174(=゚ω゚)久しぶりにオムレツを、のようです(1/5) ◆jUiYzNsDMM:2010/03/12(金) 22:22:54
■頭の中で何人もの声が聞こえる。密やかな囁き声で、けれど聞こえよがしに僕の興味を引くように
  口々に喋る。それなのに僕が耳を澄まして内容を聞き取ろうとすると声の主はいっせいに黙りこくる。

  そして僕の意識がそこから逸れるとまた一斉に喋りだす。虫の脚のように、かさかさと喋り続ける。
  息継ぎの音や舌が上顎の内側で立てる擦過音、そして時折唾液を飲み込む音まで鮮明に聞こえる。



□もうとっくに冬は終わったはずなのに、太陽が沈む前に南東の風はもう冷え込み始めている。冷気は
  錐のような鋭さでブランコの金属製の手すりを掴む僕の手に手袋越しに突き刺さり、緊張にどこか似た
  ぴりぴりとした痛みの信号を皮膚の裏側にまで送り込む。

  (=゚ω゚)「……」

  待つ他にすることはなく、手持ち無沙汰に僕は手袋をした手で握ったブランコの手すりを前後に揺らす。
  鎖が、がちゃがちゃ、と音を立てて前後にたわみ、そのたわみはひと揺れ毎に上に向かって伝播する。

  (=゚ω゚)「……早く、来てくれないかょぅ」

  ズボンの後ろのポケットから携帯電話を取り出して時間を確かめてみると、もう午後五時を回っている。
  僕は待つのは苦手ではないけれど、この吹きさらしの狭い公園で一人で座っているのは退屈だと思う。

  仕方なくマフラーに鼻から下をうずめ住宅地の片隅のこの狭い公園に座って、すぐそこのマンションに
  入っていく公園の前の歩道を見続けている。それからさらに十分ほど待つと、ようやく「待ち人」が現れた。
 
  ζ(゚ー゚*ζ「……」

  彼女は公園の奥にいる僕には気付かない様子で、学生鞄を肩から提げたまま入り口の門の前を通り
  過ぎ歩いていく。僕が今着ているのと同じ高校の制服の裾が弱い風に揺れて、その数秒後には彼女の
  姿は僕の視界から消えた。

175(=゚ω゚)久しぶりにオムレツを、のようです(2/5) ◆jUiYzNsDMM:2010/03/12(金) 22:24:34
  僕はそれを見届けてからブランコを降り早足で門を出る。細い影をアスファルトに伸ばして歩いていく
  彼女の後姿を、その揺れる髪を小走りに追いかける。どこかで烏が鳴く。両手を擦り合わせポケットに
  突っ込んで温め、追いながら、後ろからその背中に声を掛けた。

  (=゚ω゚)「おーい。ちょっと、待ってくれょぅ!」
 
  彼女は、ぴくりと肩を動かし、歩きながら首だけを横に向けて背後を、僕の方を見る。そうして自分と同じ
  高校の制服を着ているのを認めると、ようやく足を止めた。身体ごと振り向いたその表情には緊張の色
  こそ見えるものの、さして警戒はしていないように見える。こんな時、制服は便利だ。

  ζ(゚ー゚*ζ「なあに? あたし、これから家、帰るトコなんですけど」

  眉を寄せ、いささか迷惑そうに言う。前髪が揺れ、健康的なピンクのリップグロスを塗られた唇が歪んだ。
  間違いない。この娘だ。僕はそう確信して、ポケットの中で両手を一度、ぎゅっと握り締める。首をあまり
  動かさないようにして周囲を見る。人通りはない。

  (=゚ω゚)「……デレさん、ですかょぅ? うちの高校の」

  ζ(゚ー゚*ζ「そうだけど、何か――」

  彼女が答えた瞬間。僕は一歩前進し、左腕を伸ばして彼女の肩に回し抱き込むようにして固定する。
  同時に右のポケットに入っているナイフを抜き左第十二肋骨、すなわち最下部の肋骨の下から胸部の
  内側に向かって斜めに刃を潜り込ませ捻った。彼女の体内で心臓が二つに裂ける感触が分かった。

  ζ(゚ー゚*ζ「――え?」

  立ったまま僕に押さえ込まれた姿勢のまま、彼女は不自然なほど大きな声でそう言った。自分が何を
  されたのか全く分からない、といった風に、口を丸く開けて疑問符を発する。僕の顔と、腹に刺さった
  ナイフが引き抜かれ鮮血が制服の切れ目から噴き出すのを見て、それからもう一度僕を見上げた。

176(=゚ω゚)久しぶりにオムレツを、のようです(3/5) ◆jUiYzNsDMM:2010/03/12(金) 22:25:52
  ζ(゚ー゚*ζ「えっ?」

  もう一度同じ言葉を吐くと、彼女は眼を開いたまま道路に崩れ落ちた。地面に膝を突き前のめりに倒れ、
  冷えたアスファルトに頭を打ち付けた。ごとん、と大きな音がする。うつ伏せに倒れた彼女がもう動いて
  いないのを確認して僕は携帯電話を取り出し、ただひとつ覚えている番号に発信して歩き出した。

  ( ^ω^)『どうしたお。終わったのかお?』

  (=゚ω゚)「うん。二人とも」

  夕日で橙色に鈍く光るガードレールを見ながら僕は答える。

  ( ^ω^)『そうかお、そうかお。ご苦労だったお』

  二回角を折れるとゴミ捨て場に辿り着く。周囲を確認してからその隅に放置されていたポリバケツを開く。
  あらかじめ入れておいた替えのジャケットを取り出し、代わりに血塗れの制服の上着とマフラーを外して
  放り込んだ。袖を通して携帯電話に耳を当てると、電話の向こうから声が続いているのに気付く。

  ( ^ω^)『……っかし、政治家ってのも相当因果な商売だお。妾が勝手に子供産んで育てたからって、
        ふつう十六年も経ってから子供ごと縁を切るかお? ホント、とんだ極悪人だお……ひひ』

  (=゚ω゚)「……戻ったら、また連絡するからょぅ」

  返事を返さず、それだけを告げて通話を切った。
  その人の本名を僕は知らない。だから僕はその人をただ「おじさん」と呼んでいる。捨てられていた僕を
  「おじさん」は拾ってくれて、読み書きや、刃物の扱い方や、音を立てずに人を殺す方法を教えてくれた。

  何年か経って、僕が役に立つ人間であることが分かると、僕に「仕事」を任せてくれるようになった。
  僕は「おじさん」の言う通りあちこちに行って、言われた通りに人を殺したり傷つけたり脅したりした。
  「おじさん」はすごく怖くて厳しくて僕は毎日怒られたけれど、「仕事」を終えた後はとても優しかった。

177(=゚ω゚)久しぶりにオムレツを、のようです(4/5) ◆jUiYzNsDMM:2010/03/12(金) 22:30:50
  僕は「学校」という場所に行ったことがない。前にそれを「おじさん」に話したら、呆れたようにこう返された。

  ( ^ω^)「学校? そりゃ無理だお。だってお前には、戸籍がないんだお」

  「コセキ」というものが何か、僕は知らない。けれどそれがないと学校に行けないというから、それはきっと
  電車の切符に似たものだろうと思う。僕はそれが欲しいけれど、切符ほど簡単には手に入らないようだ。

  数百メートル歩いたところで、僕はついさっき殺した娘の顔を思い出そうとする。けど、夕日の中で揺れる
  髪と唇のピンクのグロス以外、何も思い出せない。ついさっき殺した娘の顔を、僕はもう覚えていなかった。
  それを思い出そうと眼を閉じた僕の脳裏に浮かんできたのは彼女の顔ではなく、あの囁き声だった。



■意味を聞き取れない音声の断片の中に、いくつかの単語の切れ端が浮かび上がって聞こえてくる。
  声は近く、僕の周囲をぐるりと取り囲んで聞こえる。吐息の漏れる音、舌が歯を打つ音が響く。

  それは、僕だった。そこにいて口々に囁き合っていたのは、みな僕だった。声は、みな僕の声だった。

  泣いている僕。怒っている僕。後悔している僕。ナイフを研いでいる僕。血まみれの両手を狂ったように
  洗い続ける憔悴した顔の僕。「おじさん」が買ってきてくれた漢字のドリルを、真剣な表情で解いている
  僕。ナイフを振りかざす僕。談笑し歩く男子高校生を物陰から睨む僕。仕事を終え、部屋で寝ている僕。

  彼らは皆互いに顔も見合わせずに、ただずっと独り言のように囁き続けているのだった。
  やめて。もうやめて。もう見たくない。こんなことはもうしたくない。なんで僕だけがこんな。助けて。
  もう嫌だ。やめて。助けて。逃げたい。もう耐えられない。もうたくさんだ。もうしたくない。なぜこんな。

  徐々に音量を増す囁きが不快に聞こえて僕は辟易する。この声を聞いていると、何か大事なものを
  どこかに忘れてきた気がして、それはあの娘の顔を思い出すことで取り戻せるのでは、と思い始める。

  けれど不意に、僕は周囲を取り囲む無数の囁きの中に、ただ一人無言で立つ僕自身の姿を見付けた。

178(=゚ω゚)久しぶりにオムレツを、のようです(5/5) ◆jUiYzNsDMM:2010/03/12(金) 22:32:46
□「おじさん」から色々なことを教えてもらった僕の所に、ある日「おじさん」は一人の泥酔したホームレス
  を連れて来た。「おじさん」は練習に使っていたナイフを僕に手渡して、少しだけ笑い、それから言った。

  ( ^ω^)「今日からは、実践だお」

  その日の夜、上機嫌の「おじさん」は、僕を生まれて初めて、レストランに外食に連れて行ってくれた。

  ( ^ω^)「ホラ、お祝いだお。なんでも好きなもの頼んでいいお?」

  そう言って笑って、僕に料理の写真がいっぱいに印刷されたメニューを手渡してくれた。僕はハンバーグ
  が食べたかったけれど、メニューの写真を見た途端ホームレスの腹を切り開いた時のことを思い出し、
  テーブルの上に嘔吐してしまった。それでも「おじさん」は怒ったりせずに、黙って僕の服を拭ってくれた。

  僕は再びメニューを開くことができなくて、「おじさん」にオムレツを頼んでもらった。運ばれてきたそれを
  一口食べるたびに「おじさん」が笑うのが堪らなく嬉しくて、僕は長い時間を掛けて、ゆっくり口に運んだ。

  覚えていないが、そのとき僕はきっと泣いていて、そして笑っていたのだと思う。



■気がつくと、もうあの不快な囁き声は聞こえなかった。
  目の前にあの頃の僕だけが無言で立っていて、眼が合うと金属製のナイフとフォークを持ち上げて笑った。



□ついさっき殺した娘の顔は結局思い出せなかった。
  けれど、思い返してみればそれは当たり前のことだ。僕はその娘どころか今までに「仕事」で関わった人の
  顔を誰一人覚えていない。だからいつものことで、心配する必要はなさそうだった。囁き声ももう聞こえない。

  家に帰って次の「仕事」の話を聞いたら、久しぶりに自分でオムレツを作ってみようと思った。      [終]


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