125彼らはみな、刹那主義者のようです(1/5) ◆/e3.MtV5ug:2010/03/10(水) 21:25:39
「座りこんで怠けてんじゃねえぞ! しっかり働け!!」

鎧を着込んだ監視員がフサギコに向かって怒号と一緒に鞭を振るった。
フサギコの背中の肌と革の鞭が勢いよく接触して、聞いたこちらが顔をしかめるほどの快音がグラウンド中に鳴り渡った。
痛みに耐える彼の大きな悲鳴が上がると、叩いた奴が楽しそうに笑った。続けて、それを見ていた周辺の監視員たちの笑い声。

フサギコは怠けていたわけではない。

他のみんなに比べて年長である彼は体が大きく丈夫なので、体が弱く今にも倒れてしまいそうなドクオの分の荷物も抱えていた。
心配そうな表情をするドクオに向かって歯を見せた後、二、三歩進むと、土から飛び出していた大きな石に躓いて転んでしまったのだ。
転倒と同時にドクオは間抜けな声を上げた。そして慌てて駆け寄り、脅えた動作でフサギコを見た。怒られやしないか、と泣きそうな表情で。

ミ,,゚Д゚彡「大丈夫だって! これぐらいなんともないから! ドクオは休んでていいから!」

見ると、顔に砂をつけて無邪気に笑っていた彼につられて、ドクオが珍しく笑みを浮かべると、フサギコの背中目掛けて鞭が打たれた。

(´・ω・`)(酷いな……)

僕やフサギコのような子どもたちが八十人、鎧を着込んだ、僕らのことを監視する奴らが二十人。
監視人より偉い人もいるだろうけれど、僕はこの施設に入れられるときにしか見たことがない。
それに、監視員より上の立場にいる人は、こんな汚れた場所には足を踏み入れないのだろう。

合計百人の僕らは毎日、茶色と灰色に汚れた巨大な塀に囲まれたこの広い荒れ果てた土地を整備している。
畑を耕したり、埋まっている石を取り除いたり、建物の土台を造ったり、と様々な労働が用意されていた。
僕らより遥かに大きく強い監視員の機嫌を伺いながら、弱く小さな僕たちは阿(おもね)り、叩かれながら作業を続ける。

向こう側を覆い隠す白い雲は、突き抜けるような青い空を背景に流れ、徐々に形を失っていく。
照りつける太陽の日差しはさほど強くなく、僕がまだここに連れてこられる前だったなら部屋でうたた寝をしていただろう。

126彼らはみな、刹那主義者のようです(2/5) ◆/e3.MtV5ug:2010/03/10(水) 21:28:51
ドクオは結局自分で荷物を担ぎ、覚束ない足取りで奴らに指示された場所へと向かって行った。
その傍らを、フサギコが歩幅を合わせて歩く。彼の背中には、腫れて真っ赤になった鞭の痕がいくつも浮き上がっていた。

僕はフサギコが躓いた大きな石を掘り起こそうと、周りを掘り始めた。
予想していたよりも石は大きく、必死で埋まっていた土から取り出し、転がして誰も通らないような隅にまで追いやった。
結構な大きさの窪みが出来てしまったので、僕は畑で耕作しているジョルジュたちの所へ行き、軟らかい土を貰い、穴を埋めた。


汗を垂れ流しながら、延々と働いているとやがて日が沈み、今日は終了だ、との声が施設中に響く。

僕たちは朝から今までの疲労を凝縮したかのような息を吐き出し、グラウンドに面した寝室へと向かう。
寝室とは言い様で、食事も、仲間との遊びもここで行い、大便小便もこの部屋の隅で済ますのだ。
汚物は水で洗い流される方式なのだけれど異臭を放っており、沸いた虫が羽音を響かせて部屋中を飛んでいた。

鉄の棒でできた部屋の扉を潜ると、すぐさまジョルジュが飛び込むように寝転んだ。
硬く灰色の地面の上をごろごろと彼は転がる。既に薄汚れて所々破れている服だ。これ以上気にすることなんて何も無い。
ジョルジュに続いて僕ら全員が檻の中へと入ると扉が閉じられて、鍵をかけられた。

三日間に一度、風呂(ここにつれて来られる前の風呂とは違い、ただ冷たい水を勢い良く噴きかけられるだけ)
に入る規則があるが、昨日入ったため、次回の入浴は明後日となっている。そのためか、臭いが少しだけ気になった。

強固な鉄格子で囲われた、結構な広さの部屋が僕たちの居住区だった。
罪人を収容する牢屋(本で読んだ僕の想像だけれど)となんら変わりのない場所に、僕らは合計十人ずつ詰め込まれていた。
  _
( ゚∀゚)「おい、足を畳んでくれよ」

('A`)「あ、ああ、ごめん」

ミ,,゚Д゚彡「メシはまだかよー、腹減ったなー」

127彼らはみな、刹那主義者のようです(3/5) ◆/e3.MtV5ug:2010/03/10(水) 21:32:53
(´・ω・`)「きっともう少しさ」

僕は、十二歳の頃にこの施設にやって来た。両親が押し入ってきた強盗に殺され、残された僕と妹は、奴隷商人に売り飛ばされたのだ。
妹の所在は知れない。こんな境遇に陥る前からもよく聞いたし、僕の住んでいた街にも奴隷は存在していた。
母親は僕と妹が悪戯を起こして叱り付けるとき「あの奴隷のようにしてしまうぞ!」と奴隷を指差し、叫んだものだ。

(´・ω・`)(父親の持っていた本にも登場したし、特に珍しいとは思わなかったけど、本当に自分が奴隷になるとは思っていなかったな)

同世代の子供たちが失敗を犯すと、監視員の奴らが下卑た笑みを浮かべて暴力を振るう。
初めてそんな光景を見たときは、自分もいつしかああなるのだ、なりたくない、痛いんだろうな、と、精神が非常に疲弊したものだった。
だがしかし、毎日こんな場面に浸かっているといつしか馴致してしまった。これが普通なのだと。これが、僕のこれからの普通なのだと。

聞けば、年齢二桁に達した少年がここに来ることは非常に稀らしい。
大概の少年は、物心つく前にここに送られてきて、そのまま育ってくのだ。
中には、ここで揺り籠に揺られて、成長し、墓場まで入っていくこともあると耳にした。

ほどなくすると昼間に僕らを監視していた奴らの内の数人が、大皿を抱えてやってきた。
皿には、残飯やらなにやらを適当に混ぜ込んだであろう、泥に似た僕らのご飯が積み上げられ、丸く盛り上がっていた。

「オラッ! 飯だ!!」

扉の隙間から乱暴に突きこまれた皿に、僕らは群がった。皿には汚れがついていて、端が欠けていた。
僕ら十人は円を作って皿を囲い、汚れた手を伸ばして鷲掴み、まだ食べきらない内から次々と口に残飯を放り込む。
右手、左手、右手、と繰り返し突き出し引き戻す僕らの様子を見て監視人たちはせせら笑い、再び姿を消した。
  _
( ゚∀゚)「くあー、うめえなー」

ミ,,゚Д゚彡「飲み込んでから口を開いて欲しいから! 汚いから!」

('A`)「……」

128彼らはみな、刹那主義者のようです(4/5) ◆/e3.MtV5ug:2010/03/10(水) 21:35:11
心底幸せだ。そう言った表情をしてジョルジュが言った。口の中のものが撒き散らされ、フサギコに窘められる。
ドクオは遠慮がちに細い腕を伸ばして、本当に少しだけご飯を掴んで食べた。手の平にご飯が無くなると指の間を舐めていた。
そんなドクオに僕はいつも、もっと食べなよと促すのだけれど彼はいつも少量しか食べないのだ。

(´・ω・`)「たくさん食べないと、体が丈夫にならないよ」

('A`)「いいんだ。僕はあんまり働けないから。フサギコくんやジョルジュくんに僕の分まで食べてもらうんだ」

(´・ω・`)「自分の分をしっかり食べないから、あんまり働けないんじゃないか」

ドクオは僕が何を言おうと、必要最低限しか食事をとらなかった。
過去に一度、困り果てた僕が拳を使ってまで説得を試みたのだけれど、その際にドクオは泣きながら僕に謝罪を繰り返した。
彼は脆弱な体に反する意思を持っていて、僕の浅はかな優しさなんて彼の重荷になるだけだと知った。


ご飯を食べ終わった僕は、一つだけある窓からグラウンドがある方角をぼんやりと眺めていた。
僕の背中側から、ジョルジュとフサギコを中心に色々な声が聞こえてくる。声のほとんどが喜びを孕んでいた。
彼らはいつも愉快な話題と空想で同房の仲間を勇気付け、明日への英気を養っている。
  _
( ゚∀゚)「なんだぁショボン? そんなに外ばっかり見てよう。待ち遠しいのか?」

(´・ω・`)「ああ、待ち遠しいさ。何せ、毎日の楽しみなんだから」

ジョルジュが僕の肩に手を置いて、隣に座り込んだ。そのまま僕と同じ場所へと視線を向ける。
見ている僕が触発されるほどに彼の瞳は輝いていて、自然と口元が緩んだ。ジョルジュの口角も上がっていた。


僕らが逃げ出すとは微塵も思っては居ないのか、この施設の警備は馬鹿に杜撰だ。
部屋の扉の鍵ですらドクオが部屋の隅で拾った短い鉄の棒を使うと簡単に外れたのだ。

129彼らはみな、刹那主義者のようです(5/5) ◆/e3.MtV5ug:2010/03/10(水) 21:38:03
それに気づいた次の日から連夜、僕らは毎日夜の世界に飛び出していた。

昼間の支配者たちが鼾(いびき)をかいているその隙に、
僕らは牢屋に挟まれた忍び足で進み、昼とはまったく違う表情を見せるグラウンドを駆ける。

顎を上げると、三日月が浮かんでいた。
その形は僕に鋭利な刃物を連想させると同時に、黒く侵食されて終わっていく月の生命をも想起させた。

人工の照明は何一つ無い、吸い上げられるかと錯覚を起こすほどに深く暗い空の下、僕らは自由気ままに走り回る。
幼い頃に食べた砂糖菓子とよく似た星が、瞬いて黄色い月の周りに飛び散っていた。監視人たちが居た頃の紺碧の空は見る影も無い。

顎を下げると数メートル先はもう闇が堆積していて、何も見えない。
辛うじて見える自分の足元を確認してから、僕は走り出した。

「楽しいなあ! アイツらが居ない夜のグラウンドは本当に楽しい!」

闇で紛れて顔が見えないので、誰が言葉を発しているかわからないが、歓喜に満ちた声が夜に響いた。

知らなければ、『無いこと』と同じなのだ。
僕が十二歳までこの世界を知らなかったように、走り回る彼らは僕が十二歳になるまでの世界を知らない。

「おーい! こっちに来いよ! 追いかけっこしようぜ!」

「おいおい! あんまり騒いじゃだめだから! アイツらが起きたらどうするのさ!」

「大丈夫さ! 仮に起きたって構うもんか! 今のこの瞬間のためだけに、生きているようなもんだ!!」

僕がここに連れて来られてから、三年になる。
刹那的に生きる彼らは、施設を囲んで聳(そび)え立つ壁の向こう側のことを、絶対に知るべきではない。 ―了―


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