( ФωФ)ささやかな怪異を含む静かな群像劇のようですζ(゚ー゚*ζ
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:10:20.36 ID:Yjl9VkA80

【時系列で言えば一話より前であるところの二話】



デレ。君は確かに我が家の犬であった。



その頃の私は、三十路も越したと言うのに相も変わらず一人身で、細々をインチキ易者などをして生計を立てていた。
酷いもので、他界した両親から譲り受けた古い日本家屋で、ほんの少しだけの仕事をする以外は、勝手気まま、好きなように生きていたのだ。
生きがいと言えば、寝る前に舐めるように飲む上等な日本酒くらいのもので、心と体を芯から蝕むような怠惰を友としていた。

雨も降っていなければ、まばやく星空も広がらない、ただ重たい黒い雲がのさばっていた冬の終わりの夜。
ぶらぶらと宵の散歩と洒落込んだ私は、とある一軒のカフェーに辿り着いた。

華やいだ灯りがともる賑やかな一角を抜けて、きつい坂道を降りた場所に、その店はあった。
暗がりの中にひっそりと佇む、こじんまりとした店だった。
もう、夜も良い時間だと言うのに、窓から黄色い柔らかい光が漏れ出ており、ドアには「ウツダ喫茶店」と書かれていた。


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:15:14.32 ID:Yjl9VkA80
涼やかなベルの音と共に戸を押し開けると、カウンターの中の痩せた店主が小さな声で「いらっしゃい」と応じた。
客はカウンターに座る小太りの男一人だけで、店主と懇意な様子であった。
私は窓際の2人掛けのテーブル席に座った。
ほどなくして、女給がお冷をお盆に載せて甲斐甲斐しく私の元へとやって来た。

ζ(゚ー゚*ζ「いらっしゃいまし」

( ФωФ)「うむ。有難う」

ζ(゚ー゚*ζ「………」

しかし、この女給。何やら様子がおかしい。
大層色の白い若い娘さんなのだが、水を私の前に置くと、頬を真っ赤にしてじっと私を見つめ続けている。
その顔には、静かな喜びの色がありありと浮かんでおり、その大きな瞳の端には、薄く涙さえ滲んでいるようだった。
てっきり、注文を尋ねられるつもりでいた私は、その無礼に腹を立てるよりも、すっかり面食らってしまった。

ζ(゚ー゚*ζ「杉浦様、で御座いますね」

女給は言った。
私はうろたえた。
この女の顔に全く見覚えが無かったからだ。

(;ФωФ)「失礼だが、以前どこかでお会いした事が?」


ζ(゚ー゚*ζ「私は、あなた様の家に恩を受けた、犬めに御座います」


女給は済ました顔で言い放った。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:16:54.13 ID:Yjl9VkA80

(;ФωФ)「はぁ?」

ζ(゚ー゚*ζ「お久しぶりに御座います。坊ちゃん。こんなに大きくなられて……」

女給はつらつらと言葉を続けた。
まだ二十代にも満たないように見える娘さんが、三十を超えた男を坊ちゃんなどと呼ぶ。

(;ФωФ)「人違いでは。見ての通り、私は坊ちゃんなどと呼ばれるような年では……。
        そう。それに、貴方のような若いお嬢さんが、自分のことを犬などと言うものではない」

ζ(゚ー゚*ζ「いえ。あなたは確かに坊ちゃんで御座います。
       お父様はお偉い軍人さんの、杉浦家の長男坊で御座いますね。
       ああ、よく覚えております。よく覚えておりますとも……」

(;ФωФ)「いや確かに父は軍人であったが……」

私は益々うろたえた。
目の前の女は自信満々に私を坊ちゃんなどと呼び、
自分を犬などと妙な主張をして、
さもさも、以前に我が家と関わったような言い方をする。

ζ(゚ー゚*ζ「お懐かしゅう御座います。ずっと、あなたを、あなたのおうちを、探し申しておりました……」

その時、女給が私の手を取った。

私は、思わず大声をあげてその手を振り払った。

(;ФωФ)「馬鹿っ!やめ給え!!」


59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:18:21.19 ID:Yjl9VkA80


刹那。

私は、湿った土の匂いと血の匂い混ざり合う薄暗く狭い場所に居た。
頭上から僅かに漏れる光に、男の拳大の赤黒いゼリーのような物体が二つ、ぬらぬらと光っていた。



(;'A`)「お客様!申し訳御座いません。うちのデレが何か失礼を?」

気がつけば店主がテーブルの脇に立ち、心配そうにこちらを覗いていた。
女給は私に払いのけられた手を、驚いた様子で見つめている。

私と言えば、先ほどの余韻で揺れる視界に辟易しながら、
なんとか目の前の水を口に含もうとして、震える手でコップを持ち上げた。

(;ФωФ)「いや……なんでもない。大声を出してすまなんだ。コーヒーを頼む」

(;'A`)「はい。コーヒーで御座いますね。ただいまお持ちいたします。ほらデレ。お前も謝りなさい。」

店主に促され、女給は眉根を寄せて切なげに息をした後、やっと顔を上げてこちらを見た。
二つにまとめた癖毛が、肩元で跳ねるように揺れた。

その顔には、先ほどと対照的な失望の色がありありと浮かんでいた。

ζ(゚−゚*ζ「あいすいませんでした……。旦那様」

そうしてぺこりと頭を下げると、逃げるように去っていった。
困った様子の店主と、憔悴した私が、その場に残された。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:19:31.16 ID:Yjl9VkA80
(;ФωФ)「店主……。あの女給は、頭がどこかおかしいのか?」

店主は私の失礼な問いかけに、真面目腐った顔をして頷いた。

('A`)「あれは、普段はしっかりとした娘なのですが、
    時折に夢を見ているような事を言って、私を驚かせます。
    お客様の前でそのような事を言う事など今までなかったのですが……。
    何しろ東北の田舎から一人で出てきたさみしい娘っ子で御座います。
    なにとぞ、平にご容赦を頂きますよう……」

(;ФωФ)「ああいやいや、そんなに畏まって謝らないでおくれ。
        妙な事を言われて、うろたえてしまっただけなんだ」

('A`)「はぁ……。ところで、デレのやつ。お客様に何だと言って困らせたのですか?」

(;ФωФ)「私は、あなたに恩を受けた犬だと」

('A`)「ああ……」

店主は、いかにも辛そうに息を吐いた後、消え入りそうな声で、言葉を続けた。

('A`)「あれはいつも、犬の言葉を解すような態度を取るんです……」

全く、お恥ずかしい話です。そう付け足すと店主は頭を下げてカウンターの中に戻っていった。
女給は店の奥に引っ込んだのか、どこにも姿が見えなかった。

( ФωФ)「犬の言葉を解す……か」

女給に関する疑問は山のように積みあがっているが、
もし彼女が真実に犬の言葉を解すのなら、それはこの上なく可愛らしい怪異だ。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:20:44.23 ID:Yjl9VkA80



私には、とても羨ましく思える。



これも全く恥ずかしい話だが、私は私の体の内に、人には言えぬ怪異を一つ飼い慣らしていた。

私は人に触れると、その人に焼き付いている『心残り』を感じ取る事が出来るのだ。

インチキ易者が破綻せず日銭を稼いでるのは、そう言う理由であった。


私は、店主が直々に運んでくれたコーヒーを飲みながら、
女給が、本当に嬉しそうに畳み掛けた不可解な言葉たちを一つずつ頭の中でほどいた。
いくつかの楽しく荒唐無稽な仮説を遊ばせつつ、
また若いのに気の毒なお嬢さんだとも思った。




63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:23:10.18 ID:Yjl9VkA80


店主は詫びのつもりなのか、帰りがけ、コーヒー代は必要ないと言ってくれたので、
その言葉に甘えて私は財布を出さぬまま店を出た。
来る時は洋々と降りた坂道を、軽い息切れを覚えながら昇り切ると、
そこにはエプロンを外した女給が待ち構えていた。

ζ(゚ー゚*ζ「坊ちゃん。先ほどは申し訳御座いませんでした。
       お願いで御座います。どうかデレを坊ちゃんのおうちに案内して下さいまし。
       恩返しを、しとう御座います」

(;ФωФ)「はぁ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ。先ほどはさぞや驚きになられた事でしょう。
       当然です。わたくしばかりが物事を合点していても仕方ありませんもの。
       ですので、今度はきっと坊ちゃんを困らせないとお約束致します。
       事の始めから終わりまで、きっちりと説明させて頂きますから、
       どうぞデレを、あの見事なコブシのあるお屋敷に、案内して下さいまし」

確かに我が家には、枝の太いコブシの木が一本、植えられていた。

しかし、それを何故この女給が知っているのか、と言う疑問は、最早私の中でそれほどの意味を持たなくなっていた。
店主のコーヒーは美味かったし、怪異の中に暮らす私は、怪異に疲れてしまっているのだ。

( ФωФ)「あなたは、気の毒なお嬢さんだ。
        着いて来なさい」

それに、この頭のおかしい女給は、大層器量が良いことも否めなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「ああ!有難う御座います。坊ちゃん」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:29:02.52 ID:Yjl9VkA80
白いフリルのついた可愛らしいエプロンを脱ぎ捨てると、
年頃の娘にしては地味な朽ち葉色の着物に小豆色の帯を締めたデレは、
華やかなカフェの女給から一転して、どこぞの下女のようにも見えた。

( ФωФ)「君は、頭がおかしいんだね」

二人して並んで歩き始めた時、私はずばり口に出して尋ねた。
デレはにっこりと微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ええ。デレの頭は生まれた時から、おかしいので御座います。
       何せ、生まれる前の事を、しっかりと覚えて生まれて来てしまったのですもの」

( ФωФ)「霊魂の記憶、と言うやつだな。
        輪廻転生という言葉を知っているかい?」

ζ(゚ー゚*ζ「デレは無学で御座います。
       そのような難しい言葉は初めてです」

( ФωФ)「うむ。仏教の一つの考え方でな。
        我々の魂は死んでも消えることなく、あの世とこの世を、何度も何度も往復し続けるんだ。永遠に。
        我々がそれに気がつかないのは、我々がそれを覚えていないだけなのだそうだ」

ζ(゚ー゚*ζ「魂は、死んでも消えることは、ない?」

( ФωФ)「ああ。だから君は、その魂の記憶を持ったまま、この世に生まれてしまったのだろう」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:31:32.53 ID:Yjl9VkA80

ζ(゚ー゚*ζ「魂の、記憶……」

女給は何やら考え込んでしまった。
魂、などと言うあやしげなもので、年若い娘が悩むのも何やらおかしな話であるが、
そもそも私も彼女も、頭の天辺からつま先まで、あやしくおかしい人間である。

ζ(゚ー゚*ζ「坊ちゃん坊ちゃん。魂は、何度もこの世に命として生まれいずるのですよね?」

( ФωФ)「そうなるな。魂は、絶えることなく生まれ変わり続けている」

ζ(゚ー゚*ζ「だとしたらわたくしは、生まれ変わり続けるデレの魂の膨大な思い出のほんの一つを忘れ損ねて、
       ここに今生きているのに過ぎないので御座いましょうか」

( ФωФ)「ああ、そんな風な言い方をすると、君の魂がちょっとしたドジを踏んだように思えるな」

女給は、その言葉に喰らいつくように大声を上げた。

ζ(゚ー゚*ζ「ええ!そうで御座います!
       わたくし、先ほど、頭がおかしい人間だと申しましたが、本当は違うのです。
       ただちょっと魂が、うっかりしてしまっただけなので御座いますよ」

彼女は、しみ一つない頬を赤く染めてまくし立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「だって、わたくし、読み書きも出来ますし、算盤も弾けます。
       ほんの少しだったら、オルガンだって弾けるんですよ。
       女給の仕事だって、今までしっかりとやって参りました。 
       それなのに、皆が私の頭がおかしいおかしいと言うもんだから、
       わたくし、すっかり自分の頭はおかしいんだと思い込んでおりました」


66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:32:23.97 ID:Yjl9VkA80

私は、その言い草が可笑しくて、盛大に笑ってしまった。
デレは、それが不服だったらしく、口を尖らせる。

ζ(゚、゚*ζ「坊ちゃん……」

( ФωФ)「それ。それだ。君はいくつだ?見たところ二十歳にも満たぬお嬢さんだろう?
        私は三十路過ぎのおじさんだ。君に坊ちゃん呼ばわりされる筋合いはないぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら。私が坊ちゃんと始めてお会いした時は、坊ちゃんはこんな小さなお子でしたよ」

デレは、自分の腰のあたりに手を添えてそう言った。


( ФωФ)「君は……。クロかい?」


クロは、私が幼い頃飼っていた犬の名前だ。

ある日、どんな遊び方をしていたのか、妹が六畳間の背の高く重い箪笥をひっくり返した事があった。
幸い妹に大きな怪我はなかったのだが、箪笥の角が畳の一枚を大きく抉り、その下の床板にも穴を開けた。

穴の開いた床板を取り替えようと、当時存命だった父親が床板を剥がすと、
死んだ母犬に寄り添う、今にも死に掛けた黒い子犬が一匹、床下で震えていた。

それが、クロだった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:33:39.49 ID:Yjl9VkA80

デレは、私の問いかけに答える代わりに、花開くように美しく微笑んだ。
私には、その笑顔が答えのように思われた。

半刻ほど歩いた頃だろうか。
もう、我が家も目前と言うところで、デレが声を高くした。

ζ(゚ー゚*ζ「ああ、この辺りはわたくし覚えております!
       そう!この塀です!ああ、ここの家は変わっておりますね。
       昔は、ここに柿の木があって……」

デレはそうして、逐一、魂の記憶の風景を口に出して確かめていた。
くるくると様々な場所を指差すデレはまるで踊っているように見えた。

( ФωФ)「おいおい。もう夜なんだから、声を潜めなさい。はしたない」

ζ(゚ー゚*ζ「ああ。申し訳御座いません坊ちゃん。ついつい嬉しくて。
       やっと、やっとここまで来れたのですもの」

( ФωФ)「もうすぐだ。あの角を曲がって…」

ζ(゚ー゚*ζ「あの角を曲がって、4軒目。ひときわ大きなコブシのあるおうち」

読みなれた詩をそらんじるように、デレは言った。

( ФωФ)「うむ……」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:34:52.99 ID:Yjl9VkA80

待ち切れないように、早足でデレは我が家へと向かった。
私はそれについて行くので精一杯であった。

デレは、家人の許可も取らずに我が家の門を易々とくぐって行った。
その、はやる横顔を私はどこか微笑ましくすら思った。

( ФωФ)「おい。デレ。待て。今、鍵を開ける……」

追っ付け私も門をくぐると、はて。
そこにデレの姿は見えなかった。

( ФωФ)「おい。デレ?デレ?家の裏に回ったのか?」

そしてそこで、地面に妙なものが落ちている事に気がついた。

(;ФωФ)「朽ち葉色の着物に小豆色の帯……と、腰巻……?」

落ち着いた色合いのそれは、まさについ先ほどまでデレが身に着けていたものと相違なかった。
まるで、服だけを残し、デレの肉体がそっくりそのまま消えてしまったかのようだ。


69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/04(日) 22:35:37.87 ID:Yjl9VkA80

「ワン」

( ФωФ)「ん……?」

  ∧∧
ζ(゚ー゚*ζ

そこに居たのは、日本犬にしては毛足の長い、真っ白い成犬だった。
よく懐いている様子で、しきりに私の足元にまとわりついてくる。


(;ФωФ)「……はぁ」

デレだ。
疑いなくそう思った。

今夜は少し怪異が多すぎる。
頑なな現実主義の妹に知られたら、なんと言われる事か。





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