。
体中に掻いた汗が体に張り付いて、服が汗を吸収してしまっている。
心地悪いな、と自分の短い髪をわしゃわしゃと撫で回した。

 久しぶりに友人たちとサッカーとした爽快感がまだ体に残っている。
プレイ中は高校時代に戻ったかのように感じたが、終わってみればやはり高校時代は輝いていたな、と再認識した。
音も立てないで過ぎていくやり直せない日々を、なぜもっと謳歌しなかったのだろうか、とギコは感じた。

(,,゚Д゚)(いや、十分に充実していたか)

123 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:38:37.60 ID:nnW3+x6t0
 ははは、と青春時代の出来事を思い出して笑い、ギコはアパートの自分の部屋の扉を開く。
ギコが入居している「ホライオンアパート」はまだ出来て一年と経っていないので、綺麗な外見をしている。
二階建てのアパートであり、一階の一番端の部屋。 そこがギコの部屋だった。

 部屋内は清潔にきちんと整理整頓されており、床に散乱しているのは少量の雑誌のみ。
警察官たるもの、常になにがどこにあるかぐらいは把握しておかなければいけない、とは彼の考えだ。
壁にかけられた制服を見て、一息吐く。 今の生活も悪くないかな、と。

 真っ先に風呂に入ろう、と着替えを引っ張り出したが、なんだか今日はそんな気分ではない。
久しく大人数で遊んだからだろうか、一人で小さい風呂に入るのではなく、
大人数で大きい、銭湯へと行きたい気分だった。 どうせ場所もさほど遠くはない。

(,,゚Д゚)(学生の頃は良くみんなで通ったっけ)

 想起される記憶を楽しんでいるうちにギコの心は決まっていた。
着替えを袋につめてサイフがポケットに入ってるか確認して、飛び出した。



 銭湯の前へと到着し、番台というよりは受付と呼べる場所に座っているお姉さんにお金を払う。
そのまま進んで男と書かれた青色ののれんをくぐって、ロッカー前へと移動する。

(,,゚Д゚)(思ってたより広いな)

 スーパー銭湯だ、とギコは呟く。
 靴下を脱いだ後、足裏に伝わるひんやりとした感触が心地良い。

124 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:40:34.66 ID:nnW3+x6t0
 バスタオルとタオルを忘れたことに気付いてどうしようか、とギコが困っていると、
すぐに従業員が両方を手に駆け寄ってきた。
ギコが礼を言って受け取ると、従業員はそそくさと立ち去りどこかへと行ってしまった。

 見回すと従業員が数名、同じように働いていた。
怯えたような表情の者もいれば、感情をまったく表情に出していない者もいる。

 生気が感じられない濁った目、異常なまでの存在感の無さ。
ふらふらした足取り、不気味と呼ぶに相応しい雰囲気。
死んでいるように生きている、幽霊とも呼べるような存在だった。

 全員、が黒い首輪をつけて一言も喋らない。
 全員、全てを諦めたような影が顔に落ちていた。

(,,゚Д゚)(事務的にも、いや、陰気過ぎるにも程があるぜ)

 ロッカーに無理やり服を押し込んで、腰にタオルを巻いて風呂場へと続く扉を開く。
あまり人数のいない大浴場を見てちょっとした独占欲を覚える。

 湯船に浸かる前に体を洗うのがマナーだっけ、と学生時代に怒られたことを思い出す。
あの頃は走ってきてダイブしたっけ、と続けて懐古に浸った。

 視線を湯船から外した直後、湯船に飛び込む音がギコの耳へと届く。
慌てて振り向いてみれば、彼が昼に見た顔が水面へと飛び込んでいた。

(,,;゚Д゚)「エクスト?」

127 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:42:51.33 ID:nnW3+x6t0
<_プー゚)フ「お? おぉ! ギコじゃねーか!」

(,,゚Д゚)「お前もここに来たのか」

<_プー゚)フ「あれだけの大人数で運動した後だから、なんだか一人さびしく風呂に入るのが嫌でなぁ」

 桶を二つ取り、椅子へと腰掛ける。
シャワーで体を濡らして、頭を洗う。
相変わらず髪の毛が多いな、とギコはエクストを見て思う。

(,,゚Д゚)「やっぱり変わってないな、お前」

<_プー゚)フ「そりゃあどういう意味だよ」

(,,゚Д゚)「学生のままって感じだ」

<_プー゚)フ「あぁん? 進歩してないとでも言いたいのか?」

(,,゚Д゚)「違うかな、いや、まぁそうなのか? でも、なんか違うんだよなぁ」

<_プー゚)フ「何言ってんだお前?」

(,,゚Д゚)「いやさぁ、ガキの頃は早く大人になりたい、とか思わなかったか?」

<_プー゚)フ「いや、思わなかったなぁ。 働きたくなかったし」

(,,゚Д゚)「なんだかうまく言えないけれど、きっとそう言うことなんだよ。
     今日のサッカーでもお前は楽しそうでさ」

130 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:45:25.95 ID:nnW3+x6t0
<_プー゚)フ「みんな楽しそうだったろ」

(,,゚Д゚)「でも、どこかやっぱり考えてるんだよ。 心の片隅で仕事のことをさ」

<_プー゚)フ「なんだよ、俺だけが心から楽しんでる馬鹿みたいじゃねーか」

(,,゚Д゚)「ボレーシュート決めた後、すげえはしゃいでただろ」

<_プー゚)フ「あれは普通だろ。 スパーンと決まったからな。 嬉しかった」

(,,゚Д゚)「自由人だよなぁ、お前は」

<_プー゚)フ「はっはっは、仕事辞めれば良いのに」

(,,゚Д゚)「そういう訳にもいかねーんだよ、仕事だから」

<_プー゚)フ「おいおいおい、らしくもないなぁギコ。
       なんか急に気持ち悪いこと言い出したと思ったら、愚痴か?」

(,,゚Д゚)「愚痴ってわけじゃあないさ、仕事は充実してると思うし。 悩みも無い、はずだ」

<_プー゚)フ「ならそれでいいだろ、なんでわざわざ俺に話すんだよ。
       俺に聞いて欲しいのか? そして、俺に相談してどうなるんだよ」

134 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:47:37.93 ID:nnW3+x6t0
(,,゚Д゚)「……」

<_プー゚)フ「スパーンと決めちまえ。 学生ん時みたいに刹那的に生きれば良いんだよ」

 お前にボレーシュート決めさせてやれば良かったかな、そう言ってエクストはわしゃわしゃと髪の毛を洗い始める。
ギコはそれを数秒間見て自分も洗髪を開始した。


 湯煙漂う空間。
ごしごしと体をこする音とばしゃあと水を流す音だけが風呂場に響く。

 どちらとも無く立ち上がり、湯船へと身を浸けた。
かぽーん、と擬音が表示されているであろうふいんきの中、二人は額にタオルを置く。

<_プー゚)フ「あー、んぎもちー」

(,,゚Д゚)「なにいってんだ」

<_プー゚)フ「うっせ。 それよりさーギコー」

(,,゚Д゚)「何だ?」

<_プー゚)フ「この辺りで最近殺人事件や強盗事件が多いだろ?」

(,,゚Д゚)「最近というか、二、三ヶ月前からだけどな。
     犯行範囲もここVIP県全域から隣のプラス県まで、と広いな。 足取りはほとんどつかめない」

<_プー゚)フ「おうおうさすが警察官だ。 詳しいねぇ」

(,,゚Д゚)「これぐらいならニュースでやってるぞ。 詳しい部分を一般人に教えるわけ無いだろ」

137 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:50:22.39 ID:nnW3+x6t0
<_プー゚)フ「国家の犬め!」

(,,;-Д゚)「いいから話を先に進めろ」

<_プー゚)フ「そうそう、んでな、それの犯人ってまだわかんねーだろ?」

(,,゚Д゚)「あぁ……証拠がほとんど無くてな、ありゃあかなり計画的だ」

<_プー゚)フ「その犯人の情報を俺が持っているって言ったらどうする?」

(,,゚Д゚)「……それマジで言ってるのか?
     証拠をあるならすぐに出せ。 マジなら俺総力を上げて聞き出すが」

<_プー゚)フ「ネタにマジレスwwwwwwwwと笑いたい所だが、違うんだなこれが。
       犯人な、どうやら『ミガワリ』らしいぞ」

(,,;゚Д゚)「はぁ? 何言ってんだよお前。
      学生時代から頭のネジが取れてしまってるような奴だな、と思ってたが……、
      まさかもう全て弾け飛んじまったか?」

<_プー゚)フ「そこまで言うなよ、傷付くぜ」

(,,゚Д゚)「今時幼稚園児でももう少しマシな推理するよ」

<_プー゚)フ「いや俺も良く分からないんだけど、ここの従業員いるだろ? 何かと世話を焼いてくれる」

(,,゚Д゚)「無表情で無口で、ちょっと不気味だよな。 仕事だから仕方ないとは言え」

141 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:53:40.61 ID:nnW3+x6t0
<_プー゚)フ「そう言うなよ。 良い人たちだぜみんな。 困ってたらすぐに解決してくれるしな」

(,,゚Д゚)「よくここにくるのか?」

<_プー゚)フ「まぁな。 というか、そんなことは置いといて。
       その従業員から紙を貰ったんだよ」

(,,゚Д゚)「かみぃ?」

<_プー゚)フ「おう、宗教のほうでも頭髪のほうでもねーぜ? 植物繊維から作られるほうだ」

(,,゚Д゚)「分かってるよ、で、何が書いてあったんだ?」

<_プー゚)フ「えーと確かな、かなり汚い字で走り書きされてたから読み辛かったが……、多分合ってるだろ」

(,,゚Д゚)「よし言え」

<_プー゚)フ「『助けてください。 ここは人間牧場です。
        信じられないかもしれませんが、素直クールが管理する、数あるうちのひとつの『人間牧場』です。
        私たちはみんな舌を切り取られて、喉を潰されたため話せません。 外に助けを呼べないようにです。
        そしてこの内容を誰にも見られないでください。 誰にも言わないでください。 バレたら死にます』」

(,,゚Д゚)「……俺には言って良いのか?」

<_プー゚)フ「……独り言だ、独り言。 近くでたまたま知り合いの警察官が聞いてただけだ」

(,,゚Д゚)「……」

<_プー゚)フ「……」

143 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:56:28.81 ID:nnW3+x6t0
(,,゚Д゚)「それにしても、訳が分からん。 何で『ミガワリ』だって分かるんだ、書いてないじゃないか」

<_プー゚)フ「文章を読んで理解した瞬間、俺の中の正義感が燃え上がってさー、従業員を助けてやろうと思ったんだよ。
       喉とか潰されてるぐらいだから、管理者のことぐらい知ってるだろう、と思って質問した。
       『酷いことするなぁ、こいつは何者だ?』ってな、そしたら」

(,,゚Д゚)「……」

<_プー゚)フ「そしたら、蛇に睨まれた蛙みたいに竦みあがって、周囲を警戒してから『ミガワリ』って言ったんだよ」

(,,゚Д゚)「声出せないんじゃなかったのかよ」

<_プー゚)フ「おいおい、俺の学生時代を忘れたか?」

(,,゚Д゚)「変人、この二文字に尽きるね」

<_プー゚)フ「多彩、の二文字じゃないのか」

(,,゚Д゚)「超能力とか言って手品を披露するわ、読心術やら読心術やら筆跡鑑定やら女声の練習やら……。
     果ては架空請求業者から逆に金を引き出そうとしてたっけ?」

<_プー゚)フ「もう少しだったんだけどな、相手の上司が手強かった。
       ちょっと話してたら電話を切られた。 かけ直したら着信拒否されててビックリしたな」

(,,゚Д゚)「アホか」

<_プー゚)フ「俺の女声で動揺してたの誰だよ」

(,,゚Д゚)「お前から電話がかかってきたと思って出たら、女の声がするんだ。 そりゃビックリするわ」

145 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 14:58:37.78 ID:nnW3+x6t0
<_プー゚)フ「会いましょうって話になって、待ち合わせ場所決めて、
       目印として股間にウマー棒挟んで待ってて、って言われて、駅前で股間にウマー棒挟んでたの誰だっけ?」

(,,゚Д゚)「声だけなら、生涯ベスト三位には入る美しさだったからな……仕方ない。
     それよりお前大丈夫なのか? 管理されてるって言うぐらいだからカメラとかで監視されてるんじゃねーの?」

<_プー゚)フ「ははっ、話題すり替え乙。
       それは俺も警戒した、そして相手も分かってたのかバスタオルの間に挟んであったぞ」

(,,゚Д゚)「お前もバスタオル忘れたのか?」

<_プー゚)フ「いや俺は持ってきたことが無い」

(,,゚Д゚)「最低だなお前。 俺も忘れたんだが貰わなかったな、紙。
     人を選んでるってことか? それにしてもニートに助けを求めるなんて、その従業員も運が無いな」

<_#プー゚)フ「うるせー違うわ! ニートじゃねーよ! フリーターだっての!! 国家の犬め!!」

(,,゚Д゚)「公務員は最高だぜー。 ふわはははははははは」

 大量の湯煙が上がる銭湯内。
ギコの笑い声はタイル張りの銭湯内に大きく反響した。

147 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:00:40.92 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

川 ゚ -゚)「ちっ、面倒なことになった」

 軽快にキーボードを弾く指を止めて、素直クールは呟いた。
目の前のパソコンから繋がっているヘッドホンを耳から外して、コードを引っこ抜く。
すると、反響して聞き取りにくかったが、エクストとギコの声や多数の話し声が聞こえた。

 数台のパソコンが素直クールを囲むように置かれており、彼女の正面の画面には、
ギコとエクストが入浴している男湯、隣の女湯内、そして受付、ロビー。
それらが斜め上空から見下ろす形で映し出されていた。

 男湯以外の音声を切り、後ろにいる同胞にも聞こえるように音量を上げる。

【「この辺りで最近殺人事件や強盗事件が多いだろ?」】

【「『最近というか、二、三ヶ月前からだけどな。
   反抗範囲もここVIP県全域から隣のプラス県まで、と広いな。 足取りはほとんどつかめない】

【「おうおうさすが警察官だ。 詳しいねぇ」】

【「これぐらいならニュースでやってるぞ。 詳しい部分を一般人に教えるわけ無いだろ」】

【「国家の犬め!」】

149 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:03:34.56 ID:nnW3+x6t0
 薄暗い空間に、機械を通した音声が響く。

 外の光が一片すら入らないように遮断されたそこは、ただひたすらに冷たく静まりかえっていた。
照明は、天井から吊らされたくすんだ照明と、パソコンの四角く淡い光のみ。

 浮き上がるように照らされた部屋内の棚には無数の酒瓶が並んでいる。
乱雑に配置された椅子やテーブル、壁際のホワイトボードに張られて広げられた地図や人の写真。
地図の一部分が赤いマジックペンで囲われており、数枚の顔写真に×印がついていた。

 照明は部屋内にいる、三つの人影を照らし出す。
ソファーに腰掛ける素直クールと、椅子に座りテーブルに足を投げ出したハインリッヒ。
煙草をくわえて、義手と義足の整備点検をするショボン。 全員が無言で会話を聞いていた。

【「いいから話を先に進めろ」】

【「そうそう、んでな、それの犯人ってまだわかんねーだろ?」】

【「あぁ……証拠がほとんど無くてな、ありゃあかなり計画的だ」】

【「その犯人の情報を俺が持っているって言ったらどうする?」】

【「……それマジで言ってるのか?
  証拠あるならすぐに出せ。 マジなら俺総力を上げて聞き出すが」】

【「ネタにマジレスwwwwwwwwと笑いたい所だが、違うんだなこれが。
  犯人な、どうやら『ミガワリ』らしいぞ」】

150 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:06:03.99 ID:nnW3+x6t0
 腰まで伸ばした黒髪に、毅然とした顔立ち、見た者に潔癖そうな印象を与える素直クール。
肩まで伸びている毛先の跳ねた銀髪、釣りあがった口角、端正な顔立ちをしたハインリッヒ。
垂れ下がったハの字眉毛、自信が無さそうな表情から、温厚で柔和な印象を受けるショボン。

 音声が流れている。
 ハインリッヒは全裸でソファーの背もたれに体重を預け、天井を見上げていた。

【「助けてください。 ここは人間牧場です。
  信じられないかもしれませんが、素直クールが管理する数あるうちのひとつの『人間牧場』です。
  私たちはみんな舌を切り取られて、喉を潰されたため話せません。 外に助けを呼べないようにです。
  そしてこの内容を誰にも見られないでください。 誰にも言わないでください。 バレたら死にます」】

【「……俺には言って良いのか?」】

【「……独り言だ、独り言。 近くでたまたま知り合いの警察官が聞いてただけだ」】

 素直クールが音声を遮断してハインリッヒとショボンの方へと視線を向ける。
彼女は視覚で知覚は出来ないがしっかりとその瞳は二人を捉えていた。

(´・ω・`)「ちょっと待ってね、もう少しで終わるから」

 一本一本の指まで曲がる、真っ黒な柔軟金属義手で、
同じ材質の黒い義足の点検をしながらショボンが口を開いた。
素直クールが了解のむねを伝えて、再びパソコンを操作する。

153 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:08:31.99 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「クー」

川 ゚ -゚)「何だ」

从 ゚∀从「今の会話が聞こえたのって、銭湯だよな?」

川 ゚ -゚)「そうだが」

从 ゚∀从「『人間牧場』なのか?」

川 ゚ -゚)「さっきそう言ってただろう、まだ作ったばかりだけれどね」

从 ゚∀从「だろうな、クーにしては甘いと思ったんだ。 他に比べてセキュリティが甘い」

川 ゚ -゚)「教育が足りなかったようだな」

从 ゚∀从「教育と言う名の調教だろ、いや拷問か」

(´・ω・`)「行くんでしょ? 場所は?」

川 ゚ -゚)「ホライオンアパートの近くの銭湯だ」

(´・ω・`)「ああ、あそこね……いつの間に占拠したんだい?」

川 ゚ -゚)「先週だ」

154 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:10:27.53 ID:nnW3+x6t0
 よし、とショボンが立ち上がり煙草を灰皿に押し付ける。
続いて椅子にかけている黒コートを羽織り、内ポケットから二本目を取り出して銜える。
全裸のハインリッヒがショボンを睨みつけるが、いつものようにショボンはおどけた。

(´・ω・`)「もう『毒』だらけなんだ。 いまさら同じだろう?
      それよりハイン、そろそろ行くから服着なよ」

从 ゚∀从「へいへいへい、皆殺しにする訳だ」

(´・ω・`)「そりゃあそうだろう、生き残ったら面倒だから確実にね」

从 ゚∀从「俺に正確さや確実性を求めるな。 俺たちはそんな確実に出来ていないだろう?」

(´・ω・`)「けど、僕たちに失敗は許されないよ」

 ジーンズを履いて、Tシャツを着ながらハインリッヒは昼に出会った路地裏の少年を思い出していた。
今頃は家に帰って眠っているだろうか、と思う。

川 ゚ -゚)「しかし銭湯内に湯煙があるとはいえ、刃物を持って入るのは目立つな。
     何か小道具を持ってくるよ」

从 ゚∀从「あー運動すんの? ちょっと吐いてくるわ」

川 ゚ -゚)「さほどしないと思うが」

从 ゚∀从「どっちにしろ体が気持ち悪いんだよ。 俺に胃は無いからな」

156 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:12:46.03 ID:nnW3+x6t0
 そう言って便所に消えたハインリッヒを確認してから、素直クールも立ち上がる。
何か思いついたんだろうな、とショボンは両手両足が思い通りに動くか確認しながら目で追った。
義手義足が隠すためとはいえ長袖長ズボンに黒コート、全身黒一色は逆に目立つかな、と心で呟く。

 大量にビニール袋を抱えて戻ってきた素直クールに指示されたショボンが、それらをまた大きな袋に入れる。
大きな袋が二つになったところで、素直クールはよし、と手を叩いた。

 そしてハインリッヒが帰ってくる。

(´・ω・`)「こっちはもう準備完了だよ」

从 ゚∀从「その袋か? おーけい、行こうか」

(´・ω・`)「顔色優れないけど、大丈夫?」

川 ゚ -゚)「見えないがいつものことだろう。 嘔吐音もいつもと同じだったぞ」

从 ゚∀从「中々気持ち悪いこと言うな」

川 ゚ -゚)「すまんな、これぐらい四感が無いと補えないんだ」

(´・ω・`)「そんなこというけどさ、目は開いてるし相手の位置も間違えないから、それはもう見えてるよね」

从 ゚∀从「何度目の台詞だよそれ」

 結構な重量になった袋を担いで、ハインリッヒが笑う。
そして思い出した様子で続けた。

从 ゚∀从「今日、そういえばトロイメライを聞いたよ」

157 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:14:33.61 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ -゚)「シューマンか?」

(´・ω・`)「あぁ、『子供の情景』に収録されてる奴だっけ? よくそんな昔の曲を聴いたね」

川 ゚ -゚)「あれは我々に対した酷い皮肉だよ。 なんせ、『子供心を描いた大人のための作品』なんだからな」

(´・ω・`)「子供って呼べる前に、ほとんど死んじゃうからね」

从 ゚∀从「曲名も酷いもんだ。
    『夢』や『夢想』を意味するトロイメライ……俺たちに対する挑戦状としか思えないぜ。
     そこまで皮肉られたら現実に変えてやろうって思うね」

(´・ω・`)「思う、だけじゃないけどね」

从 ゚∀从「なぁこれ何が入ってるんだ?」

川 ゚ -゚)「水につけると面白いことになるぞ」

从 ゚∀从「……行って来るよ」

川 ゚ -゚)「死ぬなよ」

(´・ω・`)「死なないよ。 危機感の無い『健常者』どもに殺される訳が無い」

从 ゚∀从「さーて『ミガワリ』の『ミガワリ』による『ミガワリ』のための戦いを始めようじゃねーの」

 ハインリッヒとショボンが、壁に固定された鉄の梯子を登る姿を見て、素直クールは微笑んだ。

159 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:16:44.71 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 エクストとギコがサウナにどちらが長く入っていられるか、と定番の遊びをしている頃にも事態は進行していた。
ギコとエクストはお互いに意地を張っていたが、
エクストが切り出した引き分けと言う案をギコが受け入れたことで、二人は熱地獄から解放された。

 サウナ室を飛び出して水風呂へとダイブするエクストを見て、ギコは笑う。
続いて自分も桶で水を汲み、体を冷やすために冷水を浴びる。

(,,゚Д゚)「つめてー」

 だが心地いい、と続けながら水を自身へとかけ続ける。
水風呂で潜水していたエクストが浮上して、ギコへと勝負を申し込む。
それを軽くあしらったギコは湯船へと向かった。 エクストは不満を漏らして渋々それについていく。

<_*プー゚)フ「うあぁあ〜」

(;,,゚Д゚)「お前いくつだよ」

<_*プー゚)フ「同い年だろーわすれたかー」

(,,;゚Д゚)(意図が伝わんねぇ)

 しばらく無言で二人は湯船へと浸かっていた。
 やがて扉の開く音が聞こえるが、二人は特別気にすることもなく目を瞑っていた。

162 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:18:55.40 ID:nnW3+x6t0
 はじめに異常に気付いたのは、少ない頭髪に気を使いながら頭を洗っていた中年の親父だった。
白煙の発生量が尋常じゃないと気付いて、大声で叫んだのだ。

 突如響いた大声にギコとエクストは驚いて目を開く。
 明らかに湯煙ではない、濃い色をしている煙。

(,,;゚Д゚)「こりゃあ、ヤバいぞ」

<_*プー゚)フ「うおおう!? なんじゃこりゃあ! すげぇ! っひょーwwwwww」

(,,;゚Д゚)「案外笑い事じゃないぞエクスト、明らかな異常事態だ」

<_;プー゚)フ「……もしかしたら、すっげぇ有名人がやってきたんじゃね?」

(,,;゚Д゚)「ここで歌を歌うわけじゃあるまいし」


 軽口を叩いている場合じゃない、とエクストもギコも理解する。
数歩先も見えないほどに溜まった白煙の向こう側から悲鳴が上がった。
悲鳴が悲鳴を呼び、事態は狂騒と化す。

 充満する白煙。
ハインリッヒとショボンが銭湯内へと持ち入ったドライアイスを袋から取り出し、湯船の中に投入したのだ。
大量に投入されたドライアイスは膨大な量の煙となり、銭湯内に充満する。

(,,;゚Д゚)「!!」

163 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:21:12.37 ID:nnW3+x6t0
 白で埋め尽くされたギコの視界に、赤が混じった。
不意に出現したそれは何度か見たことがあるもので、鮮明に脳に残る。
ばしゃり、と水をはじいて倒れこむ音が聞こえて、ギコは体を硬直させる。

<_;プー゚)フ「逃げるぞ! ギコ!!」

 状況を一番早く把握して、現在取れる最善の行動を実行したのはエクストだった。
ギコへと言葉を矢のように放ち、この広い銭湯内の扉を目指して駆ける。

 数メートル先も見えないホワイトアウトしたかのような世界。
 滑って転んでしまわないように、自分を先導するエクストの背中を追うことが精一杯だった。

 白に混じって視界の端で吹き上がる赤、水がはじける音と悲鳴が飛び込む聴覚、完全に考えることを放棄した脳内。
彼は半ばパニック状態に陥っており目の前の事態に意識を止めることが出来ず、状況が理解できない。

 一度も体制を崩すこと無く、エクストはギコに背中を見せて進んでいく。
ギコは何度も転倒しそうになる体を支えて必死に後をついていった。

(,,;゚Д゚)「うお――ッとぉ!?」

166 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:23:32.59 ID:nnW3+x6t0
 不意に、ギコはやわらかい『何か』を踏みつけてバランスを崩して転倒する。
水を叩く音、生暖かい温度と密集した毛のような感覚が手に伝わる。
『何か』を確認するために首を後ろに向ける、自分の足が赤く染まっていた。

 濃い毛で埋め尽くされた脂肪ばかりの太い足、丘を思わせる膨れ上がった腹の肉。
重力にしたがって垂れ下がっている乳房、力なく真横に開かれた両の腕。
そして、鋭利な刃物で切り裂かれた頚動脈から飛び散り続けている、傾き千切れそうな真っ赤な首。

 生気を完全に失った濁った目に、ギコの表情が映っていた。

<_;プー゚)フ「ギコッ!!」

 エクストが立ち止まって声をかける。
駆け寄らずに、声だけを投げかける。

(,,゚Д゚)「あ――」

 ギコは状況を把握して、その瞬間体の底から嘔吐感がこみ上げる。
 床の血溜まり、自分の荒くなった呼吸音、心拍数の急速な上昇。
大量の血が飛び散った自分の体。 その液体を出した人間が横たわっている。

 空気中に充満した二酸化炭素を呼気と吸気の繰り返しによって、取り込む。
眩暈、頭痛、吐き気がぐるぐると回ってギコを襲う。

 朦朧とする意識の底でギコはエクストの困惑した顔を見た。

169 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:25:57.30 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

<_;プー゚)フ「畜生ッ! 何やってんだ警察官!!」

 こんな所で寝たら死ぬに決まってる、犬でも分かるだろ、とエクストは心の中で感嘆符をつけて悪態を吐く。
それから意識を手放したギコへと体制を崩さないよう素早く駆け寄る。 隣の死体には目を向けなかった。

 ギコの頬を数回はたくが、反応はない。
ぐったりとした体を起き上がらせて、ギコの体を支えながらエクストは歩く。

<_;プー゚)フ(こりゃあヤバいぜ……)

 ギコの体を支えて重くなった体の右側を引きずって一歩ずつ前に進む。

 聴覚に飛び込んできていた悲鳴はいつの間にか聞こえなくなっており、タイルの上を叩く音だけが聞こえる。
視線を下に向けて足元を見ると、真っ赤な液体が流れてきていた。 どろり、といつの間にか多方向から。

 急いで風呂場を出て喚起しなければ、ギコのように意識を手放してしまうのは明白だった。
出来るだけ動じず、意識を止めて、浅くゆっくりとエクストは呼吸を繰り返す。

 視界内を埋め尽くす白い煙は見覚えがあった。
 音楽などの舞台での特殊効果に使用されるドライアイスだ。
全てを埋め尽くすほどの白煙の量は、風呂場のお湯に大量のドライアイスを投入したのだ。

 エクストの視界の端で影が揺らめいた。
意識が無意識のうちにそちらに集中する。

<_;プー゚)フ(誰だ……?)

172 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:28:54.30 ID:nnW3+x6t0
 二つの影が見えて、手前の影の首から血煙が舞った。
手前の影は崩れ落ちて、背後の影の全貌が見える。

(´・ω・`)「よっ……と」

 全身が黒色で統一されている男だった。

 自分に自信のなさそうな、垂れ下がった眉がやけに印象に残る。
両腕に握っている銀色のナイフに赤い色がこびりついていた。

 エクストという動物個体の本能が警報を鳴り響かせた。
 瞬間的に肌が粟立ち、全身から血の気が引く。
 ああ、見つかったら死ぬな、とやけに冷静な自分がいた。

(´・ω・`)「んー、これで殲滅かなー?」

 ショボンは首を回してエクストとギコとは逆の方向を見る。

 こちら側から顔が認識できる距離だ、一瞬でも視界に入ったら気付かれ、殺されるだろう。
 長居は危険だが一旦戻るしかない、と音を立てないように後ずさる。

 ショボンが生き残りがいないか再び確認しようと来た道を戻ろうとした刹那。
エクストがもう一度態勢を整えられる、と安心した瞬間。

<_;プー゚)フ(しま――っ)

 安心して力が抜けてしまい、ギコが床へ崩れ落ちる。
 足元は、いつの間にか透明度を無くしており赤く染まっていた。

(´・ω・`)「ん?」

173 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:30:58.33 ID:nnW3+x6t0
<_;プー゚)フ「ッらあああああああああああああああああ!!」

 右肩を前に突き出す姿勢でショボンへと飛び込むエクスト。
振り向きざま、不意をつかれたショボンが吹き飛ばされて倒れこんだ。

 その横を全力で駆け抜ける。

 恐怖に押しつぶされないよう大声を上げながら、もう生き残っている人間はいないであろう風呂場を駆ける。
途端、エクストと言った平凡な青年の現実とはかけ離れた、不快な臭いが彼の鼻をつく。

 彼を纏う時は速度を落として緩やかに進み、視界に入るものが鮮明に脳裏に焼きつく。
視界を奪い煙の中に含まれる、濃厚な血の臭い。

 血の海と化した足元、周囲の壁、目の前の扉、
タイル張りの床は鮮血に染まり、累々と折り重なる死体がおぞましい光景を広げている。

(´・ω・`)「逃がさないよっ!!」

 『健常者』どもは皆殺しだ、と感嘆符で強調されたショボンの復讐の言葉と同時に、ナイフが飛んだ。

 脳からの電気信号を受けた、柔軟金属で精製された義手。
指令通りに変化した腕から投擲されたナイフは白煙で染められた空間を裂いて、一直線に標的へと向かう。
 目視できない煙の向こう側から悲鳴が聞こえて、ショボンはゆっくりと歩きだした。

<_;プー゚)フ「い――ってぇ……見えてんのかぁ? あいつ」

174 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:33:27.00 ID:nnW3+x6t0
 右大腿部の裏に走った激痛に耐え切れず、エクストは倒れこんだ。
 飛び散った血溜まりから気力で立ち上がり、朦朧としてきた意識を繋ぎ止めて出口へと足を引きずって歩く。

 充満する血の臭い、力なく横たわる人体。
シャワーから流れ続けている水の音。 粘り気のある足元。

 その全てから開放される、目の前の扉。

 脱衣所と風呂場を隔てる、目の前の扉。

<_;プー゚)フ「――っあああああああああああ!!」

 取っ手を掴んで、思い切り横へと腕を振る。

 普通が一番素晴らしく平凡こそが幸せだ、とエクストは思った。
目先の幸せを握り締めて、毎日をしっかりと生きていくのだ。 それが一番良い。

 ああ、世界はこんなにも美しい――。 

 目の前に広がる輝かしい空間を見て感じる。
照明が明るくエクストを照らし、冷たく心地良い空気を肌で浴びた。
現世の地獄だと形容できる背後の世界とは対照的な、ただ平凡な素晴らしい世界がエクストの目の前に広がっていた。

178 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:36:40.63 ID:nnW3+x6t0










(´・ω・`)「逃げないでよ、『健常者』」




 なんてことは、まるでない。


 状況は変わらない。
 目の前の光景は、白煙が無くなったのみで他は何も変わらない。

182 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:38:59.63 ID:nnW3+x6t0
<_;プー゚)フ「は、はははっ……マジかよ」

 四方八方に飛び散った、おびただしい量の血液。
鼻を刺す強烈なヘモグロビン臭。 少年、青年、大人、老人、従業員。
男湯に存在していた全ての『健常者』が絶命していた。

 どくんどくん、と心臓が激しく動く。
それに合わせてナイフの刺さった部位が痛むのをエクストは感じている。

(´・ω・`)「逃げたって、逃げ場なんてありはしないよ」

<_;プー゚)フ「ははっ、良いのか? 風呂場内に正義の味方を残してきてるぜ?」

(´・ω・`)「……なるほど、警察官ね。 ただの国家の犬だろう?」

<_;プー゚)フ「違いねぇな。 じゃあ、意気投合したところでお前は中へと戻れよ」

(´・ω・`)「どうせ放って置いても二酸化炭素中毒で死ぬからいいよ」

<_;プー゚)フ「ったく……あれだけの量のドライアイスだぜ……?
        受付の姉ちゃんたちはなにやってんだよ……」

(´・ω・`)「見に行けば良いじゃないか」

<_;プー゚)フ「この状況で理解できないほど馬鹿じゃねぇよ」

(´・ω・`)「君たち『健常者』どもはみんな愚かだよ」

<_;プー゚)フ「おいおいまさか……『ミガワリ』かよ、お前」

184 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:40:57.56 ID:nnW3+x6t0
(´・ω・`)「君の独り言のおかげでここの異変に気付けた、お礼をするよ」

<_;プー゚)フ「そりゃあ嬉しいね、何をプレゼントしてくれるんだ?」

(´・ω・`)「決まってるじゃないか……死だよ!」

<_;プー゚)フ「畜生やっぱりな!」

 言葉が終わると同時、脚に突き刺さったナイフを引き抜いて、ショボンへと投げつける。
ショボンは体目掛けて飛んでくるナイフを慌てることなく腕で払う。
視界は背を向けたエクストを捉えている。

(´・ω・`)「今更、一分一秒程度逃げ延びたって、何の意味も無いだろう。 無駄だとは思わないかい?」

 足元の健常者の死体を踏みつけて、言葉と共に歩む。
粘る血の上を、赤く染まった首の上を、真っ赤な花の咲いた胴体の上を。

 ショボンは手に持つナイフを投げた。
痛みを噛み殺して走るエクストへと突き刺さる。

<_;プー゚)フ「――くぅっ!」

(´・ω・`)「走るから、ズレたじゃないか」

<_;プー゚)フ「お前がノーコンなんだろ!」

(´・ω・`)「じっとしてれば、ここの『健常者』どものように苦しまずに死なせてあげたのに……。
      まだ逃げる気かい? ここまで諦めが悪いのも珍しいよ」

185 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:43:22.07 ID:nnW3+x6t0
 黒コートの内側へと手を入れて、取り出す。
手に持ったナイフを投げる。 左足へ突き刺さる。 悲鳴。

(´・ω・`)「まだ逃げる気? そろそろ諦めてゲームオーバーにならない?」

 倒れこみ、両足から噴出す血を見てもまだ立ち上がろうとするエクストを見てショボンは呆れる。
 数秒間かけて、エスクトはロッカーに体重を預けて立ち上がったが、もう走れないと足が告げていた。

<_;プー゚)フ「お前ら、一体、何がしたいんだよ」

(´・ω・`)「何? って……目的なら一つだよ。 『復讐』さ」

 数少ない血で濡れていない部分にショボンが足をつく。
カツン、と高い音が響く。 ショボンは両手を広げて言葉を続けた。

(´・ω・`)「罪深い僕たちのような存在を、誰も理解しようとせず、受け入れはしない。
      だから、居場所は自ら手に入れる事にしたんだ」

<_;プー゚)フ「はぁ……?」

(´・ω・`)「『ミガワリ』は殺す――世間一般の常識として認知されてしまったこの言葉。
      誰のおかげで君たち『健常者』どもは救われた? 好き勝手やってきた代償のツケは誰が払った?」

<_;プー゚)フ「……」

188 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:47:45.71 ID:nnW3+x6t0
(´・ω・`)「僕たちが救ってあげた、君たち『健常者』。 それが、酷く堕落していく。 愚かしいだけさ。
      そんな奴らは、存在する理由が無いんだよ。 ただ罪を垂れ流すだけで僕たちを苛立たせるだけだ」

<_;プー゚)フ「待て待て待て!! そんな語られても意味分かんねーよ!!
        理解だとか存在だとか、罪だとか居場所だとか!!」

(´・ω・`)「君たちには理解できないよ。 だから――これはただの独り言」

 手を伸ばせば届く距離にまで、二人は近づいていた。

 ショボンが別れの言葉を告げて、エクストの首が傾いた。

 吹き出るソレを見て、動脈は綺麗だなとショボンは呟いた。



190 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:51:36.73 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「おーっす、どうだった?」

(´・ω・`)「どうもこうも、簡単だったよ」

 女湯を担当していたハインリッヒは死体が転がるロビーの長椅子に腰掛けていた。
足をぶらぶらと動かしていることだけを見れば、微笑ましいのだが、彼女の横には血まみれの鉈が置いてあった。

从 ゚∀从「ドライアイスってあんなに煙が出るのな、ビックリした」

(´・ω・`)「少し興奮したから、ちょっと息苦しかったよ」

从 ゚∀从「んじゃ、そろそろ帰るぜー」

 天井の隅へと向いて鉈を掲げる、そこには目立たないが素直クールが仕込んだ監視カメラが取り付けられてあった。
目が見えないなんて、やはり嘘だろう、とショボンは半ば本気で口にする。

【「失礼な奴だな、何度も見えないと言ってるだろう」】

194 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:53:50.74 ID:nnW3+x6t0
(;´・ω・`)「うわっ!」

从*゚∀从「ショボンwwwwww驚きすぎwwwwwww」

(;´・ω・`)「いやまさか音声が出るとは……」

【「いいからさっさとバーに帰ってこい、いつそこに人が来るかわからんぞ」】

从 ゚∀从「そうだな、行こうか」

(´・ω・`)「クーの方も出来たのかい?」

【「あぁ、完了した。 とは言っても、私が手を下したわけじゃないがな。
  とある娘思いの『健常者』の父親がやってくれたよ」】

从 ゚∀从「そのビルはここから帰る途中に見えるか?」

【「火災だから、夜は目立つだろう。 きっと見えるさ」】

(´・ω・`)「クーも見たらどうだい?」

【「何度も言わせるなよショボン」】

(´・ω・`)「冗談じゃないか」

从 ゚∀从「空気の圧力で飛ぶペットボトルロケットで政府のビルを軽く破壊したって方が冗談みたいだよ」

【「軽く、ではないかな。 自慢の爆弾も仕込んだから、着弾した階は吹き飛んだと思うが」】

(´・ω・`)「少しズレてるけど、まぁいいや」

197 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:55:40.94 ID:nnW3+x6t0
【「そういえば、爆弾で思い出したよ、ハイン。 親指とか、背中とか大丈夫だったか?」】

从 ゚∀从「あぁ、問題なかったぜ、転がって変な感じだったけどな。
     とりあえず鉈振るぶんには問題ない。 衝撃も大丈夫だ」

(´・ω・`)「とりあえず、そろそろ帰ろうよ」

【「最後にこのカメラを破壊して行ってくれよ」】

从 ゚∀从「あいよ」

 ハインリッヒがカメラを鉈で壊して銭湯を出る。
己の得物以外に返り血を浴びていない二人はあまり目立つことなく夜道を歩く。

 火の粉を散らして踊るように燃え盛る橙色の炎。
炎の舞台となった高層ビルを見て、ハインリッヒとショボンは顔を合わせて笑う。




          「健常者の楽園であるこの素晴らしい世界に――終焉を」




 どちらとも無く呟いた言葉が、夏の夜空へと溶け込んだ。

199 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 15:58:18.21 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 透明な窓の外には青空が広がっていた。

 天井に取り付けられた無数の蛍光灯が室内を照らしており、その下には数人の人間がいた。
デスクの端に山を作っている書類を処理する者、画面とにらめっこする者。 キーボードを叩く者。
談笑どころか、独り言を発するものすらおらず、ただ無機質に張り詰めた空気が漂っていた。

 後ろに髪を纏めた、スーツ姿の女性が一息吐く。 次に、茶髪の男性の方へと一瞬視線を向けた。
お互いがしている左手薬指の指輪を見て少し微笑み、息を吸って、オフィス内に向けて芯の通った声を発した。
言葉に抑揚はあまり無かったが、彼女の声色には達成感が満ちていた。

(゚、゚トソン「いままで大変お時間を取らせて申し訳ありませんでした――今現在、居場所を捕捉しました」

( ・∀・)「ご苦労。 よくやってくれた、少し休むといい」

(゚、゚トソン「恐れ入ります。 言葉に甘えさせていただきます」

( ・∀・)「あの素直クール相手に良くやってくれた。 
      君がいなければまだまだ被害者は増えていただろう。 ゆっくりと休んでくれ」

203 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:02:00.80 ID:nnW3+x6t0
 ぷしゅー、と抜けるような音を鳴らせて彼女の体に合わせて扉が開く。
 失礼します、と頭を下げて彼女が退室した。

 いつも毅然としていた都村トソンの表情には近頃、明らかな疲労の色が浮かんでいた。
理由は誰でも分かる。 この頃起きている連続殺人事件だ。

 わずかな手がかりから相手側にバレないように、向こう側の情報を手に入れた。
本当は部下をもっと労ってやりたい所だが、それは全てが終わってからでも出来る、とモララーは考えていた。

( ・∀・)「さて、と。 VIP県にあるらしい、『バーボンハウス』へと向かおうか」




205 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:05:11.11 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

川 ゚ -゚)「だからハイン……なんでこんな単純なプログラミング言語が解らないんだ?」

(´・ω・`)「僕はもう解るよ?」

从#゚∀从「あーもー!! うっせーな!! 俺にはこんなもん必要ねーんだよ!!」

川 ゚ -゚)「あーはいはいそうですかー」

(´・ω・`)「ところでクー、ここなんだけど……」

川 ゚ -゚)「んー? 指差されても私はわからんよ」

(´・ω・`)「む、やっぱり本当に見えてないんだ?」

川 ゚ -゚)「引っ張るなぁ、ショボン」

从 ゚∀从「大体なぁ、どの場面で使うんだよこんなものよー」

川 ゚ -゚)「ゲームとかも製作できるぞ」

从 ゚∀从「クーは目が見えないんじゃなかったのかよ」

川 ゚ -゚)「私の目の前にある機械があるだろ? 今右手で持っている奴だ。 これが文字を読み上げてくれるんだよ」

206 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:07:17.82 ID:nnW3+x6t0
(´・ω・`)「プログラミング言語も?
      見えないんだったら、一文字ずつだったら面倒すぎてやってやれないと思うんだけど……」

川 ゚ -゚)「まぁ、その辺は私なりに改良したんだが……はっきり言って面倒だよ。
     だから四肢の無い天才君に手伝ってもらおうとした訳だが」

(´・ω・`)「このやろ」

川 ゚ -゚)「ふはは、あたらんよ」

(;´・ω・`)(どうして目が見えてないのに僕のパンチを避けれるのかな?)

川 ゚ -゚)「盲目関連の話題を出すなよ、あまり気分の良いものじゃない」

从 ゚∀从「だいたいさー、おかしいんだよ」

川 ゚ -゚)「この世がか? 何を今更」

从 ゚∀从「いや、いつもとは少し違う部分」

川 ゚ -゚)「何だ?」

从 ゚∀从「今や情報がほとんど電子だろ? 形の無いもの、自分で触れないものは俺は嫌いなんだよ。
     文明が進歩したんなら、なんで手で触れるものにしないんだ?」

(´・ω・`)「そんなハインリッヒちゃんの個人意見は何の役にも立たないのでした」

从#゚∀从「殺すぞしょぼくれ」

208 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:10:21.21 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ -゚)「よしショボン、今度はハッキングの方法教えてやろうか」

(´・ω・`)「お願いするよ」

从 ゚∀从「ケッ。 ちょっと外へ出てくるぜ」

(´・ω・`)「バーボンハウスはまだ開店前だからあまり騒がないでね」

从 ゚∀从「へいへい」

 薄暗い部屋、というよりは物置小屋であるここがハインリッヒたちの隠れ家だった。
表向きは「バーボンハウス」との名を冠するバーであり、そこから床一枚で繋がっているここの空間がアジトである。
バーとしての通常業務はショボンがカウンターに立って客の話を聞き、カクテルを出す、と普通のバーとなんら変わらない。

 ショボンの手のことも薄暗い店内も作用して、手袋をしていると言えば誰もが疑わなかった。

 ハインリッヒは棚から一本の酒瓶を掴んで、梯子を登る。
天井を押し上げると、ハインリッヒたちが余裕で通れる真四角の形に持ち上がった。
マンホールから這い出るような形でバーボンハウスのカウンター側の足元から現れる。

 床と完全に同じ色をした天井(床)をしっかりとはめ込んで、ハインリッヒは立ち上がる

从 ゚∀从(勢いで酒持ってきたけど、俺飲めねぇー)

 行儀悪くカウンターに腰掛けて、隣に酒瓶を置く。
ただただ静まり返った店内の窓から差し込む陽の光。
悪くは無いな、と何気なく見つめていた窓に、一瞬影が走った。

从 ゚∀从(あ?)

210 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:13:24.96 ID:nnW3+x6t0
 隠れるような素早い動きと、青い服装に腰に吊った拳銃。 時刻は早朝。
耳を澄ますと小さな話し声と複数の足音が玄関前から聞こえた。
異常事態だ、とハインリッヒは呟いた。

 慌ててカウンター側へと降り立ち、屈む。 拳で床をノックする。
ショボンが開けるまでの数秒間が、やけに長く感じられた。

(´・ω・`)「どうしたの?」

从;゚∀从「異常事態だ、誰か来てる」

(´・ω・`)「えぇー?」

从;゚∀从「ふざけてる場合じゃない。 マジだ」

(´・ω・`)「さっさと入りなよ」

从 ゚∀从「おう、そこどけ」

 身を翻して、半ば飛び降りるようにアジトへと降り立った。
着地時に膝を曲げて衝撃を殺したので、音はしなかった。

(´・ω・`)「あれ? ハイン、お酒は?」

从;゚∀从「げ、忘れた。 すまん」

(´・ω・`)「……トイレ掃除一週間ね」

从 ゚∀从「そんな悠長なこといってる場合か? 結構ヤバいんじゃねーの?」

211 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:16:16.10 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ -゚)「いや、問題ないよ」

 ほら、と素直クールは目の前にあるパソコンを見るように促す。
そこには、店を囲うように数十名の警察官が待機していた。

(´・ω・`)「クーに教わって操作してたんだよ」

川 ゚ -゚)「私は目が見えないからな。 リアルタイム、さらに対人は苦手なんだよ」

从 ゚∀从「知ってたのか、こいつらが今日来るって」

川 ゚ -゚)「何時に来るか、とか、何人で来るか、とか、誰がリーダーか、とかは判らなかったよ」

(´・ω・`)「リーダーはこの人っぽいね」

 ショボンが指差す画面を覗き込んでから、ハインリッヒは不満そうに素直クールを見た。

从 ゚∀从「教えてくれても良かったじゃないか」

 だからわからなかったんだ、と素直クールは少し笑って肩を竦める。

214 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:18:33.35 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 青い空と白い雲を背景に、飛行船が浮かんでいた。
会社の宣伝とは別に飛んでいる、一台の飛行船をモララーは見つめる。
はやく戻りたいな、と思わず口から漏らしていた。

 茶色の髪を掻いてから、煙草をくわえ、ジッポライターで着火する。
左手薬指の指輪を一瞥してから、右手指の間に煙草を挟む。
吸い込んで、灰色の煙を口から吐いた。

 モララーはバーボンハウス前で指揮を取っていた。
部下を疑っている、という訳ではないのだが、どうにも緊張感に欠けるのだ。

( ・∀・)(本当にここに犯罪者……いや、テロリストがいるのか?
      いや、居るんだろうな。 トソンの情報に嘘はありえない)

 さらに聞けばテロリズムを起こしているのは『ミガワリ』だと彼女は言った。

 モララーは都村トソンを信頼しているが、その情報だけは素直に受け止められなかった。
『ミガワリ』がそんな知能を持つまで生きていること事態が奇跡であり、
生き残っていたとしても、騒ぎにならずに生活できるはずが無いからだ。

 『ミガワリ』だとすれば、政治的目的はただ一つだろう。

( ・∀・)「本当、愚かだな」

 モララーが呟いた言葉は誰の耳にも入らない。

215 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:20:35.51 ID:nnW3+x6t0
( ´∀`)「準備できましたモナ」

 駆け寄ってきたモナー巡査部長が告げる。
 モララーは頷いてから煙草を足元へと投げ捨てて、足裏で踏み躙った。

( ・∀・)「総員突入」

 言葉と同時にモララーの部下が扉を思い切り開ける。
四角く切り取られて見える店内は、開店前なので当然薄暗い。

( ・∀・)「あまり急くな、確実にここにいるんだからゆっくり行こう」

 モララーの言葉を聞き入れたものはあまりおらず、我先に手柄を、と集団で店内へとなだれ込む。
彼は多少の苛立ちを覚えたが、まぁ仕方が無いかな、とため息を吐いて店内へと踏み入った。


 部下の集団が意気揚々と店内に入ったはずなのに、なぜかもう集団で停滞していた。
モララーが事態を把握するために覗いてみると、
カウンターの上に置かれている酒瓶をやけに警戒しているようだった。

218 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:22:29.07 ID:nnW3+x6t0
( ・∀・)(罠か……? いや、私たちが情報を掴んだことはバレていない)

 モララーは部下であり、婚約相手でもある都村トソンの顔を思い出す。
一瞬だけ思考した後、人を退かせて自ら酒瓶を掴んだ。

(;´∀`)「ちょ、ちょっと!? 警部補!」

( ・∀・)「ん? どうした?」

(;´∀`)「危険すぎますモナ! せめてもう少し考えてから……」

( ・∀・)「ほう、トソン君の情報が信じられないと?」

(;´∀`)「いっ、いえっ! そのようなことは……しかしですね……」

( ・∀・)「ほら、大丈夫だ。 何の問題も無い」

 片手で持ち上げて、集団へと放る。
 警察官たちの先頭に立っていた青年がたまたま受け止めた。

220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/07(日) 16:25:18.12 ID:nnW3+x6t0
( ・∀・)「ほらな?」

 受け止めた警察官は引きつった顔でモララーへと返事をした。


 それからしばらく店内を探すが何も見つからない。
 テロリストの証拠である証拠も『ミガワリ』である証拠も。

( ´∀`)「警部補、店内を全て探しましたが、何も見つかりません」

( ・∀・)「そんなはず無い」

( ´∀`)「いや、しかしですね……」

( ・∀・)「酒瓶をかき分けて探したか? 天井を剥がして探したか?
      カウンターをのけて探したか? 床をブチ抜いて探したか?」

(;´∀`)「い、いえ」

( ・∀・)「だろう? じゃあとりあえず、私は酒瓶からいくよ」

 巡査部長に言うと彼は集団へと伝える。
 モララーはカウンター背後にある酒瓶が並んでいる棚へと近寄り、一つずつ取り出し始めた。



232 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 16:52:42.82 ID:nnW3+x6t0
おい!!
>>1はさるってる間に布団に寝転がってたら意識を持っていたれてたらしいぜ!

顔洗ってくるから再開は10分後だってさ!!

261 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:37:16.17 ID:nnW3+x6t0
(゚、゚#トソン「産み出すとか言いますけどね! 『ミガワリ』と一般人を同じに扱わないでください!
      大体、常識常識って言いますけどね!
      貴方みたいに『ミガワリ』を庇護するような人と、私の常識が一致する筈ないんですよ!
      私は今、世界で一番『ミガワリ』が憎いんです! 大体、なんで『ミガワリ』を出産の直後に殺さないんですか!
      親は何を考えていたんですか! そんな親だからその『ミガワリ』が『健常者』を殺すんじゃないですか!!
      可哀想だなんて感情はいらないんです! 生きていてもどうせこの世に対して良いことなんて一つも無いんですから!!」

 憤慨している都村トソンの勢いは、止まるどころか勢いを増していく。
連続的に吐き出される言葉を変わらない表情で受けながら、ブーンは右腕をポケットへと突っ込んだ。

ミ,,;゚Д゚彡「待て待て待て待て!! 落ち着け二人とも!!」

 フサギコが二人の間に割り込んで、双方の胸を力強く押すと、お互いに一歩後退する。
ブーンの右腕の動きが止まり、都村トソンの口の動きも止まった。

 しかしフサギコが先ほど触れた胸の感触を確かめるかのように手のひらを見る。
そして触れた者の顔と己の手を見比べて――、

ミ,,;゚Д゚彡「おい……お前まさか……!」

( ^ω^)「気安く――触れるなおっ!!」

 笑顔の表情のまま、フサギコの顔面目掛けて振るわれるブーンの右腕。
反射的に体を反らすが、手に握られていたナイフによって、顔面を真一文字に切り裂かれた。
血が噴出し顔の下半分を同じ色に染まった。 痛みに悶えるフサギコをブーンが蹴り飛ばす。

264 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:40:03.31 ID:nnW3+x6t0
 都村トソンの視界にフサギコとブーンが映っていたが、脳はその情報を正確に認識しない。
焦点が合わずに、ぼんやりとしている視界と、『ミガワリ』に対する激怒の感情。
別人の神経のように切り離された二つの知覚器官は、都村トソンのこの後の人生に大きく影響する。

 ブーンが都村トソン目掛けて足を踏み出す。
 ブーンが都村トソン目掛けて腕を突き出す。
 ブーンが都村トソン目掛けて体をぶつける。

 彼の顔面の筋肉は動かないままだが、
ついこの間まで、彼の意識下に存在していなかった行動を、今現在、起こしていた。

( ^ω^)「世間の常識に抑圧された『健常者』。
       周りがやっているからという理由で、自分もその行動を取る、自己意識の無い『健常者』。
       革命は、マイノリティが起こすものなんだお」

 都村トソンが吸い込んでいた息を、吐く。
彼女の命が終わっていく。 呼吸と共に抜けていく。

(゚、゚トソン(あぁ……私も彼のところへ行くんですね)

 吐き出した気体が、血の表面に泡を作っていた。
口角から血が垂れて、地面へと落ちる。 ブーンはもう、都村トソンから体を離していて、ただ見ていた。

 口内にせり上がってきた大量の血液を吐き出すと、都村トソンは絶命した。
最後に彼女は、生真面目に仕事をする自分に話しかけてきた、モララーの幻影を見た。

266 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:43:15.16 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 フサギコが寝転んでいた数秒間。
それに気付いて慌てて立ち上がった時にはもう、全てが終わっていた。

 血溜まりを作って地に伏せる都村トソンと、べっとりと赤色のついたナイフを構えるブーン。
目の前で人が殺害された出来事と、笑顔のまま都村トソンを見下ろすブーンの姿。
さらに胸を触って、ブーンのことを知ったフサギコ。 激昂するには十分すぎた。

ミ,,#゚Д゚彡「っの『ミガワリ』があああああああああああああああ!!」

 平和そのものであるはずの、昼間の公園に相応しくないモノが、周囲に充満していた。

 腰から拳銃を引き抜くか、と一瞬逡巡するが、この近距離だ、と拳を振るった。
ブーンは『ミガワリ』ということを除けば、何の変哲も無いただの一学生である。
大人、さらに警察官であるフサギコの拳は、振り向いたブーンの頬へと直撃した。

 不意の衝撃に吹き飛ばされて、ブーンはナイフを取り落とす。
その隙にフサギコは仰向けに転がった彼の胴体へと馬乗りになった。

(;^ω^)「おっ……!?」

 一度倒したはずのフサギコが起き上がり、自分に馬乗りになっている。
その状況を把握できずに困惑しているブーンの顔面へと、拳を叩き込む。

269 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:45:16.72 ID:nnW3+x6t0
 顔が歪み、骨が接触する音がした。
鼻が歪んで、歯が折れて、フサギコの拳へと突き刺さった。

 マウントポジションから打ち下ろす形で振り続けられる両拳。
フサギコの下に居るブーンは何もすることができず、圧倒的有利な体制から、フサギコが拳を落とす。

(メ^ω^)「くっ……」

 慌ててブーンは両腕で顔を覆うが、隙間から拳がすり抜けてくる。

 歪み、腫れ、裂け、血に染まってはいたが、彼の表情は変わらない笑顔だった。
彼は右腕をポケットに突っ込み、ナイフを取り出そうとしたが、
それを察したフサギコが、右腕付け根に痛烈な一撃を放ち、右腕は動かなくなった。

 左腕一本で絶え続けるが、歯や皮膚が損傷していく顔面部位。

 ブーンは殺意を籠めて振られる拳を受けていたが、
大きく腕を広げて拳を引いているフサギコを見て、
渾身の力を振り絞って仰向けの体を頭と足で支え、からだを弓なりに反らせた。

 ブーンのブリッジによってフサギコは体勢を崩す。
マウントポジションから脱出したブーンはすぐに立ち上がり、左手でナイフを拾う。
だらんと動かない右腕が、邪魔で仕方が無かった。

273 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:47:32.59 ID:nnW3+x6t0
 突進してくるフサギコを迎え撃つために、左手を振るった。
脳内物質駆け巡るフサギコはそれを軽く流して、ブーンへと拳を振りかぶる。

ミ,,#゚Д゚彡「死っねえええええ!!」

(メ^ω^)「……」

 流れ出る血が鼓動する傷口の痛みを感じず、感情のままに叫ぶフサギコ。

 彼の拳が、目標物へと打ち振られた。







 フサギコの殺された仲間の恨みを乗せた腕が伸びきることは無かった。
ブーンの真っ赤なパーカーの中心に開いた、穴。
そこから、三本目の腕が握っていたナイフが、フサギコの胸部へと突き刺さっていた。

ミ,, Д 彡「あ――」

(メ^ω^)「僕は――『ミガワリ』だお」

 顎から脳天にかけて、ナイフが走った。

 顔面に十字の傷が出来たフサギコを見て、血を吐き捨てる。

274 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:49:29.30 ID:nnW3+x6t0
 フサギコの顔に出来上がった真っ赤な十字架を見て、一つの絶対的存在をブーンは連想する。

(メ^ω^)「あんたは、どっちの味方なんだお?」

 虐められていたときに助けてくれと祈っていた、神。
何の意味も持たないとわかったはずなのに、言葉を漏らした自分に苛立った。

 ブーンは、足元とベンチ前へと視線を移して、その場に座り込んだ。

 誰かが通報したのか、遠くから複数の警察官が走ってくるのが見えた。

 立ち上がって逃げようかと彼は考えたが、どうせ無駄な足掻きだ、と笑って意識を失った。




276 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:51:19.87 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 素直クールが外を出歩くため、スカートを履き終える。
その後、バーボンハウスの瓦礫をそのままに、ハインリッヒたちは、ホライオンアパートの一室へと移動していた。

 あの後、バーボンハウスの瓦礫の下から這い出た『ミガワリ』三人は、
機材が情報機器が、と叫ぶ素直クールを押さえて、床下に彼女の特製爆弾を転がして、
蓋を閉じ、くぐもった爆音をBGMに歩き出したショボンの後をついてくると、ここへと到着した。

从 ゚∀从(アジト、隠れ家がいくつもあるというのは少しおかしいんじゃないだろうか)

 どうやらこの部屋の契約は結構前からしていたようだ、とまったく地理に悩むことなく、
この部屋までたどり着いたショボンのを見てそう推測していた。

 ショボンは、怪しまれないよう家主さんに挨拶をしてくる、とどこかへ出て行った。
ノートパソコンを開いて、キーボードに指を打ち込む素直クールを見て、
退屈だ、とハインリッヒは息を吐いた。

 プログラミング言語を学ぼうかな、と普段のハインリッヒから見たら、
気が狂ったとしか思えない思考回路が働き始めて数分後、あと数秒で学ぶために口を開こうとした時だった。

从 ゚∀从「お、テレビがある」

278 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:54:08.58 ID:nnW3+x6t0
 ハインリッヒが寝返りをうった視線の先、興味の欠片も無い情報機器の横。
素直クールの背中のから右に役二メートル。
退屈なこの状況を打破してくれる魔法の家電機器の表示装置――。

 しかし、身を黒一色に染めているブラウン管テレビだと判別すると、瞳の輝きは消失した。
輝きは心のずっと奥のほうへと行ってしまったが、旧時代の物を見て、懐かしい感情を覚えた。
ハインリッヒは微笑みながらブラウン管テレビへと近寄る。

从 ゚∀从「もう映らないんだよなぁ……」

 ハインリッヒはもはや砂嵐しか映し出さなくなった四角い物体を撫でながら、素直クールを見る。
ヘッドホンを装着し、真剣な眼差しで画面に向けて、何やらぶつぶつと呟いている。
非常に四感が鋭い素直クールは視線に気付いているのだが、面倒なので相手はしない。

 ごろんと寝転がり、下から素直クールを見上げるハインリッヒ。
 不意に立ち上がり、上から素直クールを見下ろすハインリッヒ。
 プロカメラマンの如く、一瞬の隙も逃さないような目つきで素直クールを見るハインリッヒ。

 ハインリッヒは素直クールを観察する。
鉱物を思わせる冷たい瞳。 細筆で払ったかのような眉。
四方八方三百六十度、どれだけアクロバティックな角度から見ても、阿呆面には見えない知的な顔。

(´・ω・`)「ただいま……何してんの?」

川 ゚ -゚)「助けてくれショボン、ハインが怖い」

从;゚∀从「いやいやいやいや!! 冗談だって!!」

279 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:55:13.68 ID:nnW3+x6t0
 ハインリッヒが寝返りをうった視線の先、興味の欠片も無い情報機器の横。
素直クールの背中のから、右に約二メートル。
退屈なこの状況を打破してくれる魔法の家電機器の表示装置――。

 しかし、身を黒一色に染めているブラウン管テレビだと判別すると、瞳の輝きは消失した。
輝きは心のずっと奥のほうへと行ってしまったが、旧時代の物を見て、懐かしい感情を覚えた。
ハインリッヒは微笑みながらブラウン管テレビへと近寄る。

从 ゚∀从「もう映らないんだよなぁ……」

 ハインリッヒはもはや砂嵐しか映し出さなくなった四角い物体を撫でながら、素直クールを見る。
ヘッドホンを装着し、真剣な眼差しで画面に向けて、何やらぶつぶつと呟いている。
非常に四感が鋭い素直クールは視線に気付いているのだが、面倒なので相手はしない。

 ごろんと寝転がり、下から素直クールを見上げるハインリッヒ。
 不意に立ち上がり、上から素直クールを見下ろすハインリッヒ。
 プロカメラマンの如く、一瞬の隙も逃さないような目つきで素直クールを見るハインリッヒ。

 ハインリッヒは素直クールを観察する。
鉱物を思わせる冷たい瞳。 細筆で払ったかのような眉。
四方八方三百六十度、どれだけアクロバティックな角度から見ても、阿呆面には見えない知的な顔。

(´・ω・`)「ただいま……何してんの?」

川 ゚ -゚)「助けてくれショボン、ハインが怖い」

从;゚∀从「いやいやいやいや!! 冗談だって!!」

282 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 17:59:14.81 ID:nnW3+x6t0
(´・ω・`)「まぁそんなことはどうでもいいんだ。 それより気になることが二つあったんだよ」

从 ゚∀从「なんだ?」

(´・ω・`)「一つは、大家さんが居ない。
     もう一つは、大家さんの子供らしき学生が警察官に連れて行かれてた、それも顔面を腫らして血だらけで」

川 ゚ -゚)「大家が居ないってのは、アパートの住民に聞いたらすぐにわかるだろう」

(´・ω・`)「うん、そしたら、誰も知らないんだ。 家賃の回収にも来ないってさ」

川 ゚ -゚)「死んだか、旅行か」

从 ゚∀从「俺としては警官に連れて行かれたほうが気になるんだよ、話してくれ」

(´・ω・`)「えーっとね、連れて行かれていたのは赤いパーカーを着た少年で、
     その子を何度か大家さんと一緒に居るのを見たことがあるんだよ。
     いつも笑ってて語尾に特徴があった子だったから良く覚えてるんだよ」

从 ゚∀从「……学生か? やけに着込んでなかったか?」

(´・ω・`)「多分それぐらいの歳だと思うよ。 そして、かなりの枚数の服を着ていた」

从 ゚∀从「――間違いないな」

285 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:01:56.87 ID:nnW3+x6t0
 ハインリッヒは立ち上がり、壁に立てかけていた鉈の入いった革製の鞘を手に取る。
ベルトを通したジーンズの背面にそれを挿し込んで、走っても落ちないよう固定する。

(´・ω・`)「知り合い?」

从 ゚∀从「仲間。 同胞。 その子の名前はブーン。
     俺たちと同じ『ミガワリ』。 そして母親は先月に死んでいる」

 小気味良いリズムで区切って、体をほぐすハインリッヒ。
 キーボードを叩く素直クールの指が止まり、ショボンへと顔を向ける。

川 ゚ -゚)「ハインはやる気みたいだけど、どうするんだショボン」

(´・ω・`)「んー、どうしようかな」

川 ゚ -゚)「私はお断りだぞ。 知らない少年のために命を賭けれないんでな」

从 ゚∀从「わかった」

(´・ω・`)「いいの? いかなくても」

从 ゚∀从「当然だろ、俺たちは誰がリーダーって決めたわけじゃない、全員が対等だよ」

(´・ω・`)「じゃあ僕は一応知ってるし、行こうかな。 どうせそろそろ危ないだろうし」
从 ゚∀从「さて、行くか、『ミガワリ』を助けに」

286 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:04:15.77 ID:nnW3+x6t0
(´・ω・`)「本当、世知辛いよねぇ」

从 ゚∀从「仕方ないさ、ブーンを助けれるのは俺たちだけで、『ミガワリ』も俺たちだけだろうきっと。
     俺たちが助けなきゃ、誰があいつを助けるんだ」

川 ゚ -゚)「……」

 画面へと向き直り、エンターキーを右中指で力強く叩く。
軽快な音の後素直クールは立ち上がり、ショボンへと四つほどソフトボールのようなものを投げる。

川 ゚ -゚)「特別製だ」

从 ゚∀从「ありがとう、クー。 じゃあまた、どこかで会おう」

(´・ω・`)「死なないでね」

川 ゚ -゚)「私がか? ははっ、危機感の無い『健常者』どもに殺されるわけが無いだろう」

 ショボンがそれを黒コートの中に収納し、ハインリッヒと共に部屋を出て行った。
その音を聞いた素直クールは少しだけ表情を変えたが、すぐにいつもの無表情へと戻る。

川 ゚ -゚)「さて、と」

 素直クールは首にヘッドホンをかけて、ノートパソコンを脇に挟み、ポケットに入れた携帯電話を確認する。

川 ゚ ー゚)「『ミガワリ』を助けれるのは『ミガワリ』だけ、か」

 そして、素直クール自身も玄関へと向かって歩く。

 彼女に似合わないスカートからは、傷一つ無い真っ白な肢が飛び出していた。

289 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:06:43.11 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 玄関から出て、人通りの少ないほうへと歩き出す。
ショボンとハインリッヒの姿は、見かけなかった。

 素直クールが路地裏へと入り込み、迷路のような路地裏を歩きながら携帯電話を操作する。
電子音が聞こえて、数秒後、どこか遠くで空気を振動させる大きな音が聞こえた。

川 ゚ -゚)「どこで私たちの情報を掴んだのか知らんが……」

 脇に挟んだノートパソコンを水色のポリバケツの上で開き、キーボードを叩く。

 視覚が無い代わりに、常人の数倍鋭い彼女の四感が、
ホライオンアパートを見張って、一人になった自分の後をついてくる『健常者』存在に気付いていた。

 足音と臭いと息遣いから、人数を把握する。
アパート内で感じていた視線の数には足りないな、と思い、
ショボンとハインリッヒの方へを赴いたのか、と『健常者』たちの居る方角へと顔を上げる。

川 ゚ -゚)「まぁ、どっちに行こうと、同じ運命だけどな。
     ここに来たお前たち『健常者』は全員死ぬよ」

 エンターキーを弾く音、少しの誤差で遥か遠方のビルが崩れ落ちた。
音も聞こえないし、倒壊する光景もこの入り組んだ路地裏からでは見えない。
ビルが真っ二つに折れた、と分かるのはこの周辺の生き物の中でクーのみで、ビル内とビル下の『健常者』は数秒後に死ぬ。

 かこかこっ、と電子音が鳴ったかと思うと、今度はやや近くで鋭い炸裂音。
曲がり角の向こう側、まだ存在を気付かれていないと思っている『健常者』たちがざわめいた。
ぴぴぴっ、と携帯電話をボタンを操作して、コンクリートの地面に投げ捨てる。 天に昇る灰色の煙が一つ増えた。

291 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:09:09.25 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ -゚)「ふむ……」

 素直クールを確保しに来た警察官たちの話し声は小さかったが、彼女には意味を成さない。
たとえ発声していなくても、素直クールは集団の中に存在する小心者の心音から
彼女に姿を見せるタイミングをほぼ把握できる。

 警察官が拳銃の弾を込める音が耳に飛び込んできた。
だが、どうやらまだ少し様子を見る、と彼らの心音が告げている。

川 ゚ -゚)「計画を練って、綿密に注意を払う思慮深さのある奴らは好きだ」

 素直クールは微笑んで、首からかけたヘッドホンを触る。
動きの邪魔にならないことを確認して、再びノートパソコンに触れる。

 現時点では、素直クール以外が位置を把握できていない、彼女特製の爆弾が、爆発までの秒読みを始めた。

 彼女は自分の作り上げたモノが作り出す音を思い浮かべて、笑った。

川 ゚ ー゚)「だがしかし――度胸、根性、決断力のない人は嫌いだな」

 その微笑みの下で、素直クールはスカートの裾を捲り上げて、
白い素足の両方内腿に付けたレザーホルスターから拳銃を引き抜いた。

292 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:11:15.89 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ ー゚)「言っておくが『健常者』ども、今までの爆発は全体の半数にも満たない!
     そして、私が絶命したらこの地域に仕掛けた、全ての爆弾が爆発するぞ!
     このノートパソコンを壊しても、そこに転がっている携帯電話を破壊しても同じだ。
     となれば、お前たちは拳銃を使えないだろう? 頑張って私を捕らえてくれたまえよ」

 ヘッドホンから、音楽が流れているように素直クールは感じた。

川 ゚ ー゚)「さぁ、はじめようか。 私たちの存在のために一人でも多く死んでもらうぞ!」

 刃物のように銀色に輝く、自動式拳銃を両手に構える。
荒い呼吸音と汗の臭いと、けたたましい心音。

 複数の足音が駆ける音が聞こえて、音の方向へと銃口を向ける。

 コンクリートの世界に、発砲音が鳴り響いた。




294 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:13:34.95 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

从 ゚∀从「おいショボン! ブーンはどこにいるんだ!?」

(´・ω・`)「後ろに居る人たちに聞いたら?
     ――と言いたいところだけど、多分まだ伝わってないんじゃないかな」

 背後から聞こえるパトカーのサイレンと、拡声器を通した警察官の声。
あまり人通りのない道とはいえ、これだけ騒がれるとマズいな、とショボンは思考を展開する。

 直線的に弾き出される拳銃の弾丸の射程に入らないよう、出来るだけ角を曲がって走るのだが、
どうやら街中での発砲許可は下りていないらしく、車が三台以上並列できないこの道をひたすらに進んでいた。

 警察官もかなり本腰を入れてきたのか、トランシーバーなどで連絡をとり合っているようだった。
回りこんできたらしく、角を曲がると前方に出現した警察官の顔面目掛けて、
ショボンがラリアットをブチかまし、そのまま走り抜ける。

 倒れこんだ奴が来た方向に目を向けると、そこには数人の警察官が待機していた。
恐怖と怯えを無理やり塗りつぶしたような表情で、ここから一歩も通さない、とでも言いたげに盾を構えている。
鈍い銀色のジュラルミン製の盾の後ろに隠れた『健常者』どもをどうしようかと考える。

从;゚∀从「ショボン! 走れ!!」

(;´・ω・`)「え? うわっ!」

 すさまじい轟音と同時に、目視できる距離にある高層ビルの
階層の一つの窓ガラスが全て吹き飛び、灰色を吐き出した。
警察官の視線が爆発に向けられている間に、ハインリッヒとショボンは警察官をなぎ倒して駆け抜けた。

296 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:15:34.13 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「派手だねぇ」

(´・ω・`)「見えてるよね、きっと」

从 ゚∀从「で、ブーンはどこにいるんだ?」

 ちょっと待って考える、と塀に背をつけてショボンは考え込む。
周囲に警察官が居ないことを確認してから、ハインリッヒも呼吸を整えるため座り込んだ。
義手を組み、全身黒一色の彼がぶつぶつと呟き始めた。

(´・ω・`)「……見たところはこの近辺……そんなに時間もたってないだろうから、移動もまだだろうし……、
     きっと、VIP警察署だね。 このあたりで一番大きな警察署だから、間違いないと思う」

从 ゚∀从「おっけえい、じゃあそこに向かおうか」

(´・ω・`)「そんなに遠くない、走ろうか」

 倒壊するビルには目も向けず、ショボンとハインリッヒは駆け出した。



298 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:17:17.92 ID:nnW3+x6t0
 警察署前は混乱と混沌と狂熱に溢れていた。

 別箇所で同時に起こる爆発。 被害も並大抵のものではない。
警察署内の電話は鳴り響き、悲鳴飛び交う阿鼻叫喚と化した爆発現場へと向かう警察官たち。

 テロ現場での救出作業や交通規制、傷病者搬送。
 住民の安全確保と的確な指示、適切な情報伝達。

从 ゚∀从「大変だねぇ、正義の味方は」

 人員を裂かれ、減り続ける仲間、本当に大丈夫なのか、と不安な気持ちの警察官は一人ではない。
そこへさらにハインリッヒとショボンの二人が現れたことによって、事態は狂騒と化す。

「ハインリッヒとショボンがきたぞ!!」

「迎え撃て!! 大丈夫だ、人数はこちらのほうが圧倒的に多い!!」

「別の警察署にも応援を呼んでいる! 慌てることはない!」

「発砲許可は下りている! だが、あまり発砲するな、生きて捕らえろとのことだ!」

从 ゚∀从「あらら、バレてやんの」

(´・ω・`)「そりゃそうで……しょ!」

301 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:19:37.07 ID:nnW3+x6t0
 鉈を革鞘から引き抜くハインリッヒ。
素直クールから受け取った、ソフトボールの程度の大きさのものを、言葉の終わりと同時に投げるショボン。

 ていん、と一度跳ねたボールはパトカーの近くに落ち、警察官の視線を集めて、炸裂した。
 爆発、轟音、誘爆、悲鳴、と次々と連鎖する。

从 ゚∀从「なんだよこいつら、俺たちのこと舐めすぎじゃないか?」

(´・ω・`)「そりゃあ『ミガワリ』ってイメージなんだから、仕方ないんじゃない?」

 相手側は、ただの警察官だ。
通称SATと呼ばれる特殊急襲部隊どころか、そのサポートに回る銃器対策部隊でもない。
警察官との職業を冠する以外は、まったくの一般人とも呼べるのだ。

 自らの命が危険に晒されているというのに、状況を把握しようとせず、ただ戸惑う。
上官の出す命令は耳に入っておらず、頭の中は真っ白になり、腰に吊った拳銃を引き抜く。

(´・ω・`)「そいやっ、そいやっ」

 騒然とした現場に、素直クール特製の爆弾をさらに投げ込んだ。
濛々とまき上がった砂埃と煙が視界をさえぎって、高部から狙撃銃を構えていた警察官が顔を歪めた。

 けたたましい狂騒の中を、ハインリッヒとショボンが、
声があまり聞こえない、警察官が密集していない位置を悠然と歩く。
もちろん、数人がハインリッヒたちの姿を見かけたが、息を呑んだ瞬間に殺されていた。

305 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:22:22.74 ID:nnW3+x6t0
 現在、ハインリッヒとショボンは正面玄関前にいる。
 ガラス扉の向こうに、人の影は見えない。

从 ゚∀从「警察官ってのも、やっぱり大したことないな」

(´・ω・`)「平和ボケした国だから、仕方ないよ」

 ガラスで出来た扉を押し開けて、署内一階のロビーへ。
涼しく、清涼な空気がハインリッヒとショボンの肌を纏って、ハインリッヒが顔を歪めた。

从;゚∀从「っうぇ、この空気は嫌いだ」

(´・ω・`)「人、居ないね」

 ロビー内を見回すが、警察官は一人も見当たらない。

 受付の上に積まれた用紙や、犯罪撲滅を祈る標語が書かれたポスター。
印刷された女性芸能人が微笑んで、深夜の一人歩きの危険性や、火災への注意を呼びかけていた。

 ロビーから少し歩くと、階段があった。
 上に続くものと、下に続くもの。

从 ゚∀从「どうする?」

(´・ω・`)「下に行こう」

从 ゚∀从「いや待てよ、もし殺されるなら、処理が面倒じゃない屋上だ」

(´・ω・`)「屋上で殺したら臭いがするし、飛行船から見られるかもしれない、下だよ」

308 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:24:43.58 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「死ぬなよ」

(´・ω・`)「そっちこそ」

从 ゚∀从「全てが終わった後、また」

 ショボンからソフトボールのようなものを二つ受け取って、ハインリッヒはウィンクする。

 ハインリッヒは階段を駆け上がり、ショボンは階段をゆっくりと下る。



310 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:26:17.45 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

(´・ω・`)「うーん、失敗したかな。 いや、逆に成功なのかな?」

 階段を下って数十分が経過していたが、ショボンは誰にも遭遇していなかった。

 照明の数と反比例しているかのように人気のない廊下を歩く。
扉があれば開き、室内に入り誰も居ないと知って再び廊下に出る。
その繰り返しをすでに五回以上行ったのだが、現在のこの状況である。

(´・ω・`)(うーん?)

 鉄で出来た扉の前を、少し前方に発見する。 やや期待感。
その奥から話し声が聞こえたことで、ショボンは安堵のため息を吐いた。

312 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:28:20.09 ID:nnW3+x6t0
 黒コートの中に右腕を突っ込んで、各国の国旗が一連に繋がった手品道具よろしくダイナマイトを取り出す。
それをぐるぐると唯一自分のモノであるい胴体に巻きつけて、きつく縛り付けた。

 左手に掴んでいるナイフに、力を込めた。

(´・ω・`)「よいしょ――っと!」

 扉を蹴り開け、開けた視界内。 瞬間的に視認した肌色にナイフを投げる。
素早く黒コートの中に左手に突っ込み、ナイフを取り出す。

 僕たちが警察署を襲撃しているというのに、全員座り込んで何をしているのだろう。
そう考えながら、一番近い位置に座る白髪の混じった者の喉笛を切り裂く。
この場の全員が口をぽかんと開けて、信じられないと目を剥いていた。

 前方のスクリーンに移った自分とハインリッヒと素直クールの顔を見て、
テロリズムを起こしている僕たち、『ミガワリ』対策の会議だったのか、とショボンは把握する。

 だがしかし、情報が回っていたためいつきてもおかしくない、と覚悟はもう出来ていたのか、対応は素早かった。
立ち上がり、拳銃を向けるものが二名。 電話へと手を伸ばすものが一名。

(´・ω・`)「拳銃を撃つかい?
      この腹に巻いているモノに点火してしまったり、
      コートの中に隠している手榴弾に衝撃を与えたりしたら、どうなるかわかるよね?」

 言いながら、電話へと手を伸ばした人物の背中にナイフを突き立てた。 息を吐いて絶命する。

314 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:30:45.08 ID:nnW3+x6t0
 構えた拳銃を投げつけて、ショボンに駆け寄る一名、足元目掛けて発砲したものが一名。
拳銃は右の義手に弾かれて、足元目掛けて飛び出した弾丸はショボンに着弾せず、木製の会議机に穴を開けた。

 前者が駆けた勢いを利用して、体勢を崩そうとタックルを仕掛けてきたが、
ショボンの下から掬い上げるようなアッパーカットを食らって無機質な床に倒れこんだ。
意識が瞬時に断絶され、陥没した顔面からは血が吹き出る。 痙攣した肉体を見て、残りの人間が悲鳴を上げた。

 再び発砲音。 なかなか広い部屋とはいえ、距離にしてはさほど遠くない。
放たれた二発目はショボンの左腕に着弾し、衝撃でナイフを取り落とした。 

 ショボンは驚いて、動きを止める。
その隙に何も行動を起こさない、臆病で歳をくった『健常者』が立ち上がり、逃亡を図る。

(´・ω・`)(逃がすか!)

 三発目が飛んでくる前に、ショボンは再び動き出す。 黒コートが踊り、翻る。
最後の一つになったソフトボールのようなものを、銃撃者目掛けて投げつける。
突き出して構えていた腕に当たって照準がズレたのか、銃弾は明後日の方向に穴を開けた。

 先ほど蹴り開けた扉を通過し、振り返り、しっかりと閉じる。
そして再び振り返り、ショボンが歩いてきた廊下を走って逃げる数名を追いかけた。
ショボンの背後から聞こえる爆音、吹き飛ばされた鉄製の扉、飛び出してくる机の木片。

 逃げ出した『健常者』の背中に文字通り鉄拳を打ち込んで、全員を床に叩き伏せる。
背骨が折れた痛みで悶え苦しむ警察官の喉を切り裂いて、吊っている拳銃を抜き取った。

(´・ω・`)(うん……?)

317 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:32:51.81 ID:nnW3+x6t0
 その際、左腕の義手に違和感が生じた。
金属が擦れているのか、反応が鈍く、重い。

 さっきの拳銃のせいか、とショボンは舌打ちと共に吐き捨てて、廊下を歩いて先を目指す。
通り過ぎるとき、会議室であった場所の中を覗くと生きているものは居ないようだった。



 千切れて転がっていた、肉の腕や肢を見て、ショボンは歯噛みした。




 少しだけ薄くなっていた酷い憎しみが、胸を真っ黒に塗りつぶした。




321 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:36:43.25 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

从 ゚∀从「成功か? いや、逆に失敗か? いや、成功だ!」

 足元に転がった絶命した死体を踏みつけながら、ハインリッヒは呟いた。

 右手に鉈を握り、左手に拳銃を持っていた。
さらに、ジーンズのポケットには入りきらないほど拳銃が詰まっている。

 視線を後方に向けると、累々と折り重なる青色の服を着た赤い死体、黒い拳銃、銀色の盾。
 視線を前方に向けると、数メートル先の曲がり角の先から聞こえる、怒りの感情からの声。

从 ゚∀从「射撃ゲームじゃないんだからさぁ……」

 ハインリッヒの頭の中では「ハインリッヒ式殺害学」が出来上がっていた。

 そのいち、曲がり角を曲がってきた警察官に見つからないように、物陰に身を潜める。
そのに、目を覆いたくなる惨状の地を進ませて、警察官が異常なし、と叫ぶ。
そのさん、後続が続く前に自分が発砲して殺し、角から出てくる警察官を撃ち殺す。

从 ゚∀从「こんなもんじゃあ、正義のヒーローにはなれないぜ?」

 そのよん、腰に吊っている拳銃を引き抜き、交換する。
そのご、先に進む。
そのろく、「ハインリッヒ式殺害学」が使用できる位置についたら、そのいちへ。

322 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:39:37.62 ID:nnW3+x6t0
 ハインリッヒが通った道は『健常者』の血で染まっていた。
喫茶店で見た、パンの上を滑るバターみたいだな、とハインリッヒは思う。
変化を与えるけれど、おいしくはならないか、と思考で続けてそれを鼻で笑った。

 進んでいくと、曲がり角。
 『健常者』殺害学を使用。
 銃撃、殲滅、交換、進行。

从 ゚∀从(しっかしこれ……時間がかかるな、どうするか……)

 指に力を加えて、青色を撃ちながらハインリッヒは思う。
今回の目的はブーンの救出なのだ、この署内の殲滅ではない、と。

从 ゚∀从(捜索に適した服装がいいな、不審に思われないような)

 ハインリッヒが頭に電球を輝かせて、一つの案が思い浮かぶ。
あの青い制服を自分も着ればいいのだ、と思い後ろを振り返るが、全て血に塗れていた。 前方もしかり。

(;><)「うっ、うわわわわわわあ!! 死んでしまうんです!!」

 思っているうちに、視界内に残って生きているという二つの条件を満たしている者は、
悲鳴を上げて、壁に体重を預けて座り込んでいる童顔の警察官のみになっていた。

从 ゚∀从「よし、お前服を脱げ!」

325 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:42:18.03 ID:nnW3+x6t0
(;><)「えっ? ええっ!? ど、どう言うことですか!?」

从 ゚∀从「いいから早くしろ! 殺すぞ!」

(;><)「あわわわわわっ!! 分かったんです!!
      だから拳銃を向けるのをやめてほしいんです!!」

 服を脱ぎ始める童顔警察官、それをじっと見ている端正な顔立ちをしたハインリッヒ。

 下着一枚になった童顔警察官から服を受け取り、ハインリッヒは拳銃の抜いたジーンズを脱ぎ捨てた。
警察官の制服をそのまま重ね着して、腰に拳銃を入れる。 残りのポケットにもねじ込む。
最後に帽子を目深に被って、童顔警察官の脳天をを撃ち抜いた。

从 ゚∀从「よっし、行くか!」

 下着一枚の童顔警察官の死体を後に、ハインリッヒはブーンを探す。

328 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:44:29.64 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 銃弾と火薬が尽きた。
相手の死体から拳銃を奪いたいが、音の立てなくなった人間とはここまで捉えにくいものなのか。
目が見えないことをこれほど恨んだのは初めてだ、と素直クールは思った。

 素直クールの左後方から銃弾が飛ぶ。
このことも、素直クールには誤算だった。

 路地裏の地形を全て把握していたので、この場所へと誘い込んだのだが、
どうやらその後抜け道が出来たり、別の路地から繋がったり、と地形が変わったのだろう。

川;゚ -゚)(さて、どうする……)

 全員を五分程度で殺してやりたいのだが、同じ四感でも私はどこかの校長とは違う、と自棄的に思う。
筋肉の肥大を抑制するタンパク質が発生しなくなる病気ではないし、無痛症でもない。

333 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:48:54.91 ID:nnW3+x6t0
 素直クールの鼻を、血と硝煙の臭いが刺す。
人の鼓動、臭い、足音が非常に感じ取りにくくなっていた。

川;゚ -゚)(くそ……さっさと移動するべきだった)

 彼女が銃弾、火薬をまったく持ってきていなかったのは、この地に全て隠しているためだった。
撃ちつくし、その場へ移動し、撃ちつくし、その場から爆弾を投げ、移動し、といった風に。
事実、その繰り返してで初めに追ってきた『健常者』を皆殺しにしていた。

 だがしかし、第二陣、第三陣、と脱出する機会を与えてくれない、多く人員を投入された。
彼女は視覚が無いため、常人より数倍鋭い四感を駆使して戦わねばならないのだ、精神的消耗も半端ではない。

 幸いなことに、相手側はまだ素直クールの置かれた状況に気付いていないことだった。

 素直クールは勇気を振り絞って、血の臭いの濃いほうへと進み、なんとか死体へと近寄る。
途切れ途切れに聞こえる、警察官の言葉が、まだ見つかっていないことを示していた。

川 ゚ -゚)(よし……)

 一丁、拳銃を手にする。
壁際に移動して、物陰に隠れ、考える。

 あまり広くない路地裏、囲まれている状況、こちらの武器は拳銃一丁のみ。
籠められているのはたった六発の弾丸だったが、素直クールには一発で一人を殺す絶対的な自信があった。

336 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:51:06.06 ID:nnW3+x6t0
川 ゚ -゚)「まだまだこれからだぞ、『健常者』」

 感覚をさらに研ぎ澄まし、音のする方向へと発砲。
脳天に着弾した音が聞こえて、地面に倒れこむ音が聞こえた。
別方向へともう一発、悲鳴、脱力して地に倒れる音。

 素直クールが銃を構えた直後、相手側が何かを投げた。
彼女向かって飛んでいくソレを、正確に狙い打つ。 弾丸と接触し、爆発が起きた。

川;゚ -゚)(また手榴弾か、くそ、耳が痛い)

 すでに何度か試行して、通じないと分かっているのにまだ実行する『健常者』に舌打ちするが、
私の情報を知っているのならば、仕方が無いことだ、と自分の体を恨む。

川;゚ -゚)(一時的とはいえ、絶大な効果を発揮するってことを知られたら、私は死ぬな)

 平然を装ってはいたが、大声を上げたい気持ちだった。
現在、頼りになるのは触覚と嗅覚のみだ。
手の内の鉄の塊と血の臭いだけが、現在の状況を教えてくれていた。

337 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:54:05.42 ID:nnW3+x6t0



 かん、からん、と徐々に回復しつつある聴覚が近くに何か落ちた、と彼女に教える。



 音響手榴弾が破裂して、空気を振るわせる甲高い音が鳴った。


川; - )「うああああああああああああああああああああああ!!」




 素直クールは悲鳴を上げて、錯乱状態に陥った。




341 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 18:57:25.97 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 右腕を勢い良く振るい、『健常者』の顔面を殴りつけた。
勢い良く吹っ飛んで壁に激突して床に倒れこむ。

 拳銃を構えている警察官がいた、慌てて体の左半身をそちらに向ける。
発砲音、左腕に衝撃、同時に金属音。 黒コートが左腕の部分だけ穴だらけになっていた。
そこから、もはやまったく機能しなくなった同じ色の義手が覗いている。

(´・ω・`)「これだけ居るってことは、ここが当たりなのかな?」

 ショボンは振り返り、発砲者に数少なくなってきたナイフを投げる、脳天に的中。
回収して置けばよかったな、と考えたが過ぎたことは仕方ない、と右足で蹴りを放つ。
二人を纏めて蹴り飛ばして、倒れこんだ『健常者』の脳天を踏みつけた。

 左半身がやけに重い。
だが左腕の義手を外せばバランスがとれなくなるだろうし、防御手段も失う。
幅三メートルほどの一直線の廊下、その先に視線を向けながらショボンはため息をつく。

(´・ω・`)「本当、多いね」

 出来るだけ姿勢を低くして走るが、思うように体が動かない。
義手と義足が傷んできていたが、どうしようもなかった。

343 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:00:14.67 ID:nnW3+x6t0
 左足の付け根に衝撃を与えられて、ショボンの血の気が引く。
あと数センチ上にズレていれば自分の肉体に直撃していたのだ、とナイフを取り出しながら思う。

 右足を踏み出す、右腕のナイフで近くの警察官を切り裂く、左足を蹴り出す。
くすんだ白色だった廊下の壁や床は、真っ赤な血で染まっている。
何も知らない、ただの一般人が見たら発狂するであろう景色の中、さらに血を生み出す。

(;´・ω・`)「がっ――」

 胸部に激痛が走る、反射的に向けられたショボンの視界の先に、衣服を赤く染める自分の体があった。
唯一のショボンの体に着弾した一撃を放った『健常者』は、心臓を突き刺され、二秒後にこの世を去った。

 ふぅ、と息を吐いて前後を見る。 死体しか映らないことを確認する。
そして、ショボンは自分を傷つけた『健常者』の頭を踏みつけて、胸部を切り開く。
ナイフが折れてしまったので、乱暴に手を突っ込む。 心臓を取り出して、壁に思い切り投げつけた。

 そのまま四肢も切断しようか、とも考えたがナイフでは無理だろうと察する。

346 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:03:00.43 ID:nnW3+x6t0
(;´・ω・`)「あぁ――くそっ!」

 腹に巻きつけた偽者のダイナマイトを剥ぎ捨てて、壁を背に座り込んだ。
ここまでか、と脈打つ痛みを感じながら思った。

 ショボンは、自分の体の全身は胴体と頭だけだ。

 彼という存在はそれだけに凝縮されていた。






 血が足りないな、とショボンは薄れ行く意識で理解する。

(´ ω `)「僕は、僕という存在を守れたんだろうか……?
     ――後は頼んだよ、ハインリッヒ」


 絶命する前脳裏に浮かんだ景色は、自分が草原の上を、肉の脚で思い切り駆け回っていた。

 ショボンは警察署内に響くバタバタとうるさい音を聞いて、意識を黒一色に染めた。





349 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:07:01.59 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 ハインリッヒは人の流れに逆らって進み、目の前の扉を開く。
中に居た武装してなにやら話し合っている人間の視線を受け、扉を閉じた。

从;゚∀从「一体どこに居るんだよ……」

 はやくしないとブーンが殺されるのは間違いなく、人数が集まってくれば全員での脱出が厳しくなる。
こちとら手持ちはほとんど残ってないんだよ、とハインリッヒは焦燥と苛立ちに駆られる。

 直後、署内を振動させる聞き覚えのある、ローター音が響く。
空気を叩いているような、けたたましい音をハインリッヒは知っていた。

从 ゚∀从「ヘリか!!」

 走って階段を探し、三段飛ばしで駆け上がる。

 屋上へと続く扉を開け放つと、すさまじい突風がハインリッヒを襲う。
見上げると、上空からヘリは降下してきており、正面には警察官に捕まっているブーンが居た。

从;゚∀从「ブーン!!」

351 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:08:28.80 ID:nnW3+x6t0
(メ^ω^)「……お姉さん!?」

 振り返ったブーンの顔面は傷だらけで、酷く腫れた顔をみて、ハインリッヒの顔が歪む。
大声に反応した二人がハインリッヒの方を向き、一人が指示されて、拳銃を抜いた。

(メ^ω^)「やめろお!! お姉さんは関係ないお!!」

 殴られて呻くブーンを見て、ハインリッヒは懐に隠していた革製の鞘から鉈を引き抜いて駆ける。
左腕に持った鉈を見て、明らかに顔が恐怖に染まった警察官。
 ハインリッヒは声を張り上げる。

从 ゚∀从「外したら死ぬぜ? しっかり当てろよ!」

 命中率を上昇させるため、出来るだけ距離を稼ごうとする警察官目掛けて、
被っている青色の帽子を右手で掴み、フリスビーの如く回転させて投げつける。

 帽子はハインリッヒと同直線状を通り、警察官の視界からハインリッヒが消える。
突然の出来事に慌てて発砲した弾丸は、ハインリッヒの耳を掠めて後ろの網状フェンスの間を通過して行った。

从 ゚∀从「どーん」

 慣性を乗せた鉈が水平に振りぬかれて、恐怖と焦燥が入り混じった警察官の表情が宙を舞う。
少し遅れて血が吹き出て、首と分離した胴体が倒れこんで、もう片方の警察官も拳銃を引き抜く。
同時にハインリッヒは鉈を投げつける。 ブーンが屈んで、警察官の胸に突き刺さった。

353 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:10:46.67 ID:nnW3+x6t0
(メ^ω^)「お姉さん! なんでこんなところに……」

从;゚∀从「いいから、さっさと来い!」

 ヘリから縄を降ろし、リペリングしてきている者を見てハインリッヒは叫ぶ。
それにまったく気付いていないブーンは再開を喜んで、ゆっくりと歩く。

从;゚∀从「くそっ!」

 仕方なくブーンの手を引こうとハインリッヒは駆け寄るが、その間に降り立つ影。

( ゚∋゚)「……」

 トサカのように上がった前髪と猛禽のような鋭い目が鳥類を連想させた。
クックルが無言の威圧感をハインリッヒに向ける。

从;゚∀从「ちっ……」

 高い身長、広い肩幅に、着衣している迷彩服越しからでもわかる鍛え上げられた肉体。
腕は丸太のみたいに太く、肢は強靭ながらもしなやかさを持った、一流スポーツマンのような脚。
顔面に無数に刻まれた小さい傷が、肌の浅黒さとの対比で目立っていた。

(メ^ω^)「どけお!!」

从;゚∀从「馬鹿っ!」

 ブーンがクックルに背後から蹴りを加える。
しかし迷彩服は微動だにせず、ブーンがよろけた。

355 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:13:55.10 ID:nnW3+x6t0
 振り向き、片手でブーンの首を持ちそのまま持ち上げる。

(;^ω^)「ぐっ……あっ……かっ……」

( ゚∋゚)「……」

 じたばたともがくブーンを容赦なく締め上げる。

 こうしている間にもヘリが近づいてきており、ハインリッヒの銀髪が揺れてはためく。

 鉈を取りに行こうか、とハインリッヒは逡巡する。
こいつが隣を駆け抜けさせてくれるのか? いや、無理だ、と続く考え。

从#゚∀从「ッらあああああああああああああああああ!!」

 迷った末にハインリッヒが出した答えは、無手のままの攻撃。
勢い良く体を反転させて、背中を見せた状態から打ち上げられた脚。
遠心力と自分自身の体重が加算された、破壊力抜群の一撃を無防備と呼べる相手に放つ。

( ゚∋゚)「……」

 思い切り腹部に直撃した一撃に、クックルは顔色一つ変えなかったが、ブーンの首から腕が放れる。
クックルが腕を振りかぶった瞬間、真横からの強烈な衝撃により、ハインリッヒの意識は途切れた。



359 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:15:45.35 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 酷い息苦しさで、ハインリッヒは目を覚ました。
かろうじて呼吸が出来る、といった状態だったので首でも絞められているのか、と思ったが何も首にはついていない。

爪'ー`)y‐「やぁ、おはよう」

 目覚めて初めに目に飛び込んできたモノは、緑色の帽子を被ったやけに偉そうな人物だった。
華奢な体に、細く白い指で煙草を銜えている。 その癖、屈強な人間たちを顎で扱っていた。

 ハインリッヒは両手は背中側に縛られ、足はほとんどくっついた状態で、冷たい床の上に寝転がされていた。
首を回して周りを見ると、窓があり、窓の外には夜空が広がっていた。
高層ビルの明かりがたまに流れることによって、飛行船内だ、と把握する。

 部屋内には、ハインリッヒと男の二人しかいない。


361 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:18:12.41 ID:nnW3+x6t0
爪'ー`)y‐「君が、この事件の首謀者かい?」

从 ゚∀从「違う。 何だよお前、誰だ」

爪'ー`)y‐「私はフォックスという者だ、この事件を仕切らせてもらっているよ」

从 ゚∀从「なら私も質問だ。 『健常者』のトップはお前か?」

爪'ー`)y‐「そんな訳ないだろう、『健常者』のトップなんて誰か分からないよ」

从 ゚∀从「そうか、そうだな」

爪'ー`)y‐「そんなことよりもね、もうすぐテレビで報道が始まるんだよ。
      結構時間があるから、それまで少しお話でもしようかと思ってね」

从 ゚∀从「へぇ……俺も言いたいことはいっぱいあるんだよ。 語り合おうじゃないか」

爪'ー`)y‐「いいね、そのテンション嫌いじゃないよ。
      それじゃあ、質問だよ。 どうして君たち『ミガワリ』が今まで生き残っていた?」

从 ゚∀从「しらねーよそんなもん、気付いたら路上に居た。
     この国は豊かだから、物乞いでもなんでもすれば、生きていけた」

364 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:19:59.18 ID:nnW3+x6t0
爪'ー`)y‐「今回の事件の奴らとはどうやって知り合ったんだ?」

从 ゚∀从「ブーン……顔のニヤけた奴はついこの間、路地裏で。 ほかの二人は覚えてない。
     と言うか、あいつらは生きてるのか?」

爪'ー`)y‐「私は君に質問をしている、というのが答えだよ」

从 ゚∀从「そうか。 やっぱり、無謀だったかな」

爪'ー`)y‐「そりゃそうでしょ、政府相手にたてつくなんて、無理に決まってる。
      あれでしょ? 『ミガワリ』を殺すなとか呼びかけるつもりだったんでしょ?」

从 ゚∀从「お前、分かってるんなら、どうしてその意見を……」

爪'ー`)y‐「だって、気持ち悪いじゃないか。 手が無かったり表情が変えれなかったり」

从#゚∀从「あぁ!? 手前ら『健常者』が勝手に『毒』を押し付けたんだろうが!!」

爪'ー`)y‐「だから世間の対応が不満なんでしょ? それなら生きてても良いことなんて一つも無いじゃないか。
      だったら、やっぱり、産まれてすぐに死んだほうがマシじゃない?」

366 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:22:11.51 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「それは、外見だけの問題から言ってるのか?」

爪'ー`)y‐「知能がおかしい奴もいるだろう、たとえば君たちみたいなね」

从 ゚∀从「じゃあ、聞くぜ? あんたが知っている、イメージの中に存在する『ミガワリ』とは、
     似ても似つかないだろう? 俺たちは。 俺たちを見たとき、首をかしげた者は何人いた?」

爪'ー`)y‐「……」

从 ゚∀从「目を背けたくなるような、明らかな異常が身体や知識に存在しない『ミガワリ』の存在。
     徹底的に検査をしても、異常が無いのならば、『健常者』と同じような行動をするのならば、
     おまえら『健常者』と何が違うんだ?」

爪'ー`)y‐「ふむ……。
      だからその存在を知らしめようと、我々『健常者』の考え、常識が間違っていると、
      民衆に痛みを持って伝えようとしたわけか。 なるほど」

从 ゚∀从「元々は同じ種族なんだ、同種なら、淘汰する必要は無いだろう。
     弱いもの虐めと、他人に合わせることが大好きな、同種だよ」

爪'ー`)y‐「君たちは革命者と呼べるね。 正義とは呼べないけれど。
      今までの歴史、常識を根本から覆す者たちだ。
      そして、変革の際には確実に面倒が起こる、ましてや、こんな問題だとこちらが転覆してしまう。
      下手をすれば、世界規模でね」

从 ゚∀从「別に、たいした問題じゃないだろ。 『ミガワリ』と『健常者』の境がなくなる。
     ただそれだけ、元に戻るだけだ」

367 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:24:36.08 ID:nnW3+x6t0
爪'ー`)y‐「いいや、君たちみたいな考えをする奴らが出てきたら、面倒なんだよ。
      『健常者』のほとんどは、『仕方の無いことだ』と行動を起こさないが、君たちは違う。
      こんなに平穏で、人が人を管理する、この素晴らしい世界を、勝手に変えられては困るんだよ」

从 ゚∀从「ケッ、優れた生物ほど個体数が少ないって言うけれど、本当かもな。
     『ミガワリ』は『健常者』よりも個体数が遥かに少ない。
     つまりこれは『ミガワリ』が『健常者』よりも優れた種であることの証明ってわけだ。
     俺たちを恐れるから、殺すってことじゃないか。 お前たちも、もっと『毒』を溜め込んだらどうだ?」

爪'ー`)y‐「いつの時代でも、差別や偏見はあるんだ。 それが今の時代は『ミガワリ』なだけだよ」

从 ゚∀从「『健常者』は、いつの時代も罪人だ」

爪'ー`)y‐「私たちが罪人というのは、的を得ているね。
      しかし『健常者』が罪人なら、『健常者』が生み出した『毒』によって産み出された『ミガワリ』だって罪人だ。
      『健常者』の罪の集合体が『ミガワリ』なんだよ。 存在するだけで罪な存在だ」

从 ゚∀从「自身の罪が具現化したような俺たちだから、すぐに殺してしまうわけだ?
     存在するだけで罪悪感があるから、陽の目に晒したくないから、
     これ以上見たくないから、産まれた直後に処分されるのか」

368 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:26:25.77 ID:nnW3+x6t0
爪'ー`)y‐「僕はね『ミガワリ』ってのは消しカスだと思うんだよ」

从 ゚∀从「文房具かよ」

爪'ー`)y‐「消しゴムで間違えた字を消すと出てくる、消しカスだよ」

从 ゚∀从「間違えた字でなくても、別に字を消さなくても、消しカスは出るぜ」

爪'ー`)y‐「何にせよ、はっきりしたことが一つある。
      『ミガワリ』と『健常者』は共存できない、だから『ミガワリ』は『毒』だけ受けて死ねばいいんだ」

 フォックスが言い終わると同時に、仰々しい扉から屈強な男たちが入ってくる。
それに続いて、数人の一般人と、真っ黒なテレビカメラが運ばれてきた。
フォックスに耳打ちして、彼が首を縦に振ると、すぐに配置についた。

爪'ー`)y‐「おーけい、はじめようか」

从 ゚∀从「何を始める気だ」

爪'ー`)y‐「ここからライブで国中に発信だよ」

从 ゚∀从「なんだそりゃ、さっきのをしてくれれば良いのに」

爪'ー`)y‐「おーい、この子が余計なこと言わないように口塞いじゃって。
      影響される馬鹿な『健常者』が居たら面倒だから」

( ゚∋゚)「……」

371 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:29:15.94 ID:nnW3+x6t0
从#゚∀从「ふざっ――」

 口に布を詰め込まれる。
ほとんど声が出せず、四肢が縛られている状態でさらに真横にはクックルが立つ。

 準備おっけーでーす、と間延びした声がハインリッヒの耳に入った。

爪'ー`)y‐「はーい、全国のみなさんこんばんはー」

 陽気な口調で喋りだして、カメラへと向いて笑顔で手を振る。
そのまま大げさなジェスチャーを加えた前置きの挨拶で、笑いを誘う。

爪'ー`)y‐「いいですか、テレビの前の皆さん。
      ここ最近『ミガワリ』がテロを起こしているって話、知ってますよね?
      皆さんは生まれてすぐの『ミガワリ』を可哀想だ、とか思ってたりしませんか?」

 カメラがハインリッヒの方へと向けられる。

爪'ー`)y‐「ここに、恐ろしいテロを引き起こした『ミガワリ』たちの首謀者がいます。
      いいですか? 可哀想、と思って産まれてすぐに殺さなければ、復讐されてしまうのです!
      事実、この『ミガワリ』たちによって、私たちと同種の『健常者』がたくさん死んでしまいました」

 フォックスへとカメラは戻り、非常に悲しいことです、と涙を拭く動作をする。
ハインリッヒはただ呆然とフォックスを見ていた。

375 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:31:20.82 ID:nnW3+x6t0
爪'ー`)y‐「え? どう見ても『健常者』じゃないかって?
      そうです、私も初めはそう思っていたんです……こんな綺麗な人が『ミガワリ』のわけないと。
      アシスタントさん、ちょっと脱がせてください」

 力ずくで無理やり破られる衣服。
ああ、まだ警察官の制服を着ていたのか、とハインリッヒは思った。

爪'ー`)y‐「ほら! 見てください! こんな『健常者』はいません!」

 露出した肌色にカメラが向けられ、撮影者たちは顔が緩んでいる。
平坦な胸、均整の取れた胴体、傷一つ無い四肢、何も存在していない股間。
女性でも男性でもない、明らかな『異常』であるハインリッヒの肉体が、国中に配信された。

爪'ー`)y‐「どうですか!? 美しいでしょう!? でもしかしコレだけじゃありませんよ!
      実はこの『ミガワリ』完全に中身が無いんです! え? どういうことか分からない?
      そうですね……臓器の類が一切存在しない、と言うことです! そう、心臓も!」

 ばぁ〜ん、とどこかズレた効果音が鳴り響く。

377 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:35:03.75 ID:nnW3+x6t0
 フォックスがクックルへと目で指示を送り、ハインリッヒは直立させられる。
全裸のまま直立する姿が国中に配信されていると考えると、ハインリッヒは少し複雑な気分になった。

爪'ー`)y‐「信じられないでしょう? えぇ、私も信じられません。
      どうやって生きているのか、と気になって夜も眠れません。 と! そこで!
      昔、我々の祖先は腹を切ったといいます、どれ、ちょっとやってみましょう」

从;゚∀从「――!!」

 どういうことだ、とハインリッヒは抗議するが声にならない。
手渡された長い刃物を片手に、フォックスは近寄ってくる。

爪'ー`)y‐「はい、では斬って見ましょう。 横切り技は炎属性とも言いますし、横切りで行きますか?
      いやぁ、それだと斬り辛いですね、やっぱり突いて裂きましょうか、そうしましょう!」

 迷うことなくハインリッヒの腹に刃物を突き刺し、そのまま横へと引き裂く。
ハインリッヒは激痛に表情を歪めるが、カメラ側からはフォックスが陰になって見えていない。
文字通り身を切り裂かれながら、ハインリッヒは一つのことを思い出す。

 ハインリッヒの傷口へと手を突っ込み、開く。
中身が無いことを証明するため、カメラが近寄り、映し出した。

爪'ー`)y‐「ほら! 見てください! 何も無い! からっぽ! 空虚!!
      伽藍の洞です!! 痛そうでしょう!? それがこのミガワリ!! なんと痛覚が無いのです!
      表情が変わっているのは全て演技です!!」

从;゚∀从(んな訳ねーだろ!!)

380 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:38:30.34 ID:nnW3+x6t0
 ハインリッヒの体内に手を突っ込んでかき混ぜるフォックス。
その様子を、真横に立っているクックルが見て、顔をしかめた。

( ゚∋゚)「お前、もうすぐ死ぬな」

 言われなくてもわかってる、とハインリッヒはクックルに視線で返す。
そうか、と視線で返答される。

爪'ー`)y‐「あれ? なんですか、これは」

 そして、フォックスの動きが止まった。
 クックルの意識はもうハインリッヒには向いていない。

从 ゚∀从(今までのみんなの行動を無駄にしてたまるか!!
     今だ、食らえ素直クール特製『ハインリッヒ爆弾!』)

 足を滑らせて転んだように、背中側から倒れこむ。
背中側に拘束されている両手の親指の付け根を、全体重を乗せて思い切り床にぶつける。



382 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:40:02.35 ID:nnW3+x6t0










 ハインリッヒの視界が白一色に染まった。










386 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:42:12.78 ID:nnW3+x6t0
          *          *          * 

 大気の空気を引き裂いて、その場に衝撃と爆音が発生した。
全てを蹴散らしたその音の正体は素直クール特製の爆弾だった。
体の中身が空洞のハインリッヒに、詰め込んでいたのだ。

从 ゚∀从(なんてぇ……威力だよ)

 飛行船に開いた巨大な穴へと、濛々とした灰色の煙が流れていく。
逃げ場を見つけたかのように勢い良く夜の空に流れていった。
見回すと、所々に橙色の炎が燃え盛っており、地面に飛び散った血と肉片を照らし出す。

 穴から入ってくる突風が、飛び散った肉片を撒き散らす。
ハインリッヒの近くにいたフォックスやクックルはもちろん、
離れていたはずの撮影者全てが姿を消しており、全員が肉片になって混ざり合ってしまった。

 どうして自分がまだ生存しているのかが、ハインリッヒには不思議で仕方が無かった。
ここに連れて来られてから息苦しかったのだが、現在はむしろ呼吸がしやすいほどだった。

 は、と息を吐く。

 視線の先に、横倒しになったテレビカメラを見つけた。
ちょうど、ハインリッヒを画面の枠に捉える位置倒れていた。

 ハインリッヒは最後の力を振り絞って、ありったけの息を吸い込んだ。

388 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:43:34.30 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「見てるか!? 世の中の『健常者』ども! 俺たちに命を延命させてもらった『健常者』ども!
     俺たち『ミガワリ』は、お前たちの身代わりとなって、こんなに身体が悪くなった!! 身体に異常は自覚している!」

从#゚∀从「けれど、『ミガワリ』と『健常者』を差別するな! 『ミガワリ』を淘汰するな!
      俺たちはお前らの私物じゃねぇんだ! ちゃんと自分の意思を持って生きているんだよ!
      その意思を自分で伝えれない歳から殺すんじゃねえ!
      もしかしたら、その『ミガワリ』は生きたいって思ってるかも知れないんだぞ!!」

从;゚∀从「ただ、その『ミガワリ』が成長して、この世を知って、自分の意思を持つようになって、
      それで、僕は『ミガワリ』だから『健常者』とは違う殺してください、って言ってきたら、両親が考えろ!
      殺してやるなり、我が子である『ミガワリ』の味方をするなり、
      この世の常識を覆す努力をするなり、すればいい!! やる前から諦めるなよ!!」

从 ゚∀从「『ミガワリ』も『健常者』も、
     お互いが心の壁をなくしたら、遠慮の心をなくしたら、絶対、共存できる!
     『健常者』の視点から外れた、『ミガワリ』の俺が言うんだ! 間違いない!」

从 ゚∀从「俺は『ミガワリ』として今まで何年生きて来たのか知らないが――とても楽しかった。
     四肢が生まれつき無いショボくれた奴や、目が見えないけどそれを信じてもらえないクールな奴、
     胸に三本目の腕が生えていて、いつも笑っている奴! そいつらと出会えて、本当に良かった!」

390 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:44:49.85 ID:nnW3+x6t0
从 ゚∀从「『ミガワリ』に産まれたことは、確かに少し不幸だけど、
     俺が一緒に過ごした同士と居れば、そんなことを思った日は無かった!
     俺は間違いなく、幸せだった! だから『ミガワリ』を淘汰するな!

     俺たちは同じ『人間』だ!!」



 爆発によって壊れずに国中に発信しているかどうか、定かでないテレビカメラに向かって叫び続けた。



 意識に靄がかかったように、薄れ行く自我。
満足気な表情を浮かべて、ハインリッヒの意識は途切れた。




从 ∀从



 ハインリッヒが絶命するまでの間、脳裏に浮かんだのは四人の『ミガワリ』だった。





          从 ゚∀从『ミガワリ』のようです―― 了 ――

392 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:46:02.39 ID:nnW3+x6t0
あとがき

・「罪人」をどう捉えるか悩みましたが、個人的には納得のいく出来になりました。
 AA長編板の醜いHEROなどにかなりの影響を受けています。


・ギリギリ間に合ったが、誤字が酷い。


・機動隊とか銃器対策本部とか、なんかもう良く分からん。


・考えるきっかけとなった元ネタてきスレ。 色々と引用があります。 おぎゃwwwぱしろへんだすwwww
 ttp://mobile.seisyun.net/cgi/read.cgi/takeshima/takeshima_news4vip_1233258528
 ttp://konogoro2ch.blog117.fc2.com/blog-entry-89.html の>>353



・支援をしてくれた皆さん、お付き合い、ありがとうございました。

397 名前: ◆1/KgJV1UfE :2009/06/07(日) 19:48:28.49 ID:nnW3+x6t0
おまけ

・やっと終わった超眠い。

・後半を書き上げたときの記憶があんまり無い。
 どっかで少し矛盾してるかもしれません、しかし、あまり深く突っ込まないこと。


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