( ФωФ)ささやかな怪異を含む静かな群像劇のようですζ(゚ー゚*ζ
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:17:41.79 ID:Yjl9VkA80



【時系列で言えば二話より後であるところの一話】



−ワカッテマス様は、きっとご立派な詩人になりましょう。−



下宿先の大家に占いを進められた。
碌に大学にも行かず、部屋の中で一日中塞ぎ込んでいる私を心配しての事だった。

( <●><●>)「この科学の時代に、占いなど役に立たない事はワカッテマス」

などと、散々世話になった大家に言える筈もなく、簡単な地図を手に私はその家屋を訪ねた。

( <●><●>)「目印は、立派な枝振りのコブシの木……」

手入れされた土塀から易々と身を乗り出しているコブシを見上げると、高く上がった太陽の光に軽い眩暈を覚えた。
確かに立派なコブシであった。
まるでそこにだけ、いまだ雪が残っているかのように、真白い大振りの花が枝を覆っていた。

( <●><●>)「ここ、ですね……」

占い、などと言う怪しげなものを生業にしている人間の家だと言うから、
一体どんな化け屋敷だと身構えていたのだが、
そこにあるのは、ごく平凡な日本家屋であった。


3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:20:04.01 ID:Yjl9VkA80

( <●><●>)「はぁ……行きますか」

私は、ため息一つついて息を整えると、ゆっくりと玄関に向い歩み始めた。
心臓が早鐘のように打ち、整えたはずの息が自然と浅くなって行くのがわかった。

占い師、などと言うわけのわからないものと対面せねばなるまい、と言う事実が、
私の存外に臆病な心を、散々かき乱しているのがありありと自覚できた。

そんな情けない自分に嫌気が差し、せめてもの抵抗に、玄関の前で大声を張り上げる。

( <●><●>)「ごめん下しゃい!」

が、しかし、声は裏返り、加えて噛んだ。

(;<●><●>)「最悪だ……」

そして訪れる沈黙。
家屋の中からは、私の呼びかけに応える声も、玄関に駆けつける足音も聞こえない。

私は待った。
もう一度、声を張り上げる勇気はもう私の中に残っておらず、
また、もし、これで何の反応もないまま、放置されるようだったら、
占い師と対面しないで帰路に着く真っ当な言い訳を大家に用意できると、
こずるい計算が頭の中にあった。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:20:46.52 ID:Yjl9VkA80

(;<●><●>)「………」

( ФωФ)「やあ」

その時、肩に軽い衝撃を感じる。


(;<●><●>)「うわぁあああああああ!!」


私は、ついぞ出した事のないような大声を出した。


(;ФωФ)「おぉう。元気がいいなぁ」

そんな的外れな事を言いながら、私の後ろから現れた何処にでも居そうなおっさん。
それが、私が散々恐れをなしていた、件の占い師さま、であった。




6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:24:39.73 ID:Yjl9VkA80

( ФωФ)「いやすまなんだ。ちょっと回覧板をまわしに外に出てましてね。
        君が戻ってくる前には帰ろうと思っていたんだが、話好きの奥さんに捕まってしまって」

占い師は私を客間に案内しながら、待たせた事に対して、酷く常識的な言い訳を展開した。

(;<●><●>)「はぁ……。こちらこそ、大声を出してしまって申し訳御座いません」

( ФωФ)「いやいや。考えてみれば、そりゃ、家を訪ねたところに後ろから声をかけられたら、驚くよなぁ。
        しかし、君、えらい驚きようでしたね。私まで驚いてしまいましたよ」

(;<●><●>)「お恥ずかしい……です」

( ФωФ)「さて。茶を入れてくるから、ちょいと寛いどいてください」

そう言って占い師は客間を後にした。
そこそこの年に見えたが、自分でそのような雑用をこなすと言う事は、おそらく一人身なのだろう。
この家にも、どうやら同居人やらは居なさそうである。

否。

どうやら、一人きりではなさそうだ。

  ∧∧
ζ(゚ー゚*ζ

真っ白い毛並みの、よく手入れされている様子の犬が、廊下から、とことこと部屋の中へ入ってきた。
私は破顔した。
田舎では、番犬代わりに数匹の犬を常に飼っており、私によく懐いていた。


9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:29:40.81 ID:Yjl9VkA80

( <●><●>)「おいでおいで」

ちょいちょいと手招きをしてやる。
犬は私を興味深げに見やった後、四角い卓袱台を挟み、私の向いにちょこんと腰を下ろした。

大層礼儀正しい犬だった。

( <●><●>)「相手をしてくれるのですか」

犬は、卓袱台の向こうで太い尻尾をパタパタと振り回した。
その可愛らしさに私はまた破顔した。

その時、お盆に湯のみと羊羹を載せた占い師が戻ってきた。
彼は座布団に座る犬を見るなり、焦った様子でその賢い同居人を叱り付けた。

(;ФωФ)「こらデレ。お客様が見えたときは出てこないように言ったじゃないか」

犬は黙って尻尾を振った。
まるで、何を言われているのか理解しているような仕草だった。


10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:30:55.18 ID:Yjl9VkA80

  ∧∧
ζ(゚ー゚*ζ

占い師は湯気を上げる茶を私の目の前に置きながら、
困ったように私と犬を見比べた。

( <●><●>)「私なら構いませんよ。毛並みの良い可愛らしい犬ですね。
         名前はデレと?」

その言葉に、占い師は安心したようで、犬の隣にどっかりと座り込んだ。
犬が座っている座布団は、おそらく彼が自分のために用意したものだったのだろう。

( ФωФ)「ええ。最近我が家にやって来てね。
        この通り、一人身だから。
        わざわざ家に上げて可愛がっている始末です」

そうして、どこか自嘲的な笑みを浮かべると、犬の頭を二三度手のひらで軽く叩いた。
犬はまた、尻尾を振った。

( ФωФ)「デレ。大人しくしているんだよ」

言われなくても、犬は卓袱台の上の羊羹を気にする事もなく、ただ済まして座っていた。
最近飼い始めたという割に随分と躾が良いので、きっと何処かから貰ってきた犬なのだろう。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:34:09.54 ID:Yjl9VkA80

( ФωФ)「ああ、考えてみれば、まだ名乗っても居ませんでしたね。
        私は、杉浦ロマネスクと申します」

その名は、大家から既に聞いていた。

( <●><●>)「ご丁寧に有難う御座います。私は、若津ワカッテマスと」

( ФωФ)「ワカッテマスさんですね。何でも大学生だとか。
        優秀で羨ましい」

(;<●><●>)「いえ……しかし、大学は……」

最近、とんと行っていなかった。
しかも、心痛などと言う軟弱な理由でのサボタージュだった。
大家もそれをどこか悟ったから、占いなどと言う妙なものを薦めてきたのだろう。

( ФωФ)「何でも、お休みなされているとか」

(;<●><●>)「お恥ずかしい……限りです」


13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:35:43.84 ID:Yjl9VkA80
( ФωФ)「何か、悩みでも?
        人生に、惑われましたか?」

(;<●><●>)「はぁ……。少し、考える事がありまして……」

占いに来たのに、これではまるで人生相談ではないか。
否。私が知らないだけで、占いの本質というものは、案外人生相談なのかもしれない。
どちらにしろ、人生で初めて(無論、女子どもの花札や花占いなどと言う遊びの占いではなく、玄人によるそれである)占いを体験する私には、判断のつかない事だ。
今私にわかるのは、目の前の三十路前後の男は、まるで馴染みの教師のように私に話しかけてくる、という事だけである。

( ФωФ)「ほう。考えていること、とは?」

(;<●><●>)「勉学の他にも……やりたい事が出来まして」

それは、半分は本当だが、半分は嘘で固めた言葉であった。

( ФωФ)「やりたい事、とは?」

私は赤面した。
それを馬鹿正直に答えると、あまりにもモノを知らない青年である、と思われることは必至であったからだ。

(;<●><●>)「………」

私が返答に困っている様子を見て、杉浦氏は口角を吊り上げて意地悪く笑った。
その表情には、先ほどまでの気安い雰囲気が微塵も残っておらず、ただ、年相応の男の凄みのようなものが感じられた。

( ФωФ)「まあ、お答え辛いかと思います。
        では、見ましょうか」

猫のような笑みを浮かべて、杉浦氏はずいと身を乗り出した。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:36:58.60 ID:Yjl9VkA80

(;<●><●>)「見る・・・とは?」

( ФωФ)「どうぞ、手を貸して下さい」

どうやら、手相を見るらしい。
私は、手のひらを杉浦氏に向けて差し出した。
杉浦氏は、私の手のひらに刻まれた皺を、その指でついとなぞった。

( ФωФ)「先に言っておきますが、私は未来などは見られませんよ。
        私が見るのは、過去。
        それも、ごく限られた範囲のみです。」

(;<●><●>)「はぁ……」

すっかり気圧されている私は、情けない声で返事をする。

占い師が何を見ようと関係がなかった。
とにかく私は、占い師などと言う訳の分からない人間に、訳のわからない理屈を押し付けられるのが恐ろしくてたまらなかった。

しかも、さもさも一般常識を心得た普通な人間の顔をして、だ。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:38:15.02 ID:Yjl9VkA80

( ФωФ)「ああ。それと、私は、手相も分かりませんよ」

( <●><●>)「え?では何故手を……」

杉浦氏は、また笑んだ。

( ФωФ)「ハッタリかますため」

(;<●><●>)「は?」


( ФωФ)「手紙・・・?結婚の知らせ、かな」


(;<●><●>)「え?」

( ФωФ)「ああ……。恋煩いですか。なるほど。お若い」

(;<●><●>)「あの……」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:39:19.70 ID:Yjl9VkA80



目の前の男は、何を、見たのか。

肌寒いくらいの気温だと言うのに、脇の下を汗がぬるりと伝った。

昔の知人から届いた、結婚の便り。
私が大学に行かなくなったのは、それが届いてからだった。



( ФωФ)「全てを諦めて、学校にお行きなさい。
        ひとつの恋を失う事は、またひとつの恋を得る契機にもなりますよ」


畳み掛けるような占い師の言葉。
それに反論しようと私は口を開けたが、
そのまま、阿呆のように固まった。

(;<●><●>)「………」

( ФωФ)「私から言えることはそれくらいですね。
        あまり、良くしてくれる大家を心配させるものじゃない」

言いたい事を言った占い師は、一仕事終えたとばかりに、自分の持ってきた羊羹に手を伸ばした。
楊枝で一切れをさらに半分に切り分けて、隣の犬に与える。
賢しげな犬は上品に、占い師の手のひらから羊羹を食べた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:42:42.82 ID:Yjl9VkA80

(;<●><●>)「ちがっ……違うんです」

( ФωФ)「ふぁい?」

自分も羊羹を咥えながら、占い師はなおざりに返事をした。
もう話は終わったと言わんばかりの対応だった。

(;<●><●>)「私は……、やり、たい事が御座いまして……」

( ФωФ)「ああ」

すっかり羊羹を飲み込んだ占い師は、茶をすすりながらゆっくりと言った。


( ФωФ)「詩など、大学行きながらでも書けるでしょう」


(;<●><●>)「!?」

体中から汗が噴出した。
心の臓が、私の左胸で暴れ回っている。

( ФωФ)「さて。よろしければ、羊羹をお食べ下さい。
        私のひいきにしているお店でしてね。
        これがまた品のある甘さで、中々に評判がよろしい」


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:47:04.24 ID:Yjl9VkA80



それから先のことは、よく覚えていない。



気がついたら、私は下宿先の自分の部屋に戻り、真っ白いノートのページを前に、途方に暮れていた。
それより前のページでは、書き殴った文章のかけらたちが、汚らしくノートを真っ黒に染め上げている。

昨日までは、次から次へと浮かぶフレーズを文字にして掬い上げる作業に夢中になっていた。
愚かにも、自分は天才だと信じていた。

しかし、どうだろう。
私は細かく震える手でページをめくり、昨日まで書き付けた言葉たちを読み直す。

(;<●><●>)「………っ!!」

爪を立ててガシガシと頭を掻き毟った。

恥ずかしい。

どうしてこんなものが形になると思ったのか。

否、確かに確信していたのだのだ。
こうやって言葉を積み重ね続ければ、いつか大衆の心を掴む立派な詩人になれると。
大学など私の詩の才能の前には何の意味もない場所であると。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:48:37.09 ID:Yjl9VkA80

嗚呼。
私のあたまは、おかしくなっていた。
私のあたまがおかしくなっていたことに、私は気付いていなかった。

親に行かして貰った大学を休んで、こんな糞を書き続けていたのか。
本物のど阿呆だ。
こんなど阿呆が、一人前の人間の顔をして、先ほどまで外を歩いていたのかと思うと、首を括りたくなる。

私は、とんだ恥知らずだ。
如何なる凡愚にも劣る屑だ。
羞恥心で体ごと焼きついてしまえばいい。
大声を出してそこら中を走り回りたい。

お前のせいだ。

お前のせいだぞ。

びろうど。







22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:52:19.71 ID:Yjl9VkA80






( ><)「今日からよろしくお願いするんです!
      びろうどと言うんです!」

びろうどは、小さな小さな子どもだった。

田舎の裕福な農家であった我が家に、下働きとして身一つでやって来た。
その時には、こんな幼い子どもが、と気の毒に思ったのが、
よくよく話すと、私より一つ、年上であった。

私が数えで14。びろうどが数えで15の頃だった。

( <●><●>)「………」

(;><)「あ、あの……」

( <●><●>)「小さいな」

(;><)「ごめんなさいです!
      でも、ワカッテマス様より、一個年上なんです!」

(;<●><●>)「はぁ!?」

(;><)「ひぃぃ!ごめんなさいですごめんなさいです」


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:53:27.79 ID:Yjl9VkA80


びろうどは、よく私にまとわりついてきた。
何のことはない。
家にいる犬と、家にある本以外に友人のない私を心配した両親が、
びろうどに私と友達になるように言い含めていただけだ。

その頃の私は(今よりも幾分マシではあったが)自分の中途半端な秀才振りを鼻にかけた、
ひねた糞餓鬼であった。
びろうどは、さぞや不愉快を押し殺して私に接していたことだろう。

( ><)「ワカッテマス様は、いつも何を読まれているのですか?」

( <●><●>)「お前に言ってもわからないよ」

( ><)「も、申し訳御座いません……」

( <●><●>)「お前は……」

( ><)「はい!」

( <●><●>)「私と親しくしないと、私の父親と母親に、辛くされるのか?」

( ><)「そんなことないんです!お二方には、とっても、良くしてもらっているんです!」

びろうどは、幸せそうに、微笑んだ。
びろうどは、私などより、はるかに大人であった。



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 20:59:30.17 ID:Yjl9VkA80





よく覚えている。
びろうどは、その日も細々とした雑用の合間を縫って、私の部屋へやって来た。

失礼します。折り目正しく声をかけ、びろうどは静々と入室する。
私はいつものように、その声に答えることなく、黙って文机の前で活字を追っていた。

びろうどはそんな私に凝りもせず、ふたつみっつと、私に質問を投げかけた。
それは、昨日はよく眠れたか、だとか、蜜柑が好きか、とか、そういう優しくて退屈な類の質問であったと思う。
私は、一問一答よろしく、出来るだけ少ない文字数でその疑問符たちに対処していた。

(;><)「………」

( <●><●>)「………」

いつも通り、びろうどは黙り込んだ。
当たり前だ。
私に会話をする気がないのだから、一方的に喋り続ける勇気を持ち合わせていない限り、やがて訪れるのは沈黙である。


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:00:34.07 ID:Yjl9VkA80
(;><)「あ、あの!」

( <●><●>)「なに」

(;><)「今度、私にも本をお貸し下さいです」

( <●><●>)「………」

(;><)「あの……その……えっと……えっとね……」

( <●><●>)「………」

(;><)「同じ本を読めば、ワカッテマス様と、お話が出来るかと思って……」


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:02:21.91 ID:Yjl9VkA80

私は黙って立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き出し、びろうどに差し出した。

( <●><●>)「これ」

びろうどは、その本を恐る恐る手に取った。
そして、また幸せそうに微笑んで、私に礼を言った。

(*><)「有難う御座います!ワカッテマスさま!
       大切に!大切に読ませていただくんです!」

( <●><●>)「………」

私はその時、確かな悪意を持って、びろうどを眺めていた。
私がびろうどに渡した本は、意地で最後まで読んだものの、私にはさっぱり理解出来なかった難解な本であった。
びろうどに、意地悪をしてやろうと思って、その本を渡したのだ。

しかし、今考えてみると、もしかしたら、
自分は、こんな難解な本も読めるのだ、と、子どものように自慢をしたかっただけなのかもしれない。





27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:06:00.60 ID:Yjl9VkA80



次の日、びろうどは珍しく私にまとわりついてこなかった。
本を読んでいるのだろう、という予想はついたが、私はどうにもそれが面白くなかった。

糞餓鬼である。

それで、初めて、びろうどが常なら私の元に訪れるはずの時間。
細々とした雑用から開放される昼下がりに。
私の方からびろうどの部屋を訪れた。

声をかけるのが何か気恥ずかしくて、私は無言で障子を開いた。

びろうどは、部屋の隅で、私が貸した本をじっと見つめていた。

その目には、涙が浮かんでいた。

涙は、頬を伝い、喉元からびろうどの着物の上にまっすぐ落ちる。
本を汚さぬよう少し離して持ち、びろうどは、声を押し殺すように、泣いていた。

(;<●><●>)「………!?」

私は、本の内容を必死に思い出そうとしていた。
中身は確か、物語ではなく、無の境地がどうたらだとか言う、所謂哲学を語った内容であって、
間違っても、そのへんの下働きの餓鬼が読んで、涙を流すようなものではなかったはずだ。


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:20:51.63 ID:Yjl9VkA80

びろうどは、私に気がつくと、こちらを見て、多分笑おうとしたのだと思う。

顔を、歪めて、言った。

(。><)「ワカッテマス様……。さすが、ワカッテマス様は、難しい本をお読みですね……」

か細く震えた声だった。

(。><)「ごめんなさい……。びろうどは、これを読めれば、ワカッテマス様と、お話出来ると、おも、ったんですが……」

いっそう大粒の涙が、びろうどの頬を伝う。
鼻を鳴らし、しゃくり上げながら、それでも、びろうどは笑おうとした。

(。><)「はは…は…。びろうどは、無学で、すから……」



(。><)「この、本の、ほとんど、の、漢字、読め、なくて……」



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:22:01.33 ID:Yjl9VkA80



そこで限界だった。
びろうどは、ついに大声を上げて、泣き始めた。

(。><)「うわぁあああああああん!!」



私は、居たたまれなくなった。




自分が、いかに自分本位に日々を過ごし、他人のために想像力を使わずに生きているか、初めて突きつけられた瞬間であった。




その声を聞きつけて、すぐに何年も家のことを手伝ってくれている年を食った女中がやって来た。
呆けた顔で立ち尽くしている私と、泣き喚くびろうどを見比べ、すぐ私に問うた。

「坊ちゃん。びろうどが、何か失礼を?」

(;<●><●>)「違う!違う!そうじゃない!」

私は声を荒げた。
女中は、泣き喚くびろうどではなく、私を気遣った。
それは、女中として当然のはからいであったが、私には、酷く罪のように思われた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:22:42.19 ID:Yjl9VkA80

私はその場から逃げ出した。
行く当てもなく家を飛び出し、夕飯時まで、ひたすら近くをぶらぶらと歩き回った。
羞恥心が私の足を突き動かしていた。


立ち止まると、自分の良心に罰せられるような気がして、一度だって立ち止まらなかった。


家に戻っても、私の行いを責める人は誰もいなかった。
それが、どれだけ少年であった私のこころを辛くしたことか。





33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:23:39.23 ID:Yjl9VkA80




その夜。
眠れずに、部屋の中で一人悶々としていた私の元へ、びろうどがやって来た。

その胸には大切そうに、私の貸した本が抱えられていた。

( ><)「ワカッテマス様……。申し訳なかったのです。
      これ、お返しします」

( <●><●>)「いや……悪かったな……」

( ><)「ワカッテマス様が謝る事は何も……出すぎた真似を、致しました……」

しおしおと本を差し出すびろうど。
その顔には、あの幸福そうな人懐こい笑顔は浮かべられておらず、
ただ困ったような、痛々しい笑顔が張り付いていた。

( <●><●>)「………」

私は黙って本を受け取った。
その本は、私には鉛の塊のように重く感じられた。


34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:28:35.58 ID:Yjl9VkA80

( ><)「それでは、失礼致します」

逃げるように、去っていこうとしたびろうどを、
気がつけば私は引き止めていた。

(;<●><●>)「待て!」

びろうどは、体を震わせて振り向いた。
その顔には、驚きよりも怯えが浮かんでいた。

( <●><●>)「……漢字、全然読めないのか?」

私は、その質問を口に出してから後悔した。
あまりにも、配慮に欠けた質問であった。

しかし、びろうどは、答えた。
私はこの家の子どもで、びろうどはこの家の下働きだ。
私は、答えたくない私の質問に、びろうどを答えさせるだけの力を、持っている。
持ってしまった。

( ><)「簡単な漢字ならわかるんです……。それと、自分の名前の漢字も」

( <●><●>)「学校で、教わらなかったのか?」

( ><)「弟と妹が多いから、働けるようになってからは、ほとんど働いていたんです……」
       
本当に、その事実が恥ずかしい、と言うような態度であった。
私は、自分の浅ましさに赤面した。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:30:55.77 ID:Yjl9VkA80

( <●><●>)「びろうど。 良かったら、私が教えるぞ……漢字」

それは、場に耐えられなくなって、その場しのぎに言った言葉であった。
すぐさま、拒絶の言葉が返ってくると思ったが、びろうどの反応は、意外なものだった。

( ><)「……!」

びろうどの目は、驚きに見開かれていた。
ランプの僅かな灯りの中で、輝いたその瞳の奥に、私は確かにびろうどの期待の色を見た。

( <●><●>)「教える……。他の教科も、お前が望むなら、教える」

自然に、次の言葉が出てきた。
今、びろうどが抱いたであろう僅かな期待が、
私の目の前が色あせてしまう事が、何より恐ろしく思われた。

( ><)「いいんですか…!?」

( <●><●>)「うん……」

(。><)「あ、有難う御座います!ワカッテマス様!」

びろうどは、また泣いた。
ぽろぽろと涙を零しながら、私に何度も礼を述べた。

びろうどが、有難うと言うたび、
見えない手で、首を絞められるような気がした。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:36:24.99 ID:Yjl9VkA80


私が教材として選んだのは、詩集であった。
詩集なら、びっしりと活字でページが埋まっている事もなくて、びろうどもとっつき易かろうと思ったためだ。

( <●><●>)「田舎の白っぽい道ばたで
         つかれた馬のこころが……」

( ><)「あ!これで田舎って読むんですね!覚えたんです!」

( <●><●>)「ほら、このノートをやるから、これに書き付けて練習するといい。
         一個だけは書いてやるから、あとはそれを真似るんだ」

( ><)「有難う御座います!えへへ!嬉しいんです!」

( <●><●>)「……」

びろうどは、熱心で覚えが早かった。
一日に最低でも一ページはノートを埋めた。

毎日毎日、びろうどと詩を読んだ。
佐藤春夫、室生犀星、萩原朔太郎、高見順。
難しい漢字も、易しい漢字も、一緒くたにして勉強した。

合間合間に、算数や理科の勉強なども交えたが、
びろうどは詩を読みながら漢字を覚えるのが一番楽しいようであった。

家の仕事をしながら、お気に入りの詩を諳んじてる様は、健気で可愛らしくさえ思えた。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:39:21.38 ID:Yjl9VkA80

ある日。いつも通り漢字の見本をノートに書いてやる時に、
私の頭に、とある短いフレーズが浮かんだ。

私は、それをほんの軽い気持ちでノートに書き付けた。

「鬼百合あなたは美しい
 終わる夏に、ついとそっぽを向いて
 ただひとりで凛と咲きなさる
 夜も朝も、黄昏時にも同じように」

しかし、翌日。
びろうどは嬉しげに鬼百合の花を一本握り締め、私の部屋へとやって来た。

( ><)「ワカッテマス様!
      昨日のノートに書いたあれは、誰の詩なんですか!
      とっても気に入ったんです!」

(;<●><●>)「………」

私は赤面した。

仕方なく、自作の詩であることを伝えると、
びろうどは、大げさなほどに私を褒め称えてくれた。

心の底から恥ずかしかったが、
しあわせな焦燥感に、胸の中がくすぶった。

また、詩を書いてみたいと、思った。


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:42:07.83 ID:Yjl9VkA80


それから、たびたび、びろうどのノートに詩を書くようになった。
それは、ませた少年の拙いものであったが、
唯一の読者であるびろうどが、いつでも喜んでくれた。

それだけで私は満たされた。



そして、それだけで満たされる私を、私は認めたくはなかった。




( ><)「ワカッテマス様は、きっとご立派な詩人になりましょう」

だから、あんな言葉を真に受けてしまった。






40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:43:19.62 ID:Yjl9VkA80




( <●><●>)「………はぁ」

現実に帰ってきた私は、深い深い溜息をひとつ、ついた。
気分は幾分か落ち着いていた。

ノートをパラパラとめくる。
雑然と文字が散らばっており、それは、どこかあの日びろうどが使っていたノートを思い出させた。

私は無言でそれを小脇に抱えて、中庭に出た。
幸い、大家は留守にしているようで、見咎められる事はなかった。

懐からマッチを取り出して、その頭をヤスリにこすり付ける。
一回。二回。三回の空振りを経て、やっとマッチの頭が赤く燃え上がった。

私はその炎をノートの端に移す。
5秒ほど、燃え始めたノートを手に持っていたが、充分に燃え広がったのを確認して、
マッチごと、庭に放り投げた。

あっけなく、ノートは燃えた。


私は、こんな事をしている場合ではない。
明日から、大学に行かなければならない。




41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:49:53.27 ID:Yjl9VkA80





部屋に戻ってから、便箋と封筒を机の上に広げた。
まだ、びろうどからの便りに、返事をしていなかった。




随分と悩んだ末、私はこう書き出した。




42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:51:29.63 ID:Yjl9VkA80


「拝啓。
 
 ご結婚、お目出度く思います。
 お手紙を頂いて、あなたのことを、懐かしく思うと同時に、
 共に詩を読んだあの日のことが、ありありと思い出されました。

 今、また、あなたのしあわせを祝う
 詩をひとつ、書かして下さい。



 『
 すきまのない、あいだがらでいられてください。
 きっと、かぜがふいても、あたたかくいられますから。
 でも、ときおりには、すこしはなれて、あいてをみてください。
 しずかにかくしたこころを、みられるかも、わかりませんから。
 たえまなく、いつでも、おなじこうふくに、よりそえるように、おいのりもうしあげます。
                                                     』



 我が家にやってきた時は、あんなに小さな子どもだったあなたが、
 奥方を迎えられるだなんて、にわかには信じられません。
 時の流れとは、不思議なものですね。
 どうぞ、末永く、お幸せに。

 草々。」


44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:54:25.89 ID:Yjl9VkA80





私が二度目に占い師の家を訪ねたとき、
玄関先で占い師が犬に説教をしていた。

( ФωФ)「こら。デレ。話を聞きなさい。
        いいかい。いくら君が今犬だからと言って、それが仕事を休む理由にはなりえないのだ。
        鬱田さん一人では、手が足りない事だろう。
        しっかりと、仕事に行くんだ。いいね?」

  ∧∧
ζ(゚ー゚*ζ「………」

犬は神妙に占い師の話を聞いているように見えた。
正直、見てはいけないものを見てしまったと、思った。

(;<●><●>)「………」

黙って帰ろうかとも思ったが、私の手には先日の占料が握られている。
前の時は、動揺して料金も聞かずに帰ってしまったので、
改めて、お礼を収めに来たのだ。

大家に尋ねたところ、驚いた事に、占料は決まっていないらしく、
その都度、相談者の懐に応じて、払えば良いらしい。

私は、月の仕送りの何分の一かを封筒に入れて、この家を訪れた。


45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:55:37.45 ID:Yjl9VkA80

土塀の影から、犬に説教を続ける杉浦氏を眺める。
彼は私に背を向ける形で犬に説教をしているので、私の存在には未だ気付いていないようだった。
声をかけようか否か迷っていると、黙って説教を受けていた賢い犬が、一声「わん」と鳴いた。

杉浦氏が、振り返る。

(;ФωФ)

(;<●><●>)

  ∧∧
ζ(゚ー゚*ζ

犬は、嬉しげに尻尾を降った。




46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 21:56:56.37 ID:Yjl9VkA80



(;ФωФ)「いや先ほどは妙なところを見せて申し訳ない。
        この年まで独身だと、ええ。犬にも構わずに話しかけるようになってしまって……」

(;<●><●>)「こちらこそ、約束も取り付けずに尋ねてしまって申し訳ありませんでした」

以前と同じように羊羹とお茶で占い師はもてなしてくれた。
もちろん、犬も(今日は私の向いではなく、部屋の隅だが)同席して私を和ませてくれる。

( ФωФ)「さて、本日は占料を持ってきて頂いたとか」

( <●><●>)「ええ。大家に聞いたら、金額が決まってないとか。
        このとおり、学生の身分ですので、あまり多くはないですが、どうぞ、お納め下さい」

私は封筒を差し出す。
杉浦氏は受け取り、不躾にも、私の目の前でその中身を検分した。

(;ФωФ)「学生、金持ってんだなぁ……」

おそらく私に聞こえないように言ったであろうその言葉は、私の耳にはしっかりと届いていた。

(;<●><●>)「……すいません」

思わず謝ると、杉浦氏は大げさに手を振り回した。

(;ФωФ)「いえいえいえ!すいません!謝らせるつもりじゃ!
        そ、そう言えば、大学にはあれからちゃんと通っていますか?」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:00:43.61 ID:Yjl9VkA80

( <●><●>)「はい。遅れを取り戻すため、今、必死に勉強しております」

( ФωФ)「ほお。それは良かった」

( <●><●>)「全て、あなたのお陰です。有難う、御座いました」

私は深々と頭を下げた。
再び顔を上げた時、杉浦氏は、なんとも罰の悪そうな複雑な表情で私を見ていた。

( ФωФ)「そう、頭を下げないで頂きたい。
        私には、それが仕事なんです」

( <●><●>)「しかし、あなたに言われなければ、私はあのまま、
        自分の気持ちにも気付かず詩作に耽り、人生を棒に振るところでした」


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:03:27.76 ID:Yjl9VkA80

( ФωФ)「自分の気持ち、ですか」

( <●><●>)「ええ。私は、私の恋心に気付かなかったのです。
         それが恋心だと知らぬまま、執着して、詩などを書いていたのです」

( ФωФ)「ほう。今時の若者は恋愛など、易しいものだと思ったのですが、
        あなたにはそうでもなかったのですか?」

( <●><●>)「私は、認めたくなかったのです。
         自分が、同じ男に、恋心を抱くなど」

(;ФωФ)「!?」

杉浦氏は驚きの表情で私を見やった。
どうやら、いかに優秀な占い師と言えども、
片思いの相手の性別までは、分からなかったらしい。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:05:29.81 ID:Yjl9VkA80

私は、びろうどに、恋をしていた。

叶わぬ恋であるのは、誰の目に見ても明らかであるから、
私の恋心は、私にすらわからぬように、その身を隠していた。

そしてその恋心は、びろうどの結婚により、傷ついた私を慰めるために、
びろうどの、ほんの些細な一言に、囚われるままに、
びろうどの言葉通り、詩人になろうとしたのだ。


なんと、浅ましくて、自分勝手で、健気で、寂しい恋心だ。


(;ФωФ)「それは……いやはや、申し訳ないことを……」

占い師は最早しどろもどろになって、それでも私を慰めようと、言葉を捜していた。
その様は、どこか昔の小さいびろうどに似ていた。

( <●><●>)「いえ。杉浦さんが居て良かった。
        あなたが居て、救われました」

ロマネスク氏は、その大げさな言葉に恐縮した。

犬が尾を振る優しい音が、その場に響いた。

庭のコブシは満開である。

そろそろ、春が来るだろう。


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