255ξ゚听)ξツンデレが感情病にかかったようです ◆2R.roaqOC6:2010/03/13(土) 23:09:19
( ^ω^)「気分はどうだお?」

そう言って僕は、さっき剥き終えたばかりの林檎をシャリリと噛んだ。
開け放たれた窓から、病室に燻ったような夜風が吹き抜けていく。

ξ゚听)ξ「    」

答えた彼女の肌は、それを包むシーツと変わらぬほどに白かった。
ああ、この病室の色、青白い壁紙にも似ている。
それを口には出さず、僕はもう一度林檎を噛んだ。
今度は何故だか、ふにゃりと柔らかかった。

( ^ω^)「雨が降るかも知れないおね」

ξ゚听)ξ「    」

彼女の答えを聞いて、僕は一瞬悲しい顔をする。
だけど、それを悟られぬよう、敢えて饒舌に次の話題を語り始めた。
廊下から僕らの様子を覗いていた看護師さんが、さっきの僕よりも悲しい顔をした。

別に彼女が僕を無視しているわけではない。
僕が狂っているなんてこともない。
僕らが大きくピントのずれた会話をし始め、彼女による無言の対応が始まったのは、一か月前のことだった。


『感情病』という病気に、彼女はかかっているらしい。

256ξ゚听)ξツンデレが感情病にかかったようです ◆2R.roaqOC6:2010/03/13(土) 23:10:06
彼女に異変が現れたのは、四か月前のことだった。
その日は、僕らが生活を共にしてから丁度一年が経った日であり、
僕はそれを祝うために万全の用意をしていたのだった。

( ^ω^)「ツン……」

少しばかり普段より豪華な食事を終えたあと、口元を拭いながら僕は呼び掛けた。
何かしら、と彼女は食器を片づけながら尋ねてくる。
我が恋人ながらムードもへったくれも無いな、と僕は薄く笑った。

( ^ω^)「一年間、ありがとうだお」

そう言って僕は、キラリと指輪を掲げた。
言葉は過去への感謝のみだがその実は違う。
三か月分なんてもんじゃないお金と、思いを詰め込んだ大事な指輪だった。

真意を汲み取った彼女はどんな顔をするだろう、と僕はツンを窺った。
感情豊かな彼女のこと、どれほど喜んでくれるか分からない。
そんな期待を持って向けた視線は、予想外のものを捉えることになった。

ξ゚听)ξ「    」

それは呆けたような表情で、ただただ佇む彼女の姿だった。
何も感情を顔に出さず、何も言葉を発さずに、本当にそこにいるだけの。

最初、喜びの余りどうかしたのでは、という希望的観測を持ったりした。
しかし、それにしても異常過ぎるほどにその様は異常だった。
まるで『喜びということを知らない』とでもいうような彼女を、僕は病院に連れていくことにした。

257ξ゚听)ξツンデレが感情病にかかったようです ◆2R.roaqOC6:2010/03/13(土) 23:12:27
/ ,' 3 「どうやらツンさんは『喜び』という感情を失くしてしまったようです」

二日間の検査入院の後、医者は僕にそう告げた。
余りに唐突に、しかしどこか見知ったように感じられたその言葉に対し、僕は弱弱しくそうですかと言う他なかった。

/ ,' 3 「どれかの感情が欠落する、ということは精神疾患において決して珍しくありません。しばらく経過を見ましょう」

まるでツンを欠陥品呼ばわりするような物言いにムッとしつつ、僕は頭を下げた。
それから僕は、入院することとなった彼女の元へ可能な限り通い詰めた。

彼女の病室で、僕はなるべく彼女が喜ぶような話をした。
だけども、彼女が喜びの表情を見せることは無かった。
他の感情――特に怒りや悲しみが、前よりも増えたようにさえ感じられた。

時間が解決してくれる、というようなことを医者は言っていたが、なかなかその兆しは見られなかった。
そして彼女が入院して一カ月が経った時、更に悪い方向へと歯車が回りだした。

/ ,' 3 「ツンさんから『怒り』の感情も無くなったようです……」

そう言った医者は、とても疲れているようだった。
順々に感情が消えていくというのは、前例が無いらしい。
僕は彼よりも更に疲れた顔で、頷くことしか出来なかった。

確かに彼女は怒らなくなっていた。
怒りっぽい彼女が好きだった僕は、彼女が別人とすり替わったのかと錯覚したほどである。

258ξ゚听)ξツンデレが感情病にかかったようです ◆2R.roaqOC6:2010/03/13(土) 23:13:01
僕は、一つ目の感情が失われてから二つ目の感情が失われるまでの期間が気になっていた。
丁度、一か月。それはあまりに作為的なキリの良さだった。
更には、この病は『喜怒哀楽』の順を辿っているのではという懸念も浮かんだ。
そして、この気がかりは想像通りの展開に結びついた。

彼女が怒らなくなってから、またもや丁度一か月。
彼女は『哀しみ』を失くした。

怒りを失ってからというもの、彼女は自らの境遇を嘆いては悲しみに暮れるばかりだった。
それがパタリと止んだのである。
一瞬、哀しまなくなって良かったとも思ったが、それをすぐに打ち消した。

感情を失うことは、死ぬことと同義だと、僕は考える。
それは肉体的な死でも精神的な死でもなく、人間としての死なのだ。

『楽しい』という感情のみが残った彼女は、まるで白痴のようだった。
そこにちょっと、やとても、などの修飾語がつくことはあったが、それがなんだと言うのだろう。
この頃には医者も匙を投げ、彼女はただの観察対象へと成り下がっていた。

そしてそこから更に一か月、彼女は『楽しい』とも感じなくなった。
彼女の異変に気がついてからたった三か月。
たった三か月で、彼女は僕の定義する『人間としての死』を迎えてしまった。

そしてこれが、今日から一か月前のことである。

259ξ゚听)ξツンデレが感情病にかかったようです ◆2R.roaqOC6:2010/03/13(土) 23:14:05
静かな病室に、カチコチと時計の針音が闊歩する。
時刻はもうすぐ0時。
一か月の経過を告げる日付の変更が、間近に迫っていた。

なにかあるとしたら、一か月後です。
医者は投げやり気味にそう言ったが、僕も同意見だった。
今はただ、祈るように時計を見つめるのみである。

残り十秒、僕は無心で天井を見つめるツンの手を取った。
5、4、3、2、1。三本の針が重なった瞬間、彼女は僕の方を向いた。
その顔は涙に濡れていた。

( ^ω^)「……どうしたんだお?」

僕は出来る限り気を落ちつけて、こう尋ねた。
心臓の鼓動が、徐々にその速度を増す。

ξ;;)ξ「何故だか知らないけど、嬉しいの……凄く、凄く……」

『喜び』しか持っていない彼女の答えは曖昧だったけれど。
それでもこのささやかな奇跡に、心から感謝したい。
僕も顔をくしゃくしゃにして、彼女を強く抱きしめた。


感情の結露が頬を伝い、僕らをしとどに濡らしていった。


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