130( ゚∋゚)は弱きモノであることを受け入れるようです(1/5) ◆830vZXcnWE:2010/03/10(水) 21:46:38


( "ゞ)「総員、ただちに感情抑制剤を接種(インストール)しろ」

 
 逃げ込んだ、廃棄済みの兵器プラント。
 古びたオイルの染みた空気を肺に循環させる。俺にはもう息を潜めることすらできなかった。

 司令官がイヤーマイクに手を添え淡々と指令を出す。
 覗き見れば、彼を中心に展開する強化兵たちは銃口を一時下ろし、代わりにシリンジを手にしていた。
 容器の中で踊るエメラルドの水は、感情抑制剤という名の液体型ナノマシン。

 針先は速やかに、首筋のバイパスへ。
 その一糸乱れぬ動きはさながら機械(メタル)。いや、それも皮肉か。
 全身の80%をサイボーグ化している彼らは、物質的にはもはや機械(メタル)と大差ない。

 無論、彼らといわず、もはや現存する人間に純粋な肉体を持つ者は皆無。

 そして、それは俺とて同じこと。

(; ゚∋゚)「フーッ……フーッ……」

 額に玉の汗が浮かぶのも、ただ人工の皮膚組織が“人間のように反応しているだけ”。
 そういえば、最後に感情抑制剤を接種したのはいつだっただろうか。

ミセ;゚ー゚)リ「おじちゃん、怖いよ……」

 傍らで小さく膝を丸めて、震える少女。
 白い肌に青い瞳。栗色の髪を二つに結んだ、まだ年端もいかぬか弱い生き物。

131( ゚∋゚)は弱きモノであることを受け入れるようです(1/5) ◆830vZXcnWE:2010/03/10(水) 21:49:44

 俺は黙って彼女の頭を、ぽんと叩いてやった。

( "ゞ)「出てきなさい、クックル。そして可及的速やかにその少女を引き渡せ。これは命令だ」

 背にし、盾にした廃コンテナの向こう側で、「かしゅっ」と小さな音がした。
 司令官――デルタもまた感情抑制剤を注入したのだろう。
 愚かな者たちだ。歯車仕掛けとなって尚、介在するゴーストをそんなもので誤魔化さなければならないとは。

 所詮、生き物なのだ。

 例え肉体を全て機械に置換しようとも、俺たちは魂まで鉄の塊になることは出来ない。

(# ゚∋゚)「――ッ――ッ――ッ――ッッッ!!!」

 人工筋肉の稼働率を限界まで引き上げ、跳躍。
 逆さまになった視界に、銃を構えた追手たちが映る。だが遅い、知覚してからでは遅いのだ。
 跳躍前、既に左腕部から展開していた12ゲージの内蔵散弾銃をブッ放し、蹴散らす。

 弾幕の隙間、身を捻りながら敵の真っ只中へと着地。

 同時に手近な者へと右の手刀を打ち込んだ。
 瞬間圧力3トンの衝撃に、強化兵は軽装甲と肉片を周囲に撒き散らす。
 脆い。これだけの精鋭でも、サイボーグ戦の最前線に立つ者でも、やはり死ぬ時は柔らかく砕ける。

 それは人間であるが故の哀しき弱さだ。なのに彼らは、決して理解しようとしない。
 恐怖も怒りも忘れた。感情は枷になると捨て、機械(メタル)へと憧れた。
 俺もかつては彼らと同じ、人形だった。人形のように戦い、人形のように壊れていく運命。

132( ゚∋゚)は弱きモノであることを受け入れるようです(3/5) ◆830vZXcnWE:2010/03/10(水) 21:53:06

ミセ;д;)リ「いやぁぁぁぁあああ――っ!」

 だが知った。教えられたのだ。
 彼女に――肉を持つ少女に。この冷たく錆付いた機械世界で、温かい肉を持つ少女に。
 感情は人に与えられた、電脳核などよりもずっとずっと尊く、美しいものであると。

( "ゞ)「そこまでです」

 能面のようなツラを下げたデルタが、いつの間にか捕らえた少女を片手に掴み上げ、冷やかな声をかける。
 まるで俺が、部下たちを残さずクズ鉄へと変えるのを、待っていたかのように。

(# ゚∋゚)「やめろ!! その子を放せ!!」

( "ゞ)「放しはしない。そしてあなたに選択の余地も与えない。降伏しろ。膝を突き、両手を頭へ」

ミセ;д;)リ「おじちゃん! おじちゃあぁああん!!」

 白いグローブに包まれた細長い指が、少女の首をきゅっと締める。

( "ゞ)「出自不明、機械置換一切無しの完全生体です。
     上層部は研究解剖を望んでいるが、生憎、生死の如何は問われなかったのでね」

(# ゚∋゚)「機械(メタル)になり損ねた貴様らが!! 今度は! また肉持つ体に憧れるというのか!!」

( "ゞ)「感情抑制を拒むあなたもまた、そうなのでしょう?」

ミセ;д;)リ「ああああああああああ! いや、痛い、苦しいよ、助けてぇええ!!」

133( ゚∋゚)は弱きモノであることを受け入れるようです(4/5) ◆830vZXcnWE:2010/03/10(水) 21:57:46

(; ゚∋゚)「く、ぐ……くそ、くそぉ!」

 みしりみしりと、少女の細い頸骨の軋む音が聞こえてくるかのようだ。
 俺は膝を突くしかなかった。突いて、胸の内にドス黒く濁ったものの存在を感じる。
 そうか、これが憎悪か。あるいは、怒り、悔しさなのか。

( "ゞ)「感情など持つから弱くなる。かつての英雄も、子供一人で呆気なく降伏とは」

 じゅぅ、と空気の焦げる音がした。
 そう思った時には、左腕の根元に焼けるような痛みが生まれる。
 抑制剤接種を断ち、感情と共に痛覚を制御されていない俺には、その激痛はあまりにも強すぎた。

(  ∋ )「ぐぐ、おおおおお゛!? お、おお゛!!」

 眼前でデルタが振るうのは、鞭(ウィップ)型のヒートエッジ。
 鎌首を持ち上げる蛇の如きそれが、約3000度の高熱で肩口から腕を斬り落としたらしい。
 耐え切れず、膝を折ったまま倒れ伏した。断面から血液の代わりに、焦げた臭いとスパークを噴き上げる。

 人間ならば大量出血で死んでるところ。さすがはサイボーグ、そう簡単には死ねない。

( "ゞ)「しかし脳核が砕け散ればサイボーグでも生存活動は不可能」

 昔から本当に気持ちの悪い奴だ。ジャックも無しに他人の思考でも読めるのだろうか。
 静かな足取りのデルタは、うつ伏せる俺の傍で囁く。

( "ゞ)「ありがとうございます、クックル。これで少女を殺さずに連れ帰ることが出来る」

 見上げた奴は、ヒートエッジをナイフほどの長さにまで伸縮させていた。
 逆の手は空。ミセリは傍にいない。幸いなことに、だ。

134( ゚∋゚)は弱きモノであることを受け入れるようです(5/5) ◆830vZXcnWE:2010/03/10(水) 22:02:49
(; ∋ )「デルタ……感情は、いいぞ。感情は人を、弱くも、するが……強くも、する」

( "ゞ)「沈黙のうちに破壊されなさい、“元”上官。あなたが世迷い言を語る姿は忍びない」

(; ∋ )「忍び、ない? くく、忍びない、か……なんだ、まるで感情が、あるような、口ぶりじゃあないか……」

( "ゞ)「言葉の齟齬です」

 紅い刃を振りかぶる。

 その手が、頭上高くで爆散した。
 ハッと振り返るデルタの、今度は頭部が吹き飛ぶ。
 鉄と電線と回路と、少しの肉片――奴の人間への名残が四方八方へと散る。

 切り落とされた左腕部へ脳核からLANを飛ばし、格納散弾銃の遠隔操作が間に合った。
 このようにハッキングされる危険を承知で、銃器の電子制御をオンにしたのは正しかった。

 いや、それもデルタがほんの数秒でも、時間を与えてくれたからこそだ。
 無言の内に俺への止めを刺さなかった、あれもまた、ナノマシンにすら制御できないデルタの心だったのか。

(; -∋-)「許せ……デルタ」

 物言わぬジャンクとなった懐かしき教え子に、柄にもなく俺は首を垂れた。

ミセ*;ー;)リ「おじちゃぁあん! よかった、よかったよう!」

 首にかじりついて来る少女の、薄手のワンピースから感じる肌の温度。
 もう一度それを味わえる嬉しさと、説明のしようのない悲しさを俺は噛み締めていた。

 オイルじゃあない、もっとずっと美しい液体が頬を伝うのを、誇りに思いつつ。<END>


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