137バイシクル・レースのようです1/5 ◆aXFPnd89IA:2010/03/11(木) 03:15:27
雲ひとつない、澄み渡った空。
小鳥のさえずりが聞こえるほど長閑な昼下がりに、白髪混じりの中年が古ぼけたガレージに向かって言葉を投げかけていた。

( ・∀・)「おーい、ブーンやーい」

( ・∀・)「こんないい天気に篭ってるのは健康に悪いぞー」

( ・∀・)「出てきておくれよー」

( ・∀・)「…」

ちゅん、ちゅん。

138バイシクル・レースのようです2/5 ◆aXFPnd89IA:2010/03/11(木) 03:19:56
―――――

彼の呼ぶブーンことブーン・ホライゾンが生まれたのは、田舎とも都会ともとれないような、何の変哲もない町である。
生まれた時には父親はすでに死んでしまっており、母の再婚までは女手ひとつで育てられていた。
それゆえに幼い頃から男仕事をよくしていたこともあり、恵まれた体格をブーンはもっていた。
母は日ごろから、ブーンにこのようなことを教えていたという。

J( 'ー`)し「いい?ブーン。人間に一番大切なのは自立の精神なの」

( ^ω^)「自立の精神?」

J( 'ー`)し「そう。自分ひとりでもなんでも出来るぞ、なんでもやれるぞ、ってね。
      そんな自立の精神があればなんでも乗り越えられるのよ」

(;^ω^)「…よく分かんないお」

J( 'ー`)し「ふふ、ブーンにはまだ早かったかもね。そうね… ブーン、お前はやりたいことがたくさんあるでしょ?」

(*^ω^)「お!」

J( 'ー`)し「それをやりたい!って感情を押さえ込まずに、全力で打ち込むようにしなさい。
      そうしていればきっと、自立の精神も勝手に身に付いているはずよ」

(*^ω^)「そんなのでいいのかお!それなら簡単だお!」

ブーンは母の教え通りに、多くのものごとに打ち込んだ。
特に精を出したのがスポーツ関連であり、アメリカンフットボールから水泳、バスケットボールなどで、
ブーンは持ち前の身体能力をいかんなく発揮した。
そんなブーンがスポーツマンとしての道を歩もうと決心するのは自然なことであったし、母もそれに反対はしなかった。
そして16歳の夏、どのスポーツの道を選ぶかを迷いに迷った末、ブーンは自転車乗りとして歩んでいくことを決めたのだ。

139バイシクル・レースのようです3/5 ◆aXFPnd89IA:2010/03/11(木) 03:23:27
―――――

自転車乗りとして本格的に活動し始めたブーンの勢いはすさまじいものだった。
デビュー2年目で地元のレースで優勝したかと思えば、別の国でまた優勝をかっさらう。
自転車ファンは新星の誕生を大いに喜び、世界を股にかけて活躍する姿に熱狂した。
ブーンもまた、自身の活躍を誇りに思い、一生自転車に乗り続けたいと考えていた。
―――しかし

(;^ω^)「…ガン?」

( ゚д゚ )「精巣に。脳と肺にも転移していて、正直に申し上げますと非常に危険な状態です。
     手術ですぐに腫瘍を摘出すれば大丈夫でしょうが…」

(;・∀・)「…レースに復帰することは無理、ってか」

(;^ω^)「コーチ…」

( ゚д゚ )「…手術以外の方法でもうひとつ、復帰できるかもしれない方法があるのですが…」

(;^ω^)「そんなのがあるんですかお!?」

( ゚д゚ )「投薬・化学療法でガン細胞を弱めて消し去る方法が。 …ただ、成功する確率があまり高くない上に痛みがひどく……」

( ・∀・)「…ブーン、お前に任せるよ。お前の人生だ」

(;^ω^)「…」

( ^ω^)「…そちらの、手術じゃない方でお願いしますお」

140バイシクル・レースのようです4/5 ◆aXFPnd89IA:2010/03/11(木) 03:28:07
結論から言えば、治療は成功した。
だが治療にはとても長い月日を費やしており、完治後に残ったのは筋肉がすっかり落ちた、痩せこけた身体だけであった。
ブーンは変わり果てた自分の身体に酷くショックを受け―――レースの世界から姿を消した。

―――――

( ・∀・)「ブーンよーい…せめて中に入れてくれねえかな…鍵あけてさ…。天気は良くても意外と寒いんだよー…ブ」ガチャリ

( ・∀・)「…入るぞ?」ガチャン

(  ω )「…久しぶりだお、コーチ」

( ・∀・)「単刀直入に言うぞ。俺は、お前にもう一度自転車に乗ってほしい」

(  ω )「嫌だお」

( ・∀・)「どうしてだよ。せっかくガンも治ったんだぜ?後は復帰するだけじゃねえか。どうして…」

(  ω )「…コーチに僕の気持ちが分かるのかお?
       ずっと痛い思いをして、やっと治ったと思ったらこんな身体になって。いくらトレーニングしても筋肉のひとつもつかない」

(# ω )「こんな身体になってしまった僕の気持ちが!!コーチなんかに分かるのかお!?」

(#・∀・)「分からねえよ!分からないけどなあ!!お前がレースに未練たらたらだってことは丸分かりなんだよ!
      その自転車、まるで新品じゃねえか!いつでも乗れるくらいじゃねえか!」

( ・∀・)「……なあ。俺も協力する。だからもう一度だけ、お前の走りを俺に見せてくれないか」

(  ω )「…」

141バイシクル・レースのようです5/5 ◆aXFPnd89IA:2010/03/11(木) 03:30:33
『さあ、まもなくゴールです!あのブーンが帰ってきたということで、恐らく世界中のファンがこのレースに注目していることでしょう!
その肝心のブーンですが、先頭集団のすぐ後ろについてはいますがイマイチ伸びが足りない、抜かせない!このまま―――――』

(; ω )

息が切れる。足が自分のものではないようだ。汗は既に流し尽くした。疲れはピークを越えている。
意地でトップにくらいついてここまで来たが、流石にそろそろ限界だ。
どうせこんなところだろうと思ったのだ。だからレースなど出たくなかったのだ。
ああ、糞……。もう頭も回らない……。

        ...cle♪ bi... ...♪

……なんだろう。頭の奥で、なにか音楽が聞こえるような。
でも、もういいだろう?これ以上僕の頭を働かせないでくれ。これ以上……

        ......bicycle♪ bicycle♪ bicycle♪

…思い出した。カーチャンがよく聞いていた…。 はは、懐かしい。この場にぴったりの選曲じゃないか。

        I want to ride my bicycle♪ I want to ride my bike♪
        I want to ride my bicycle♪ I want to ride it where I like...♪

そう。 ただ僕は、自転車に乗りたかっただけなんだ。 ただ自転車に… ただやりたいことを… 抑え込まずに…


        走れ!!ブーン!!


『―――やりました!やってくれました!我らがヒーローが帰ってきました!!ゴール手前、先頭集団をゴボウ抜き!
全盛期のあの頃のように、栄光をかっさらっていきました!自転車ファンの皆さん、ブーンの復帰を祝おうじゃありませんか!!』


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